第28話 天狗の嵐


 車が走り出してから しばらく沈黙が続いた。中山さんが口を開いた。

 

 「決まってるね。統廃合は。議会って議案を話し合うところだと思ってたけど、そうじゃないみたいだね」 

 

 「議会が独立してない証拠だね。行政と癒着してる、」

高田さんは、あきらめてるという口調で、ため息をついた。

私は、新田さんにもらった名簿を見ながら 


 「次の信号を左に曲がってね」地図で調べてきた道筋を高田さんに教える。

文教厚生委員会のメンバーの家に向かっていた。

 「今度会う人はね、」とわたしはふたりに説明した。

「この人は赤松地区の公民館の館長さんですって、女性なのよねえ」

「この村で、長という役職に女性がいたんだ」と高田さん。

「話がわかるかもね」と中山さん。 そうならいいけどなあ。

 村の幹線道路をはずれると 芋畑がひろがった。 青々と畝が続いている。

少し前までは、見渡す限りの農地だったのだろうが、今では、製薬会社や、アパートや、真新しい家が、点在している。こんもりとした林を曲がるとその横が公民館だった。

 裏の駐車場に車を止め、外に出ると、ひんやりとした空気が心地よい。


 「あー いい気持ち。約束の時間までちょっとあるから、あのお宮を拝んでこようか」と中山さん。

公民館のすぐ横に 石段が続いているのが見える。

 「へえーえ、初めて来た。えーと、ここは、巣鴨神社だって」と声に出して言ったとたんに気がついた。

 高田さんも、 中山さんも、 そして私、3人ほぼ同時に叫んだ!


「ここがすがも神社!」

 

 慧の話によく出てくる。かんた君も たけちゃんも きっと よく話をしているのだろう。

 「ひなぎくの散歩でよく来てるとこだね、子供たちが」みんなうなづきながら

「そうそう。どんぐりひろいやかくれんぼをするとこだよね。」なぞが解けたような、宝を探し当てたような気分。

 お社への石段は、見上げるほど高く空にむかって続いている。

「私たちも行ってみなくっちゃ」と中山さんはさっさと階段を上っていく。

「急な石段だよねえ。」

のぼりついたら3人とも荒い息、「案外こたえるねえ」と高田さんは太ももをさすった。

境内はおもったより広く、これならかくれんぼに最適だろう。いちょうの大木や、ほこらもある。「木登りもしたってかんたが言ってた。眺めがいいらしいよ」

のぼり易そうな木がいっぱいだ。

 

「天狗がいそうだね」

 

天狗はふだん寂しくて、だから ひなぎく保育園の子供たちがやってきたら うれしいだろう。

 時代劇にでてきそうな木の格子戸の祠の中をのぞいてみる。

「祠の中はのぞくもんじゃないって、小さい時、おばあちゃんに言われたよ」

高田さんの言葉にびくっとして、すぐに顔をあげたけど、中は暗くて よく見えなかった。

「やーだ、びっくりするじゃない、開かないのかしらね」と戸を揺らしてみたが 鍵がかかっているようだ。

「公民館が管理してるのかしら?」と中山さんがひとりごとのようにつぶやいて 裏のほうへ歩いていった。

と、すぐに

「ひゃーっ」叫んですっとんで戻ってきて「蛇!」と大声を出した。

「どれどれ」と高田さんが、冷静に、裏手に回っていく。

「まむしじゃない? だいじょうぶ?」私は、近づかず、声だけかける。

「もういないみたい、逃げちゃったね、中山さん、大きかったの?」

「1メートルくらいかなあ、青大将だと思う。」と中山さんは顔をおもおもいっきりしかめた。

「さすが 高田さん、蛇年だねえ、平気なの?」

「蛇の姿は見たほうがいいのよ、金運金運。」そう言いながら腕時計を見て

「そろそろ、いかないと、もう時間になった。」と高田さんは、祠に向かって手をぱんぱんとあわせ、頭を下げた。


のぼってきた時にかいた汗は すっかりひいている。

「下りのほうがきついかもね」といいながら

高田さんはほうっほうっほうっよ掛け声をかけながら リズミカルに降りていった。

中山さんは太めがたたって それとも蛇を見て脚の力が抜けたのか

「ひざがかくんかくんとなるわ」と のぼりとはうってかわって慎重にゆっくりと降りている。

 高田さんのリズムにはとてもついていけず、中山さんのペースだとゆっくりすぎて、私は、ちょうどふたりの中間を降りていった。

 少し登っただけなのに、眼下に村が見渡せる。

役場も、そして、ひなぎく保育園の手前の林も見える。

 その向こうに、我が家があるはずだが、さすがにそのあたりは、はっきりは見えない。

 「久しぶりぶりに運動した、いい汗かいた」中山さんは、真っ赤な顔をしている。

「保母さんってすごいよねー、体力あるんだね、毎日こんなに歩いてるんだねえ」


 「さ、呼吸を整えて 敵陣‥じゃないかも‥にのりこもうじゃないの」

 こどもたちの散歩コースからエネルギーをもらったようで、私たちは、少し前とは全く違った心持になっていた。

 公民館に入ると、まっすぐ廊下がのびている。

声をかけると、奥のほうの部屋から顔を出した中年の女性がいたが、すぐに引っ込んで、そのまた奥のドアから ひょろりとした白髪の婦人が現れた。

 「館長の出井です。こちらに」

長テーブルが数個並んでいる部屋で私たちは並んで腰掛けた。

館長さんは 

 「ひなぎくのお子さんたちは、よく遊びにきてくれるんですよ」と言って

私たちの正面の窓を開けた。 さっきの鎮守の森が見えた。横からだととても大きい山に見えた。

「お散歩に来てあそこに登って、ひと遊びして、帰りには必ず ここによって ご挨拶していってくれます。 お水をのんだり、休憩がてらにね。」

私たちは いつもお世話になっておりますと、深〃とおじぎしてしまった。

「審議会で統廃合という話を聞いた時には、私も驚きました。そう、統廃合がベストであるとういう提議のされ方でしたね。」

「これからも審議は続けられるんですよね?」と尋ねると、

「もちろん続けています。ただ、保育に関わっている人でもいる場合はその方が意見を出しますのでね、みなさんも考えて活発な話し合いになるのですが、、、」と出井館長。

「みなさんに問題意識がないということですよねえ。」と高田さん。

「まあ、残念ながら。数年にわたって定員を満たしていないということであまり疑問はでなかったですね。共産党の武田さんが、保育行政について主張なさっただけですね。」

「ですが、今回ご存知のとおり、父母の会で六千四百名あまりの署名を添えて請願をしてきましたが、それを踏まえての審議にはならないでしょうか」

出井さんに、審議会で頑張ってもらえるように、私たちは口々に保育園の必要性を訴えた。

 核家族で、子育ての悩みをひとりで抱えがちな母親にも、保育園のような、いわば駆け込み寺のような場所があればどんなに心強いだろうか、保育園を一義的に捉えず、働いてはいなくても気軽に利用できる子育て支援施設として門戸を開けないだろうか?

すぐに切って捨ててしまう前に、存続させるためにはどうしたらいいかという方向で、みなさんに知恵を絞っていただけるのならば、たとえ結果がどうなっても父母の気持ちも納得いくのではないでしょうか。

「子育てで苦しんでいるおかあさんの話はこの公民館でもよく伺います。確かになんらかの支援は必要なのではないかと、私も考え込んでしまうことは多いですよね。でも今直面している統廃合の問題に結び付けるには、あまりに難しいことがたくさんあるように思います。」

 少しの間、沈黙があった。高田さんは言った。

「これからの人たち、わたしたちよりもっと若いこれからこどもを生んでいくひとたちの価値観や、生き方に照準を合わせるような先を見越した保育園のあり方みたいなテーマで議論をしていただくことは無理なんでしょうかねえ?今までの保育園の役割にとらわれないで。」

「福祉の中でもね、保育園の問題は幸せな部類の問題でね。預けるところが全くなくなってしまうというのなら、これは大きな問題ですけれど、そうではないのでね。」と出井さん。

「もっとせっぱつまった議題があるということですか?」と私。

「女、こどもよりもっと弱者もいるんです。」と出井さんはきっぱり。

そして

「このところは、こちらにお散歩にこないですねえ、こどもたち」とがらっと口調が優しくなった。

「毎日毎日プールですからね。」

「保育園にはプールがあるんですか?」出井さんはびっくりしていた。

二十五メートルプールを想像してしまうのかも。

 おとなのひざまでもない深さで 二メートル四方くらいです。遊び終わったら水は、こどもたちがばけつで水を汲みだすんです。

バケツにいれておいて 泥遊びの後、足を洗ったりするのに使うようです。


 おいとまするときに、お願いした。

 保育園のことを審議するんだったら 百聞は一見に如かずですので、ぜひ、委員会のみなさんでいらしてください。こどもたちを見てください。と。


 公民館から出ると、鎮守の森のほうから さあーっと風が吹き抜けた。



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