第23話 どろんこ


 プールのおそうじは、あんまり好きじゃない。

だって、足がぬるぬるで気持ち悪い。

「だから、ごしごしするんでしょ」

 さの先生が気乗りしない僕にブラシをおしつけた。

「あんな、みずたまりで泥んこになるんだったら、こっちのほうが ずっと気持ちいいよ」

先生の言葉に 思わず僕らは顔を見合わせた。

「せんせー、あの笹 どうするう?」せいこが聞いた。

「そうさねー、去年まで 川に流してたんだけどね」

「川に?」

かっちゃんが「どこの川?」と」聞いた。


「あの、おおかみのトンネルのむこうの川にかついでいってね。流したんだよ。でもね、短冊で川が汚れるからって、今年はやめてね、燃やすことにしたの」

「いつ 燃やすの?」と僕が言うと

「おおきいらいおんさんは お泊り保育があるでしょ。 そのときにね!

キャンプファイヤーをするから、全部の保育所の笹を燃やすことにしたの。それまで ホールに 飾っとくからね」


 そうか、燃やすのか。僕たちを 『いっかいきり』の世界に連れていってくれたあのでっかいささ竹を。

「けい! まんなかのとこ、しっかりこすりなさいね。」とさの先生に注意された。

「ほら! へっぴり腰だよ。ちゃんと 力入れてこすってよ」

 くるぶしが隠れるくらいまで、水が入っている。みんなで底をこすったから、とても汚い水だ。  はいているビーチサンダルを脱いで、はだしの足で 歩いてみる。

ぬるっとするところがあったので、そこを また こする。

 ひたいから 汗がだらだら流れてきた。


「せんせー、きれいになったよ。水ぬいていい?」

 「どりゃどりゃ」と、さの先生がプールに入ってきて「てんけん てんけん」とプールを隅からすみまで歩いた。

「うん、もうぬるっとしなくなったね。 じゃ、けい、そっちにある栓をぬいてみて」

しま先生の

「おやつだよー。テラスに集まれーっ」という声が聞こえた。 

 「ちょうど終わってよかったね。水がぬけたら、また、みずをかけながら もうちょっとこすってもらうけど、今は、これで終わり。 ありがとうね。じゃ、足と手と洗って、テラスに行こう」と先生が解放してくれた。


 かっちゃんや、たっくんが足洗い場にかけてきた。おそうじの後そのまま、はだしで、砂山で遊んでいたんだ。

さの先生が、足洗い場の前のすのこをゆびさして

「どろどろの子は、 そこにのって! 先生が、まず、水でながしてあげるから」

と言ったので、かっちゃんが

「おいら、いっちばーん」と言ってすのこに乗った。

「にっばーん」とたっくん。

ふたりとも、顔も砂だらけだ。

先生が、ホースで ふたりの足に、みずをかけると、ふたりとも、

「ひゃっけー」と足踏みして、きゃはきゃはと笑った。


「せんせー、どろんこ遊びはやんないのー?」たっくんが聞いたら、

「もうやってるじゃないの」とさの先生は苦笑した。

「ちがうよ、山すべり」

「そうだね。今日は どろすべりしよか」

「やったーっ」

「おれ、パンツの替え持ってるかなあ?」こうじがつぶやくと

「おれ持ってる!」「おれも」「おれも」とみんなが口々に叫んだ。

「だいじょうぶ、こうじ。なかったら 保育所のかしてあげっからね」

ぼくは、みんなみたいに 大喜びするような気持ちにはなれない。


ちょっと怖いときあるし、あのどろどろすっげーもんなあ。

 

「じゃ、みんな、このほうれん草のあえたの、全部食べるんだよ。」

さっきからおはしで、おかずをつついてるだけのぼくのお皿を見て先生がそう言った。


ごはんの後片付けをした後、らいおん組の部屋で しま先生が絵本を読んでくれた。

『ふるやのもり』と『長谷川君きらいや』の本。今日のはふたつとも、ちょっと恐ろしい感じの本だ。でもみんなが好きな本。なんとなくわからないとこがあるけど、絵とかおもしろい。長谷川君きらいやは、しょうくんのおばちゃんが読んでくれるのがいちばんいい。

おばちゃんは、かんさいべんだからだと、かあさんが言ってた。

 昼寝の時間、もうみんな眠ってしまった。ぼくはなかなか眠れない。ずーっとそうだった。

かあさんたちは、よく先生に、早く寝て早く起きるようにしてくださいって言われてる。

 おおきいらいおんさんは、もうすぐ昼寝をしないでいいようになる。だから先生もこのごろは寝なさいとうるさく言わなくなって、静かにしてなねって言うだけだ。

ぼくは、ぼくの好きな本をとりに行く。今日はなんの本にしよーかな。昨日かあさんに読んでもらった「あな」を見つけた。これにしよ。

テラスで読むことにする。

 テラスではらばいになったら、床が熱かった。




 砂場の横には、築山があって、そこにホースで水をかけて、すべりやすくする。ダンボールのそりですべってくると、ジェットコースターみたいにスピードがついて、ものすごくおもしろい。おしりですべるときもある。

 前はやりたくなかった。嫌だったときもあった。だって、パンツがぬるぬるのぐちょぐちょ、お尻からでれってさがって、気持ち悪いんだ。でもこのごろは気にならなくなった。

ホースで水をまくのは、先生だけ。ぼくたちには、やらせてもらえない。水がもったいないんだって。

てっぺんからすべると 最後は砂場にすとんと落ちる。頭から砂まみれになる。 

こうじなんか まえのめりになって転んだから 顔がまっしろになって 怪物みたいだった。

 ざらざらで気持ちわるーい、そう言ったら、さの先生がホースの水で砂をながしてくれる。

 たっくんはすべらないで、築山のてっぺんに寝っころがりそのままごろんごろんと転がってきた。全身どろどろ。 泥遊びの仲間には入らず、砂場で遊んでたせいこが

「ひゃー そばにこないで!」って叫んだら、わざと追いかけて、すべって自分ですっころんだ。 せいこは優しいから「だいじょうぶ」って寄っていったら 

「ばひゃー!」て両手をあげて、せいこを驚かした。たっくんの顔は 泥でまだらになって、絵本に出てくる、トロルみたいだった。

 たっくんが築山にもどってきて、「おい、けい!いっしょにすべろうぜ」って山にのぼりはじめた。ぼくが、よじのぼってると、たっくんは、「おいら手つかわないもんね」とバランスとりなが、一歩一歩上る。しま先生が「たくみ!がんばれ!足の指ふんばって」と応援した。

ぼくも斜面に立ち上がってみる。すべりそうになるし、立ってるだけで大変だ。一歩だすのが、なかなかできない。

「けい その調子、うまいうまい」とさのせんせいが、手をたたいてくれた。

先にのぼったたっくんも 「けい、がんばれ」と 手をらっぱにして大声をあげた。ようやくてっぺんに着いた。

「すべるっぺ」ようやく着いたのに、たっくんは、もうダンボールをおしりにあててぼくを待っている。「おうっ」ぼくもダンボールの上にすわった。

「ようい ゴー」 砂場にはあっという間だ。

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