第42話 おもちつき
慧を送っていったら、奥から小走りで白石園長が出てきた。
「昨日はお疲れ様でした。」と挨拶されたが
「‥。」
私は声にならず お互いため息を交わしてしまった。
園長は「もう、こんなものが来たんですよ。」と白い紙を差し出した。
受け取ってみると、保育園の入園申請書だった。
「来学期からのですけどね、用意がいいですよね。」
本当だ。保育園の欄からひなぎくの名前が消えていた。
昨日の今日でこんなもの持ってくるかっ!
今朝ってことは、昨日廃園が議会で決まる前に準備してたってこと。
たとえ準備してたって、昨日の今日に配布することないでしょうに。
福祉課のあのタヌキ課長ぐずのくせにこういうことは手回しがいい。やれやれ、だ。
脱力感で怒る気もしない。
「おかあさん、明日はもちつきですからね、来てくださいね。ぱーっとやりましょう」
保母さんたちのうち何人かは現場からどこか他の部署へ移動になるかもしれない。内心やりきれない思いでいっぱいなのだろうけど、みなさん屈託ない様子で子供たちと走り回っている。
平日はこどもたちをがっちりと保育、日曜日も保育の勉強会にさいていることが多いと聞く。こんなプロフェッショナルを活用しないで村長はばかだと思うよ。
「晴れるといいですね。おもちつき。」
園庭にはお釜がもう湯気をふいていた、
「全員早出で準備したのよ。役員さんたちもお休みのところ早くからすいませんねえ。」
父母の会の役員は毎年お手伝いに来ているのだ。
前年度に卒業記念で父母の会が寄贈した新品のうすときねが古いのと並んでおいてある
「おかげさまで、ほら、二箇所でおもちがつけますよ。」
そばに島先生が来て
「慧ちゃんの顔の傷、すみませんでした。」と謝りながら昨日のことを詳しく話してくれる。
「慧ちゃんも強くなって、前はすぐにあきらめて泣いたけど、最近は保母がとめるまでねばってます。」 褒めてくれてるんだろうか?
そばにいた松井さんが、「ようこが言ってたわ。男のこたちはすぐにけんかすっからって。」
「何々?なんの話?」いつのまにか高田さんが後ろにいた。もうエプロンをしてきている。
小沢さんもいっしょだ。家が近いのでかんたくんとこうじくんは帰宅してからも一緒にあそぶことが多いという。役員ではないのに、お手伝いに来てくれた。
「うちの慧が悪くてねえ。ふざけてばっかりだから、ようこちゃんにも怒ってもらおうかと思って」
「ようちゃん迫力あるもんねえ。」と高田さん。
「かんたがいつも恐えーって言ってるよ。」
「あんなに大きいかんたくんなのに、へー。ようこって頼もしいわア。」お肉屋さんの松井さんは本気でうれしそうにそう言う。「そうそうこれからは女の時代。男の子はよっぽどしっかりしないとね。」
「但馬さんも迫力あったよねえ。」小沢さんが議会での私をもちだしてので、あわてて
「もうその話はやめて。」思わず悲鳴をあげると、みんなはどっと噴出した。
「おはようございます」田代さんが大きな声で門を入ってこられた。りゅうくんそっくり。
今日のお手伝いのメンバーはほぼそろった。あとは小寺さんと、もちつきぜひやりたいときてくださることになっている池田さんだけだ。
ではそろそろ、ふかしましょうか。もちごめ。
佐野先生がテラスにでてきて、
「3、4才児が園庭などで自由に遊びますので、火のそばには必ずどなたかがついているようにお願いします。では、もちごめなど運びたいと思いますので、よろしくお願いします。じゃ、木田さんお願いします。」といって会長にバトンタッチ。
「今日はありがとうございます。年末のおもちつきです。一昨日は傍聴ごくろうさまでした。結果はご存知の通りで、ひなぎく最後のおもちつきになってしまいました。父母の会の報告会としては来週の土曜日を予定しておりますので、よろしくお願いします。今日は嫌なことは忘れておもちつきを楽しみましょう。」
気がついたら、美和さんのご夫婦がそろって来ていた。
ご主人の池田さん、すっかり穏やかな感じになっていて、美和さんの入院騒ぎの時は、海外出張の合間で、余裕がなかったのだろう。美和さんも、動作はゆっくりだが、笑顔も見せている。
「暮れには毎年もちつきしてましたよ。まかしてください。」と池田さん。
そうか、ご出身新潟だもんね。
蒸しあがったもちごめをうすにぼてっとうつしてさあ、もちつき!
小寺とうさんと 池田とうさんがまずお手本をみせてくれるといいうことで小沢さんと松井さんがそれぞれ水係についた。
おふたりともすぐにリズミカルに杵をふりあげもちをつきをはじめた。
そういえば小寺さんもご出身は、確か岩手だった。
こどもたちが自然とまわりに集まってきた。
「順番に並んで、どっちのうすに並んでもいいからね。」
こどもたちはその小さな体いっぱいに力をこめて杵をもちあげ、ふりおろす。
もちろん先生が後ろからささえてはいるのだが。
大きいらいおんぐらいになると、なんとかひとりで杵をあつかうことができる。
それでも大変だ。たっくんはへばった声を出した。
「おもーい」「たっくん、がんばれ、三回ついてごらん」
たっくんは真っ赤な顔をして
「うーんしょ」っと杵をふりあげふりおろした。
力は空中に飛び散ってしまい、もちにたどりついた時はぺたっとやさしい音しかしない。
ほれ、たっくん、もう一回 と保母さんたちが口々に声をかけ、
たっくんは、ようーしと口をきつく結んで再度ふりあげ
「そーれっ」とみんなが声を合わせる。
今度は、杵がびしっともちをついた音。
「ほれ、あと一回」
「そーれっ」
「よーし、交代、次はようちゃん。」よう子ちゃんは 大きいらいおん組のなかでたても横も一番。お母さんに似て、肝っ玉も大きそう。
杵をもつとおっとりと振り上げた。
「ようちゃん、力いれて」おかあさんの声が飛んだ。 よう子ちゃんはおかあさんそっくりの笑い方で 「はっはっ」っと笑ってから、力をこめてもちをついた。いい音がした。「その調子!」とまた、おかあさんの声。
もっとやりたそうなよう子の次はこうじ。こうじは小さい体にやる気十分の気合をこめて杵をふりおろした。
同じうすで水をおもちにつけていたこうじのおかあさんの小沢さんが、「こうちゃん、上手 上手」と笑った。
まりこも小さい体で顔をまっかにしてついた。杵がずいぶん大きく見えた。
慧の番がまわってきた。頭の三角巾がずれておっこちそうだ。
杵をあまり上に振り上げずにすとんとまあまあうまくもちをついた。
でも2回目は先生が「けい、これくらい上にもちあげてついてごらん」とけいの腕を取って一緒に振り上げ、下ろしてくれた。いい音がした。
けいは「わっ」と声をあげた。
最後は 大きくふりあげて、ちょっとよろけたので、後ろから先生が少し杵をささえてくれていたが、そのままうまくふりおろし、おもちに命中した。
先生の「よっしゃ!」の声に慧はにんまり、満足そうだった。
テラスに並べた机の上で つきたてをビニールのふくろにいれてのしもちにしているのはおかあさんたち。こどもたちは、自分たちで食べるぶんをまるめている。せいこちゃんが、まるめたおもちはこっちに入れてと、おぼんに並べたりお世話係りをしてしきっている。えみちゃんは、芸術作品でもつくっているように真剣にもくもくとまるめている。
えみちゃんのそばに、おおきなおなかの小寺さんが座っていた。
「あれ?、だいじょうぶ?、もう予定日でしょうに。」私が驚くと
「ここで産気づいたら好都合でしょうよ。おもちで力はついてる、夫はいて車もある。車には入院の準備も乗せてきたし、えみの面倒見てくれる人もいっぱいいるし、ね?」
「さすがあ、さすがお医者!。」納得。
「それなら園庭一回り 走ってきたらいいよ。」松井さんが言って大笑いになった。
「えみちゃん、楽しみだねえ。赤ちゃん生まれたらしばらく慧と一緒に保育園に通おうね。」うんと返事して、えみちゃんはすぐにまたおもちまるめに熱中しはじめた。
ホールは食堂になっている。 あんこやきなこや納豆、それに枝豆をつぶした、ずんだもちもできている。
会食の時間が近づいて、役員ではない父母たちや、お客さんが集まってきた。
洋もあさことりょうこを連れてやってきた。
洋がだれかとしゃべってると思ったら、八木さんのご主人だった。さすがに奥さんは来ていないようだ。ゆうこちゃんがお父さんの所に飛んでいった。
「気の毒やなあ、なんとも言われへんわ。」私のところに来ながら洋がため息をついた。
八木さんの奥さん、よく円徳寺にでかけてるらしい。朝こどもたち送り出したらひとりだしね。ひとりで家にいるのは辛すぎるよね。早く仕事始めるのが正解かもね。
「こっちこっち」と奥のテーブルから高田さんが手を挙げて呼んでいる。高田さんご一家に交じって慧もおもちをほおばっている。
「何食べてるんや?!」と洋が大きな声を出した。
慧が「とうさんのきらいな納豆もちー!」っとけらけらっと笑った。
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