第44話 村長 あやまれ!
「けっこうくたびれるね、この道。」あさとりょうをふたり乗せているし、何度も自転車から降りて押しながら歩かなければならない。
「村長もこうやって歩いてみろってのよ。」
高田さんが「ねえ?」と
こっちを見たが、彼女はひとりで身軽そうで、これが ヘビー級のかんた君を乗せてたらもっと怒ってるだろうあなと内心可笑しかった。
ひなぎくの父母の会で廃止反対活動の署名に協力してくれた所にお礼を兼ねて挨拶に回ろうということになり、今日はすみれ園と杉の子保育園にいくところだ。
すみれはひなぎくから一番近い所なので、ひなぎくのほとんどのこどもたちが移るのではないだろうか。 でもこの坂道と距離では、小さいこどもが歩いて通うのは無理だろう。
木田会長が書いてくれた挨拶状には、去年の議会の後の村長との話し合いのことも書かれてある。
さすがに村長は、無くしてしまうひなぎく園に挨拶もしないでいることはできなかったのだろう。
村長がやってきた日は、みぞれがまじった冷たい日だった。
たたみのひよこの部屋に座って、彼は「今日はごくろうさまです。」と言ったがほぼ全員集まった父母たちはただ黙って頭を少し下げただけだった。
木田さんが
「いやあ、えらく迅速で、議会の次の日には入所申込書が来ましたもんねえ。ひなぎくの名前のない。」さすが木田さん、無表情にいいのけた。
村長は「少しでも早く実態を見極めまして、すみれなど各保育所の体制を整えておく責任があると思っております。」
すかさず木田さん、
「今までは継続してひなぎくに入園するんだから、すぐにでも提出できたけど、どこの保育園に移ればいいか、いろんな側面から考えなきゃなんないし、22日までに提出締め切りって、あまりに思いやりがないですよね。あとたった5日間しかないんですよ。」と堅い表情になった。
「終わってからでは何言ってもしょうがありませんけど、議会の答弁といい、今回の手際の良さといい、誠実さのかけらもないですね。」そして続ける。
「ひなぎくが廃止されるというとりかえしのつかないことをお決めになったわけですが、今後の保育行政をどのようにしていかれるのか、しっかり見ていきたいと思っております。」と締めくくった木田さん、さて、みんなのほうを向いて
「こどもたちのためにしてもらいたいことがいっぱいあると思うんですよ。まずはここで村長にお願いしたらどうかと、みなさんご意見お願いします。」と提案した。
お肉屋の中山さんは「うちの子は今度年長になります。どこの保育園に行くったって、友達関係のできあがったところに入っていかなければなりません。ともだちも先生も違う所に行く不安を考えると‥。」
「うちもせっかく慣れてこれからっていう時にまた変わるって、親子ともども気が重くなってます。」美和さんがゆっくり ゆっくり発言した。ほぼ全員が今後の不安や心配なことを訴えた。最後にいままで、ほとんど発言したことのなかったせいこのおかあさんが
「こどもたちに謝ってほしいです。それだけです。」と村長を見据えた。
その日、
4月の入園希望の締め切を、ひなぎくの父母が他の保育園を把握できるまで待つこと、他の保育所に、ひなぎくのこどもたちがなじめるように、交流の機会をつくることなどの他、いくつかこちらの要望を伝えることはできた。
しかし
村長から要望の応えの連絡はあったが、最後まで謝罪の言葉はなかった。
「ねえ、すみれに行ったら 中を見学してきてもいい?」と高田さん。
「いいわよ、もちろん。」私は、息をきらしながら答えた。
「あーごめん、あさちゃん、私の後ろに乗ったら?気がつかなかったわ」
自転車がだいぶ軽くなった。
「かんた君、なんか言ってる?」
「こないだすみれにバスで行ったでしょ、友達できたとは言ってたわ。」
「あと1年だったのにね。けいは卒園できるからよいけど。」
「そうか、もうすぐ、卒園だね。けいくん。」
「卒園式の後に発表会があるじゃない?慧はそれの練習で大変。」
こないだもこまを家に持って帰ってきた。練習するって。こま回し得意なのにって言ったら、連続50回まわせなくちゃだめって。それができたら大ごまにいけるらしい。卒園式は大ごまをまわすのよ。」
「竹馬もおっそろしく高いよねえ。」
「そうそう、あれ恐いよね、母親ではなかなかやらせらんないね、度胸なくて。」
「でもさあ、日頃やってることを見せるだけって先生は言うけど。やっぱり卒園式に発表するっていう特別な気負いがあるのは確かだよねえ?そう思わない?」と高田さん。
「それはそうだよね。先生たち力入ってるよね!親までがあんまりプレッシャーかけないようにしないとね。」
そんな話をしているうちに、すみれの建物が見えてきた。後は下りだけだ。
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