第27話 文教厚生委員会 中山さんの熱弁


 統廃合の審議は、案の定形だけのもので、すぐに文教厚生委員会に付託された。

ダメもとで委員長にアポをとった。議会が真近なので断られると思ったがすんなり会ってくれるとのことで、高田さんと行くが、しかし、今日はお肉やの中山さんも同行してくれるという。

高田さんが車で迎えにきてくれて、中山精肉店に向かう。

「だいじょうぶ?行けるの?」と心配顔のわたしたちに

中山さんは、主人が張り切ってやってくれるって、コロッケも準備してあるし。


 訪問先の照沼幸三議員は、もう七十歳。村の議員四期目の長老だ。

りっぱな門構えの家だ。奥まっているので、こんなにすごい家があるのしらなかった。

高田さんが「深呼吸 深呼吸」と言って、ベルを鳴らす前に大きく息を吐いた。

玄関にはすぐに照沼議員本人があらわれて、さ、こっちへ とすぐわきの応接間に通された。

 「ひなぎく保育園のことさね」と照沼議員は、時間を無駄にはしないつもりらしい。

 「6400名以上の署名が集まったことは、ご存知のことと思います。ひなぎくの父兄だけではなく、多くの村民が保育園をなくしてはいけない、福祉をけずってはいけないと考えているというわけで、どうか、統廃合案を白紙にもどしていただければと、今日はお願いと、詳しいお話を伺いにまいりました。」とわたしは老議員の顔を見据えて訴えた。

 

 「ひなぎく保育園についてはね、五年まえから定員われがつづいてきてるということでね、村にとってはお荷物の施設でね。もうこのあたりで整理しないとなんないのよ」実にこのおじいさん、ストレート。

すぐに反応はしまいと感情を必死に抑える。隣の高田さんも同じなのがわかる。

 

 「その五年ということなんですが、ここに表をもってまいりました。」

私は、その表を元に、保育所の性質からいっても常に定員を満たすことがいいとはかぎらないということや、ここ三年ぐらいはひなぎく保育所を希望しないように 入所の窓口で操作されていたことなどを説明した。

ひなぎくの立地地域は市街化区域の中心だし、今後人口増予定地であるといことも。

しかし、この老議員は、そんなこと全然聞いてない。


「こどもってはな、親が育てるもんだ。子供預けてなにしてんのよ?そこに 村立のりっぱな幼稚園あるでしょうよ。一日中わざわざ保育園さ預けなくっても、幼稚園でいいでないの。女は子供育てるのが仕事だっていうのは、今も昔もずーっと変わらない話だ」

予想通りのご意見。わたしは質問した。


「村立病院ありますねえ? あそこの小寺先生ご存知ですか?」

「あー 知ってるっぺよ。けど、あの先生が、こどもをどこにあずけてるにゃ知らんけど、特別なケースだよあれは」

 

「特別って‥学校の先生とか それこそ役場の職員とか、みなさん、こども預けないと仕事できない、それも特別なケースなんですね?」

「そうだな、男と同じ給料とる場合は、特別だな。だいたいあんたら、なんで預けてるかしらんが ちょっとばかし働いても、だんなのかせぎにはとうていおよばんでしょう、けどこども育てることは、母親しかできないってことわかるでしょうよ。すぐに預けっから不良になったりするのさ。」


それまでずっと黙っていた、中山さんが話し始めた。


「照沼先生、私ら夫婦ふたりで肉屋やっております。

子供たちは、はじめ私の母がみてくれていました。そのまま幼稚園に行かせるつもりでした。でも急に母が倒れまして、そうなると仕事になりません。わたしら最初保育園に対しては偏見があったんですわ。ただこどもを預けるところというふうにしか思っていませんでした。でも保育園で生活させてもらってどんなにありがたいと思ったか。親は最初の子育ては初心者です。でも、ここの保母さんたちは研修を重ね、経験を積み上げ、その知識と情熱で熱心に保育をしてくれます。子育てのプロです。たっぷりと自然の中で遊ばせ、そして五感をきたえあげ、人間として生きていくために揺らがない土台作りをしてくれている‥と私は確信しています。わたしらは、保母さんたちに教えられ助けられ、そのおかげでこどもたちを自信を持って育てていけるのです。決して、保育園に預けっぱなしではないのです。りっぱな人間に育てるという同じ目的で、力を合わせているんです。私たちのこどもたちは、りっぱに成長していきます。それは わたしたちのだれひとりとして、こどもを放ったりしていないし、こどもたちも自分たちが、おとなたちからたっぷり愛情をもらっているのを感じているからです。じぶんたちのために最良のことをしてくれていると、絶対にわかっているはずです。

 ひなぎく保育園を、どうか、安易につぶさないでください。

 いちど、ひなぎくの保育の内容をみにきていただけませんか?」

  

さすがに、ちょっと間があったが

  「だから、あんたら、ほかのどこでも保育所入れたらいいっぺよ。どこの保育所も変わらないさ。」


「先生は」なんと呼んでいいのか解らず、結局は、無難にそう呼びかけた。


「大きいお孫さんが、いらっしゃるんでしょうねえ?」


「娘は東京に嫁に行ったが、孫は中学生になる」

「もう大きくなられて、お嬢様の子育ても、応援に行かなくても良くなられましたねえ」

と聞いてみた。

「そりゃあ小さい時は熱をだしたりしたら、妻が通ってましたよ。子供を育てるということは大仕事です。」ほらそうでしょう、と言いたかった。


「そうですよねえ。でも奥様がおじょうさまになさったような手助けをしてもらえない母親もいるのです。そんな母親のよりどころとしての保育所の役目も考えていただけないでしょうか」


「何度も言うけど、村の保育園は、ひなぎくがなくなっても機能できるんだよ、十分に。それに昔っから母親はなんとかがんばってきりぬけてきたんだ。何も保育所の力借りるような特別なことはいらないでしょうよ。」


高田さんが

「定員割れが、統廃合の理由とおっしゃいましたよね? では 入所児が増えればつぶさないということですね。」

「そりゃあ定員を満たしていれば 存続を問われることはなかったでしょう。まあ、今後も増えないでしょう。」


 「おっしゃる通りで、急激には増えないかもしれません。でも入所を募る努力をいっさいしないで、はい、つぶしますでは、あまりにももったいない。 地道に入所児を増やす努力をつづければ、というより、これから女性が就労が多くなるでしょうから放っておいても、定員に近づくはずだと思いますけどね。」高田さんは、続けた。


「福祉審議会は、有識者というかたがたで構成されているようですが、わたしたち 母親たちの意見もきいてもらいたいと思うのです。それではじめて、公正な話し合いができるのではないでしょうか? 現場の人間たちの意見が入らなくて、何が審議できるというのでしょう」


「教育や福祉など現場で活躍されているメンバーが集まっているのですから みなさんりっぱな方々ですよ。」と照沼議員は言い その言葉に


「でも、視察もなにもなく、数字だけで 簡単につぶしてしまうという結論を出してしまうようでは信用なりません」ときっぱり高田さんが反論した。

「たとえば、入所児の定員だって、数字だけを見ていたらそれがどんな保育環境なのか把握することは不可能だと思うのです。 定員定員ておっしゃいますけど、国で決められた最低の基準にとらわれることはないと、私は思うのです。この村独自のゆったりした福祉があってもいいじゃないですか? 村の財政は赤字ではないですよね?」

「村全体の予算からですと、赤字ではないです。が 福祉ばかり膨らむことは、歳出ばかりが増えるわけですから、危険というか、、、」議員は歯切れの悪いものいいをした。

「でも全体で赤字ではないのなら、村民の心が豊かになる政策は、結果的に村を活気付けますよね」

「その‥ 理想はいくらでも追求できますがね、おっしゃるようには簡単にはいかない。」

「それはそうでしょうが、今あるものをなくしてしまうことは、実に簡単です。ですから、その前に、あらゆる側面から考察してほしいのです。 定員われにしても、もともとその定員数に問題があるのではないか、建物が老築化しているというが、他の新しいコンクリートの保育所と比べ木造の施設は保育に適さないのか? そういう問題を、審議会のメンバーの方には実際に見てもらい、それから、審議してほしい」

高田さんは とても冷静に話したと思う。

「わかりました。文教厚生委員会では、視察とか、その現場の皆さんのお話を聞くとかして多角的に考察し判断したいと思います。 ま、そういうことで」

 老議員は、もうすでに腰を半分おこし、ドアの方を見ていた。

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