第41話 傍聴席からたたかう
「残念やったなあ、ひなぎくやっぱり無くなっちゃうのかあ。」
深夜に帰宅した洋は コートを脱ぎながら
「そうかあ。だめだったかあ。残念やったなあ。」と繰り返した。
「それで どんなだったんや、議会は?」
私は
「うん、さっき忘れないうちにと思ってまとめてるのがある。今疲れてるでしょうから 後でゆっくり読んで。ほら、これ」
洋は「そうか、わかった。」と
テーブルの上にある書きかけのレポート用紙をちらっと見て
そして「まあ、ごくろうさんやったなあ。」と言ってくれた。
「ひどいものだったよ。私ね、はじめて人に罵倒された。」
「どないしたんや?」
「あの、村の国道側でスーパーを経営してる保守系の佐古川議員て知ってる?」
「名前だけはな」
「そのじいさんに怒鳴られたの! 議員てやくざとおんなじ!」
まだ悔しさがくすぶっている。
夫は、新聞を手にしたまま読むに読めず、甘納豆をぼそぼそつまんでいる。
「あのすっとぼけ福祉課長が、質問に答えられなくなって、一時休憩になってね、私たちの下を議員たちが通っていったんひきあげていくのよ。ほら野球でいえばダックアウトに帰ってくわけ、そのときにね私叫んじゃったの。
『ちゃんと考えてくれてるんですか!』って。
そしたら、その佐古川が私をキッとみあげて、つかつかってすぐ下まできて
『なんだ!』って
びっくりしたけど
『こどものことをもっと真剣に考えください』ってもう一回言ったの。
そしたら、
『誰に向かってものを言ってる!言葉をつつしめ!』って。」
「ものすごく悔しくてね。」
「言い返さなくて良かったと思うよ。」洋が小さな声で言った。
やっぱりそういう反応か。すべてを正直に夫に言わないほうがいいような気がしたが、やっぱり。
本当は、言い合いはもっと続いたのだ。
「誰に向かって って村会議員さんですよねえ?だれなんですか?」
もう、止まらなかった。 大柄な佐古川がものすごい形相になって、ちょっとひいたが、それでもがんばった。傍聴席の柵から乗り出して見下ろして
「私たちの代わりに議論してくれる方ではないんですか?」って。
そしたら
「なんにもわからないくいせに偉そうなこというんじゃない!」って
怒鳴り返されたのだ。実際は。
「あと少しだからまとめてしまうわ。あんまり悔しくて悲しい思いはちゃんと記録しておくんだ。あの佐古川にも復讐してやる。」とつぶやきながらレポート用紙に向かった私に、洋が
「恐ろしいですねー、私はお風呂に入らせていただきますねー。」と
ちゃかしながら立ち上がった。
だって、ひなぎく、なくなっちゃうんだよ。
ひたすら今日の議会を整理した。書いて書いて自分の気持ちを抑えたかった。
まとめ終わったら、激しい憤りは消えていたが、心底悲しかった。
そして、松木議員の発言のことを思い出した。議論の最中に、松木が意見を述べたのだ。えっ、と傍聴席がどよめいた発言だった。
「ひなぎくの統廃合は老築化した建物の問題等から避けられない方向だと考えるものであります。
しかし、答申は八月に出たばかりでありますし、保育園という性格上、子供たちが現に生活している場を奪うというのはいかがなものか。」
松木って味方?傍聴席だけではなく、議員の間にもざわめきがおこっていた。議員は続ける。
「ここは性急な結論を出さず、肝心な子供たちのことを考慮し、見極め期間を設け、今いるこどもたちへの責任をまっとうさせるべきではないでしょうか。」
傍聴席から拍手が起きて注意された。 松木議員は満足そうに腰掛けた。
議長が 村長を指名した。
「見極め期間は今年度中ということでありました。」と村長が一言。
続いて保守系の議員が意見した。
「松木議員は、統廃合という結論には同意されているのですよね。」
松木はあっさりと応えた。
「はい、そうです。」 なんだそれは?またざわめきが起こった。
その後は、松木はもう何も発言しなかった。一瞬とまどった照沼議長の顔がほっとしたように見えた。
ただ、革新系の町田議員が
「松木議員が発言された、こどもの側にたって考え直そうというご意見 全く同感でございます。」と言ってくれたが、
何事もなかったように そのまま議事は進行し、ひなぎくの廃止は決定してしまったのだ。
松木は議員の間で何を言い出すかわからない人物とみなされているのかもしれなかった。ただのちょっとした人気取りだったのだろうか。
傍聴席からは議員の後ろ姿しか見えないのだが、
以前、彼の事務所で、
高田さんが
「あんた、あんたって失礼でしょ!」と責めたときに見せた松木のゆがんだ表情を私は、思い出していた。
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