第25話 エニシダの魔法 夕涼み会
「昼間はお疲れさまでした。 役場にも行ったんでしょ?」
夕涼み会がそろそろ始まるというときに、高田さんがやってきた。
「村長、どうだった?」
「それがね、会ったのよ。村長に。」
「え? ほんとに?」
受付で断られたあと、私は、手に持った花束をどうしても手渡したいと拝みたおし、内線電話をつないでもらって、村長と直接に話した。
「5分だけいいですよね。お願いします。」
電話を切って、受付に案内してもらった。役場はもう新しくはなく、村長室までの廊下は薄暗かった。
村長の無表情の顔からは どんな感情なのかは伺いしれなかった。
「今、ひなぎくに咲きこぼれているエニシダです。いい香りがするので、お部屋に飾ってください。それから これは今日のひなぎくの夕涼み会のチケットです。急ですが、お時間がおありでしたら ぜひ おいでいただければうれしいです。」
一気に言って、「どうか、こどもたちの姿をみてやってください。」と深々とおじぎをして出てきた。
「魔女の毒気を置いてきた訳?」
さすが高田さん、よくわかってるねえ、ふたりで大笑いした。
「千歩譲って、保育園が統廃合されるのは仕方がないんだとしてもよ、それならそれで、園児達にすまない、申し訳ないとか なんか誠意を示すぐらいしてもいいよねえ」と高田さんも声に力が入る。
「ま、でも来るわけないわさ。」彼女は賑わっている園庭のほうを見渡した。
五時きっちりに始まった夕涼み会。近隣の人たちも集まって園庭は混雑している。
両親があさとりょうを連れて、夜店を回ってくれている。
大きいらいおん組の男の子たちは、一緒になって肩で風切って歩いている。
「いきがっちゃって、可笑しいね。あんなふうなあの子たちを見てもらいたいよね、村長に。」
「ほんと。村長見るべきよ。福祉課長だって、管轄の現場なのに。ホントに誠意ない。」
「今回急だったし、だめだったけど絶対近いうちに村長にきてもらいましょう。ほんとのところどうしてつぶすのかきちっと説明してもらわなきゃね。」
「ほんとよ。かんたなんかあと一年なのに また新しいとこに移されて酷よねー。遠くなるしね」 ‥ったく もう と言いながら高田さんはお茶をすすった。
「歩いて行ける?すみれ園に変わったら。?」
「むりむり、自転車に乗せていくかなあ、あの子おそろしくでかいのに」
かんた君は 生まれたときからとても大きくて そのまんますくすくと本来の年より二、三歳ぐらい上の水準で成長している。
「かんちゃん、ほら、あそこにいる、よく目立つねえ。ゆかた 素敵じゃん、おかあさま?」
「そうそう、きのうこどもたちのゆかた持ってきてくれたのよ」
「うちもおんなじ。おんなじ。ありがたいね。親は」
「いつまでたっても子供のことで大変だ。」
「親のおかげでこうしてゆっくりおしゃべりもできる」と高田さん。
父や母たちの姿を探す。
テラスにりょうを抱いて座っている母が、綾さんと話をしている。その横で父は焼き鳥をくわえている。
あさが、綾さんたちと一緒に屋台の方へ行くのが見えた。
「こどものところに行くわね。」と高田さんと別れ、よーよーのところに行く。
「綾さん、来てくれてありがとう。チケットあるから使ってね」
「ありがとう。みほがヨーヨーつりしたいって。」
「よってください、みてください!」小寺さんが笑っている。
「ごくろうさまです。どうですか?繁盛してます?」と言うと
「そりゃあもう大人気で、もっとふくらませておけばよかったですよ」と首にかけたてぬぐいを両手でひっぱりながらえみちゃんのおとうさんは笑った。
みほちゃんと綾さんがどのよーよーにしようかと悩んでいる。
よーよーのビニールプールの隣にはきんぎょすくいのコーナーもある。
木田会長が座っている。
「あー、木田さん、きんぎょすくいだったんだ、お疲れさまです。」
下からあさが「かあしゃん、あさもやりたい」と手をひっぱった。
「そう。あさは金魚ね、じゃ、これ、おじちゃんにあげてね。」
あさは、木田さんにチケットと交換にきんぎょすくいのあみをもらって、にかーっと笑った。
「やってごらん」わたしもしゃがんで観戦。「どのきんぎょにする?」
あさは、即座に「あれっ、あのちっこいの」と指差した。
黒い斑点がひとつある ちっさいかわいい金魚。
「うん、かわいい。あさちゃん がんばれ」
あさはくちびるをつきだして金魚すくいをかまえた。ちょっとまってと私が声をかける。
すくったらね、すぐにこのおわんに入れるのよ。かあさんが持ってるからね。
真剣な顔をしてくちびるをつきだしてあさは和紙のあみを水にくぐらせた。
「あーあ」。やっぱり破けた。
あさと顔を見合わせた。あさは心底残念という情けない顔をしていた。すかさず木田さん、
「一回で一匹進呈。好きなのをこれですくって」と絶対穴のあかない網を出してくれた。
あさの顔がぱあっと花が開いたように輝いた。
きんぎょの入ったビニール袋をさげたあさの手をひいて 両親のところへ行く。
母が 「盆踊りが始まるみたいよ。おかあさんたち集まってって言ってるわ」
「そうだ 慧と踊らなきゃ」と行こうとすると、わたしも踊ると あさがついてきた。
村のお祭り音頭が流れて、先生たちが率先して踊っている。らいおん組のこどもたちは全員、練習しているので上手に踊っている。慧も恥ずかしそうだが、結構楽しそうに踊っている。盆踊りを何回か踊った後は フォークダンス。あさがずっといるので、あさと組になって踊らざるをえない。慧が気になったけど、島先生が踊ってくれているので、ま、いいか。
綾さんが
「そういえば、八木さんがあとでゆきさんにお話あるって言ってたよ。」
「ゆうこちゃんのママ?」八木さんは小学校の先生。今月に出産予定だ。お忙しいのだろう、保育園でもすれ違って挨拶を交わすくらいだった。
「こっちからちょっと行ってみるわ。」
テラスに行き、はじっこに座っている八木さんを見つけた。
「もうそろそろ予定日ですか? ゆうこちゃんお引き受けしますよ。」
「但馬さん、ありがとう、そのことで伺おうと思ってたのよ。一応 送り迎え小寺さんにもお願いしてるので、小寺さんがご都合悪いときは、お願いできます?」
「もちろん、ついでですからだいじょうぶですよ。小寺さんもおなか目だってきたし、身軽な私はなんでもしますよ。」
「おなかにいるうちはまだ母親の意志で動けるからいいけど。身ふたつになったらもう自由はないよね。但馬さん、三人もいると身動きとれないことあるでしょう?それなのに、お願いして本当に申し訳ないけど。」
「でも、楽しみよね、えーとおにいちゃんがいるのよね、小学校何年生?」
「二年生。ゆうこが年少になって、ちょっと樂になったと思ったのに。思いがけずね。」
八木さんはハハハと笑った。
「お仕事も大変でしょうに、尊敬するわ。」
「なりゆき、なりゆき。」と八木さんは またいたずらっぽく笑った。
島先生がそばにきて、「おかあさん、もう一度盆踊りと、フォークダンスしますから、そんときは慧ちゃんと踊ってあげてくださいね。」
「おかあさんと踊るんだよって先生言ったじゃないか、ずるいよ。ってさっき慧ちゃんと踊ったときに言われましてね。」
今日は慧のために来てるんだから。よかった。もう一度踊りがあって。やりなおせるって有難い。言いにきてくれた先生も有難い。
私は、テラスからぴょんと飛び降りた。
夕涼み会のフィナーレはお父さんたちがあげる花火。こどもたちの歓声が初夏の空に響いた。
「やれやれ疲れたね。」「お疲れ様―」「けいちゃん、すいか割りすごかったねえー。」などと口々に言いながら家に帰ってきた。
早速、洋の撮影したビデオを観賞。
すいかわりの時、こどもたちが目隠しをとった瞬間の表情がなんともいえず かわいらしい。
小さい組の子から始まって あひる、きりん、小さいらいおん組みとようやく慧の順番に来て彼がまさに棒を振り下ろそうとした時、ばちっとビデオの画面が消えてしまった。
「ちょうど慧のときにバッテリー切れてしまったんや。やっぱり写ってなかったなあ。慧ごめんなー」 えー、折角ヒットしたのに。と思わず私は声が尖がってしまったが
でも本人はけろっとしていて
「まっぷたつだったよね?」と笑っている。
そうだよね、ちゃんと覚えてるからね。
ビデオに残ってなくても だいじょうぶだよ。
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