調査官は仕事を選べない

 大坂は五二歳、一見すると暴力団か暴力団担当の刑事にしか見えない強面こわおもてである。というか、実際に暴力団担当刑事だったという経歴を持つ。

 恋愛調査庁発足当時、捜査経験を持つ調査官を促成栽培することが不可能であると悟った政府は、警察庁ルートで都道府県警察からの出向枠を作った。


 各種捜査に長けた警察官を出向で調査官にし、そのノウハウを盗もうという魂胆であった。

 無論、こんな不人気庁に行きたがる警察官は少なかったが、中には水が合ったのか、そのまま「永久出向」という形で調査官として永久就職してしまう者もいた。

 大坂はそうした奇特な人材の一人だ。


「二六にもなって、無免許なんて何してたんですかね」

 栄伍の隣に執務机を構える阿佐比が言った。

 なんだか上から目線でモノを申してるようだが、たしか阿佐比も同じぐらいの年齢だったのでは、と上野は頭を巡らしていた。


「上野、そろそろ一人でいけるか?」

 目が中空を泳いでいるのに気付かれたのか、大坂から声がかかった。

 栄伍は

「あ、はい、やります」

 と答えてから、具体的にどうやって仕事を進めるんだろうか、と?《はてな》マークを頭上に浮かべた。


「わからんところは阿佐比に聞け。調査期限は二週間だが、一週間で一旦終えて報告をくれ。わかったか?」

「はい、わかりました!」

 と上野は椅子から飛び上がるように起立して答えた。

 大坂から仕事を指名されるときは、いつもしゃちほこばってしまう。大坂の顔の怖さに馴れることなど金輪際ないのではないか。


 活溌かっぱつな返事のあと、おそるおそる視線を阿佐比に向けてみると、すでに阿佐比はこちらを睨むように見つめていた。

「上野くん、適当に返事したでしょ。わかってるんだからね」

 どうも心の内が見透かされているようだった。


「とにかく、結婚免許の事前調査はあまり体験できない仕事だから、勉強になると思うわ。ていうか私も二~三回しかやったことないんだけどね」

 などと言いながら、阿佐比は袖机から分厚いファイルを取り出した。


 阿佐比は、いつも黒か灰のパンツスーツで出勤しているが、ヒールのある靴を履くことなどはない。職務上、いつ全力疾走が要求されるかわからないからだ。

 髪も肩までの長さで黒髪、いつもはおろしたままだ。時折後ろにひとまとめにする時があり、そうしたレアな阿佐比を見かけた時、栄伍はドキリとしてしまうことがあった。


 恋だろうか。

 「いや、そんなことは決してない」と栄伍は自分の気持ちを否定して、被疑者に猛り狂う阿佐比の顔を思い浮かべて、心を沈めるのが常であった。


 阿佐比はファイルを開くと、過去の事例を栄伍に見せてくれた。

 調査は基本的に三つ。

 一つ、本人との面接調査

 二つ、居住地調査

 三つ、犯罪歴調査


 一つ目と二つ目に関しては、相手の住まいに直接訪ねていくことができれば、一回で終わらせることができる。この調査の目的は、きちんと住居を持っている人間なのかどうか、発言や素行、人間性に問題点はないか、ということである。


 結婚免許制度は、結婚してもよい人間を厳選しようという制度ではない。よって、多少けちんぼであろうが、ちゃらんぽらんであろうが、大坂のように強面であろうが、面接調査で不合格となることはない。そこで不合格としたいのは、サイコパスのように病的に犯罪性の強い人間だけである。


 また、三つ目に犯罪歴調査については、実質的に調査というほどのモノではなく、所轄の警察署に対して、文書による照会を行い、その結果を得るだけのことである。

 これもまた、大抵どんな犯罪歴を持っていようが不合格になることなどない。あくまで結婚免許発行にかかる形式的な調査であった。


 調査を始めて三日後、栄伍は自力で照会文書を作成し、郵送にて警察署へ送付することができた。

 無論、電話の一本もかけて「よろしくお願いします」と添えることも忘れなかった。

 本来、役所同士の付き合いなのだから、ビジネスライクに文書だけ投げればいいのではあるが、大坂の手前もある。それに、所轄警察とどんなことであれ繋がりを持っておくのは良いことだと阿佐比に教えられていた。

 教えられたことを忠実に守ることができて、栄伍は満足げに受話器を置いた。


 次は、面接調査である。

 通常、申請者である浅草に電話をかけてアポをとり、日程調整した上で家庭訪問するところであるが、浅草は電話に出なかった。


 栄伍は心の中で

「査定、マイナス一点」

 と勝手に減点処分をした。もっとも、栄伍にそのような権限はなく、点数をつける制度でもない。


 結婚免許試験は広報営業課の管轄であり、調査課はあくまで、審査対象たる調査のひとつを請け負っているだけであった。


 目の前の仕事が空振りに終わり、次はいつ電話をかけてやろうかと、栄伍が考えていると、隣の阿佐比が声を掛けてきた。

「どう、つながった?」

 一応、栄伍の仕事を気にかけてくれているようである。


「いえ、電話に出なかったのでまたあとでかけようかと」

「そ」

 思いがけずそっけない反応だったので、栄伍は一瞬「なにか言い方がまずかったか」と考えてしまったが、よくよく考えてみると阿佐比はそういう素っ気ない物言いが常だったなと、過去1年間の経験を振り返った。


「じゃあ、先に家行こっか」

 阿佐比がさらに声を掛けてきた。栄伍の物憂いなど構う対象ではないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る