第24話  エニシダの香り 夕涼み会の準備



七時半から父母会が始まる。夕方から、すごい勢いで家事をこなして飛んできた。少し早く着いたので、教室に入らず、テラスに座り荒い息を整える。肌に触れる風邪が心地良い。

こどもたちに夕御飯も食べさせてきた。子供を連れないでひとりでいると、なんだか頼りない。開放感とは違う、不安が混じった奇妙な気分。こどもたちのいない園庭も変な感じだ。     庭のすみのあじさいが白くうす桃色にうかびあがり、黄色のエニシダが垂れ下がっている。

 魔女のほうきをつくるんだよ、これで。と慧が教えてくれたエニシダの黄色い花は園庭をぐるりっと囲っている。 ほんとに魔法の力があるならばひなぎくをどうか守ってくださいな。


結界こしらえ邪悪な力を撥ね退けて。


そういえば いやな訪問者に早く帰ってもらいたいときは ほうきを立てるというおまじないがある。全然関係ないか。とりとめもないことをぼうっと思いめぐらしながら園庭を眺めていると、高田さんが入ってきて手を振った。

「なんか 甘いいい匂いしない?」  私は彼女の後ろを指差した。

「エニシダの香りよ。」


彼女と一緒に教室に入った。

 配られたプリントの冒頭に大きな字で、みなさま署名活動ありがとうございました。とある。

 このたった28家族の父母の会が6427人もの署名をあつめることが出来たのだ。

仕事をもち、小さい子どもを抱えながら。

 会長の木田さんが話し始めた。

「ほんとにおつかれさまでした。本日、署名を添えて、請願を提出してきました。統廃合の問題はまだまだこれからみなさんと一緒にがんばっていかなければなりません。ですが、まあ夕涼み会でちょっと一息ということで、今日は恒例の夕涼み会の分担を決めていこうかと集まっていただきました。」

木田さんは去年の夕涼み会のプログラムを配りながら

「統廃合問題の今後ですが、今日の請願は、8月の始めに、まず文教厚生委員会で討議されます。傍聴ができますよ。」

 小寺さんが 手を挙げた。

「その前に村長から話をききたいよね。」

「そうなんですよね。いままでも面会は何度かお願いしたんですけどね。なんやかんやで断られてね。でも、説明会を開いてほしいと、福祉課長にその希望をつたえましょう。」

 木田さんがうなずいてそう答えた。

「だいたい視察にもこないでつぶすって簡単に決めて。保育所はただの建物じゃないんだから。」

お肉やの中山さんの言葉をきっかけに ほんとだよねえ、弱いものいじめだよねえなどという声が口々にあがった。

「そうですよね。早急にね、役場にかけあいますわ。

 では、遅くなってはね、みなさん、お子さん方が待っておられますからね、今日の本題の夕涼み会のことにはいりますね。」

 毎年恒例の行事なので、担当を振り分けその仕事を確認して準備の話し合いはスムーズにすすんだ。

 我が家は、主人は花火係、私は、ごみ集め。当日は実家の母たちに応援を頼むしかない。りょうたちの面倒をみてもらわないと行事に加わることは不可能だ。

 本来できることだけをすればよいのだが、今年は副会長だし、両親にも会いたいし、

 帰ったら、母に電話して、頼んでみよう。



 母が大急ぎで縫ってきてくれた金魚の柄の浴衣を着て、あさはもう絶対に脱がないとがんばっている。 

 「あさちゃん、まだこれからお昼ご飯食べて、お昼寝しなきゃならないし、それからひなぎくにいくのよ。行く時に着替えていこうね。それまで、お洋服着とこうね。」

 「ひなぎくにおばあちゃんも行く?」と、今朝、目を覚ましたら横にいたおばあちゃんから片時も離れずにいるあさが聞いた。

 「みーんなで行くからね。おじいちゃんも、おばあちゃんもりょうちゃんも」と言いながらあさの浴衣をぬがせ半ズボンをはかせた。 

 父の会社が終わるのを東京で待ち合わせてからやってきた父母だったが、夕べ着いたのは十時すぎていた。慧だけがまだ起きていた。

 お昼寝ができないのは‥とまた保母さんに意見されてしまう。でも、 折角 遠くからやってきてくれたのに、慧を無理やり寝かせてしまうことなどしたくなかった。

慧は浴衣に手を通したが、「ふぇー こんなんか」とすぐぬいで 父と母は大笑いしたものだ。

 毎年子供達は浴衣を着て、きりりと豆絞りのはちまきををしめ、たすきをかける。今年も、

母が仕立ててくれた。

「去年も慧ちゃん着たじゃない。かわいかったねー。」

母が言うと、慧はひどくはずかしそうにして下を向きそのままでんぐりかえしをした。 

「あさたちが起きちゃうよ、静かに」と思わず言うと、母が「起きたっていいよねー。慧ちゃん、でんぐりかえしじょうず」ってまた誉めた。

 慧は得意満面、もういっかいくるっと回った。

前の晩遅いと翌朝元気がでない慧が 今朝はおじいちゃんたちはいるし、夜は夕涼み会だし、はりきって起きてきた。

 おじいちゃんとおばあちゃんに見送られとうさんの車に乗って上機嫌で保育園に出発していった。

  

 「慧ちゃんにあんまりうるさく言わないほうがいいよ。のびのびそだてなきゃ。

あさちゃんとりょうちゃんに手がかかるんだから、慧は寂しい思いしてるよ。

あんまりお兄ちゃん扱いしたらかわいそうよ。まだちっちゃいんだから。」と朝食の後片付けをしている私に母が言った。

「そんなふうに見える?」

 あさとりょうについ目も手もいってしまう。でも心は慧にあるのに。いつも慧の事ばかり気にかかるのに。でもあまり私に要求してこない慧のことはつい二の次になる。

 「いまのうちよ。男の子はすぐ親から離れちゃうんだから」

「そうだね。 スキンシップしとかなきゃね。」ほんと、あとちょっとと思う。

 「おばあちゃん、ブランコ行こ」とあさが母の顔を見上げた。

「おじいちゃんがお庭でなんかしてるよ。見にいこう」

 母はりょうを抱き、あさと庭に出て行った。

 父は、来るたびに何か作っていってくれる。

 すぐ隣が大きな砂場があるからいいと言ったのに、庭にも小さな砂場がいるだろうと、

しゃべるでもう穴を掘り始めている。


土曜日も保育園は夕方まであるのだが、 今日は、お迎えのできる家は、お昼の後なるべく早く連れてかえることになっている。

そして子供は、家において、入れ替わりに親たちが、夕涼み会の準備に出かけていく。

 両親ふたりとも出なくていいのだが、役員ということもあるし、せっかく おじいちゃんたちが来てくれたのだからと珍しくふたりで保育園に行くことにする。

 保育園の駐車場に着くと お肉屋さんの中山さんの車からちょうど、大きな白いエプロンをかけた大柄のご主人がこれもまた特大のステンレスのバットを運び出しているところだった。中には焼き鳥の材料とホットドッグのためのソーセージがどっさり入っている。

 「おつかれさまです。」「良かったねえ、いい天気で。」

 おかあさんたちは、肉を串に刺したり、パンを切ったりの下ごしらえのために調理室に入った。

おとうさんたちは、園庭にやぐらをつくってちょうちんをぶらさげたり、会場設定の仕事。

先生たちは 音響の設備を調整している。

 時々 試験放送でG音頭が流れてきて、 お祭りムードが高まってくる。

保育所がなくなってしまうかもしれないというので、暗い雲がかかっていたような園が一気に明るくなった。

「なんか、日頃働いてるのは、こんな日のためなんだなあって 思うよね」

とケーキ屋さんの松田さんが言った。

 うんうん そうそう。

「こんな様子を 村長に見せたいよねえ」と彼女が言って、

「村長を招待したらよかったんだ」と中山さん。

「そうよ、今からでも 言って見たら? ねえ?但馬さん?」

みんなが私を見た。

「ほんとに。 もっと早くに思いつけばよかったねえ。今日の今日だしねえ」

と私は思わす「うーん」とうなってしまった。

「土曜だし、まだ、役場にいるんじゃない?」みんなに、けしかけられ、私はこんなとき、高田さんがいたらなあと思った。

土曜日は ピアノの生徒さんが多いので、今日は準備のお手伝いができないと、ご主人が来ている。彼女ならどうするだろう・

村長を 村営の保育園のお祭りに招待して 何も不都合なことはないはずだ。

彼が どんな反応を示すかも おもしろいではないか。

「そうね、会長に聞いてくるわ」

私は、外に出て、木田さんを探した。

テラスで夫が音響のコードを持って 保母さんたちと作業している。好きなものを見つけて仕事している洋を見て、「やっぱりそこにいる」と彼に声をかけ 笑ってしまった。

「ひどい音してたんや」と夫。

「おかげで、今年は、マイクとか順調にいきそうです」と園長先生が私に言う。

そうだ、まずは、園長先生にと

おかあさんたちからの提案を話す。

「今までしてこなかったことですしねえ。急だし、私の立場としてはなんともねえ…」

口をにごしてしまう。

「父母の会からの要望ということでは いかがでしょうねえ」

「それは、なんともねえ、うーん」彼女の立場は難しいらしい。

「そんな考えこまんでも。」洋が口をはさんだ。

「かえって当日だと軽く声をかけるっていう感じでいいように思うなあ」

真面目な園長先生は いいとも悪いとも判断がつかないらしく、眉間にしわをよせているが、わたしが、「とにかく木田さんにに 言って来るわ」というと

「そうですね」とうなずいた。

くつをはき、テラスから降りた。とそこに 焼き鳥のための七輪の火をおこしている池田さん、美和さんのご主人がいた。さっちゃんはすっかりひなぎくに慣れて、元気に遊んでいるのを何回か見ていた。どうしてもお迎えの都合がつかないからと新田さんから頼まれて2回ばかり慧と一緒に連れて帰ってきてあげたこともある。しかし ご主人と顔をあわせたのは 山形からおかあさんがきていた、あの時以来だ。

池田さんも私に気付き、「そのせつはどうも。」と会釈なさった。

 「どうもごくろうさまです。さっちゃん元気にしてますね。おかあさんがおうちにいるので安心したのですね。」美和さんは 結局2週間後に退院し、国立病院に通院することになったのだ。新田さんによると「絶対に直りますよ。って言われたって、薬飲んで、がんばってる」というふうに聞いていた。

 「はあ、いっときよりだいぶ落ち着きました。さちよも慣れたようで。」池田さんは七輪のほうにしゃがみなおし、「こんなことするの初めてですわ、こどもの行事に参加するのも初めてです。」そう言って、「妻が病気になったおかげです。」と照れたようにぼそっと言った。

夕涼み会には 美和さんも来るそうだ。


  園庭のいちばんむこう。ジャングルジムのところで、かざりをくくりつける作業をしている木田さんを見つけた。村長を呼ぶ話をする

「あー いいんじゃないですか。」とすんなり賛成してくれた。

園長先生の反応にも「僕の名前でしますからだいじょうぶでしょう。」

ジャングルジムのてっぺんで作業していた小寺さんが、

「今まで こういうのに全く不参加というのがおかしいよ。今日は半ドンだから早く電話しなきゃ」

と後押ししてくれた。

「ここのデンワを借りましょう」と木田さんは建物のほうに歩き出した。

「どうでしょうねえ」と「私が直接役場に行ってみますけど?」私がそう言うと

「えっ?本気ですか?」

「ええ、準備はみなさんでだいじょうぶでしょうし、今ならひとりでささっと行けるし。」

今思いついたのだ。思いついたらしゃべっていた。

「会ってくれないですよ。きっと。」

「それでも、行ってみるのは悪いことではないでしょう」

私は すぐに行動した。

      

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