吸血女子と先輩(仮)

小糸味醂

吸血女子と先輩(仮)

「えー、こうして、1973年10月、吸血鬼一族は市民権を獲得、そして現在に至った訳です」


 初老の社会科教師が近代史の授業で語ったのは、私達吸血鬼一族が市民権を得た記念日の事。

 私が生まれる数十年前かぁ。その当時の社会的背景がどうだったのか。いわゆる公共放送の色褪せた映像でしか見たことない私には詳しくはわからない。

 だけどその市民権を得たって事の意義は、それをしっかりと享受している私にはよくわかる。


 きっかけはその記念日からさらに5年前の話。

 太古の昔から隠れるように生活してきた吸血鬼達も、世代を重ね少しずつ人間と交わる事で、吸血鬼としての本能が薄れてきた。

 見た目も人間と全く変わらない。人の血よりもお肉やお魚が大好き。太陽の下でも平気。十字架ってお洒落だよね!にんにく?焼き肉は美味しいけど服や髪に臭いが染み付くのが嫌だよね。

 って、そんな価値観及び身体的特徴をもつ、いわゆる”先祖が吸血鬼だった”ってだけの”ただの人間”が集まり、隠れ里を作ってひっそりと暮らしていたらしい。

 そんな中、1人の青年がひとつの疑問を呈する。



『もう、俺達、別に隠れ住まなくても良いんじゃね?』



 そう言ったのは私のお爺ちゃんである『八剣やつるぎ 血潮ちしお』。

 そんなお爺ちゃんが頑張って、反対派の『ヴァンパイアハンター協同組合』と争ったり、何かと伝統ばっかり重んじる同族のご老人達を説得したりして、何とか世間に吸血鬼の存在を認めさせる事に成功したらしい。

 今でも外国では色んな火種がくすぶってるらしいけど、世界でもいち早く吸血鬼の存在を認め、市民権を与えてくれた日本は概ね平和だ。



 それにしてもお昼休みが終わった直後の5限目の授業、そして先生は教科書読みと板書しかしない事で有名な社会の先生。


「ふあぁ……」


 おっとっと、欠伸が出てしまった。

 私も今年から中学生。電車だって大人料金になったんだからしっかりしないと。

 じゃないと、ママにまた叱られる。


 そんな私は眠気を覚まそうと窓の外を見てみた。

 すると窓から入るそよそよとした9月の風が、秋の空気を運んで私の鼻腔を爽やかに刺激し、眠気が少しやわらぐ。


 あ、えっと、あれはジャージの色からして2年生か。

 体育の授業かな?あ、棚橋たなはし先輩だ。



 棚橋たなはし あかり先輩。2年生。女性みたいな名前で、実際に女性とまではいかないけど、華奢な体に中性的な顔立ちのメガネ男子。

 私の所属する読書クラブの部長だ。


 え?読書クラブ?文芸部じゃなくて?なんて疑問に思われそうだけど、ちゃんとした名称が『読書クラブ』。

 零細クラブではあるけれど、ちゃんと顧問もいる、歴とした部活だ。

 ちなみに現在の部員は先輩と私、八剣やつるぎ 血波ちなみの2人だけ。

 去年まで部長だった先輩が卒業し、棚橋先輩1人だけの部活に私が新入部員として入部した。

 あまり運動が得意じゃないし、元々本を読むのが好きだった私は、ただ単に本を読むだけっていうこの部活の活動内容に惹かれ、入部したのだ。



 ああ、先輩、スッゴく一生懸命に走ってるんだけど、スッゴく遅い。

 見た目からして明らかに運動はダメそうだもんなぁ。


 キーン♪コーン♪カーン♪コーン♪


 あ、ずっと先輩を目で追ってたら授業が終わってしまった。

 先生の話、殆ど聞いてなかったな。

 まあ後で教科書に目を通しておこう。



「ちなみぃ。今日って部活行くの?もし良かったら……って、ちなみっ!?」


 クラスメイトで親友の『宵野よいの 美赤みあか』ちゃんが私の顔を見て驚く。

 ちなみに美赤ちゃんも吸血鬼の一族。

 だけどはっきり言って見た目は普通の人間そのもの。

 美赤ちゃんとは小1からずっと同じクラス。

 見た目の違いから男子に虐められていた私を助けてくれて以来の親友で、家族ぐるみの付き合いだ。


「え?私がどうしたの!?」


 美赤ちゃんの表情は驚きって言うより呆れた表情に近い。


「あはは、まだ5限目なのに、食いしん坊かよぉ」


 そして美赤ちゃんは苦笑しながらポケットから出したピンク色のコンパクトミラーを私に向ける。

 この子っていつも何かしら必要な時に必要な物を「こんな事もあろうかと」って感じで出してくる。

 本当に一家に一人、美赤ちゃんだよ。


「えっ!?嘘っ!?」


 全然気付かなかった。

 瞳が真っ赤だ。


 私は慌てて鞄に入っている袋を取り出し、中に入っている個包装された小さな包みを開け、中の赤い飴玉を口に入れた。

 ああ、美味しい。たった一粒なのに、全身が痺れるような、そんな快感と刺激。

 これだけで空腹感が満たされる。


「ど、どう?美赤ちゃん、元に戻った?」


 その何とも言えない快感から少し落ち着いた私は美赤ちゃんに右手の人差し指で右目を指し示し、どうなっているか確認する。



「うん大丈夫!いつものきれいな緑色だよ!」


 私は吸血鬼一族の中でも稀に現れると言われている先祖返り。

 美赤ちゃんのような吸血鬼としての能力を完全に失った、人間と全く見た目の変わらない吸血鬼とは違い、私の瞳はエメラルドのような深い緑色。

 だけど空腹を感じるとその瞳の色は、まるでルビーのような赤い色に変わってしまう。


 ちなみに先ほど私が舐めた飴玉のような物はそんな先祖返りの為に開発された、人間の血液が凝縮されたもの。

 これが開発されるまでは先祖返りになっちゃった人は、誰かに血を与えてもらうか、それが出来なければ灰になって死んでしまうかしかなかった。


 私はこの飴以外口にした事は無い。

 肉も魚も野菜も体が受け付けないのだ。

 あれ?でも私、赤ちゃんの頃はどうしてたんだろう?

 さすがに赤ちゃんの状態では飴玉なんて口になんて出来ないし、お湯にでも溶かして貰ってたのかな?

 まあ良いか。


 ちなみに先祖返りの人は相手の同意を得られれば、血液の提供を受ける事が出来るし、みんな血が欲しくて困ってる人がいたら血を分けてあげましょうって教育がされていて、以前に比べて灰になって死んでしまう吸血鬼は減ったらしい。

 でも私は何故かママからの言い付けで、人の血を飲んではいけないって言われている。

 ま、私はこの飴玉さえあればそれで良いんだけどね。


「あ、そう言えば美赤ちゃん、何の話だったの?」


 予想外に目が赤くなったから忘れてた。


「いや、駅前にプライズゲームがいっぱい置いてあるお店が出来たじゃん?もし暇だったら一緒に行かない?」


 ああ、そう言えば美赤ちゃんって、プライズゲームが大好きだったよね。確かに私も行きたい事は行きたいけど……。


「ごめん、美赤ちゃん。今日は部活に行きたいの。ごめんね!」


 すると美赤ちゃんは表情をニヤリとさせて私の顔を覗き込んできた。


「あー……そっかそっか。例の先輩だよね?こりゃ私も悪い事したね」


「ち、違う違う!私、読みかけの本があって、それが気になって……」


 実際に読みかけの本は本当にあるしっ!


「あはは、目を赤くしたり顔を赤くしたり、忙しいね!じゃあねっ!お先っ!」


 そう言って美赤ちゃんは風のように去って行った。

 もうっ、私と先輩はそんなんじゃ無いって言うのに……。美赤ちゃん、完全に勘違いしちゃってる。

 はあ……部活、行こ。




 読書クラブに部室などはない。

 普通に図書室で読書をして、たまに感想を言い合ったりするだけの部活だ。


「やぁ、八剣さん」


 棚橋先輩は私より来るのが早かった。5限目が体育だったのにこんなに早く来るなんて、よっぽど本が好きなんだろうな。


「こんにちは、先輩!」


 私達のやり取りはこれだけ。

 図書室だしうるさくするのは良くないしね。

 私達はテーブルで向かい合ってお互いに別々の本を読む。

 お互いに話す事は何もない。ただひたすら読書をするだけ。

 私はこの沈黙が大好きだ。

 私にとってはこの先輩との時間が何にも代え難い大切な時間だったりする。






「いやぁ。あの最後、全ての伏線が一気に回収されていくのは爽快だったよ!あの1冊は本当にお勧め」


「はい、是非読んでみたいです」


 普段は口数の少ない先輩だけど、本の感想を言い合う時だけは饒舌になる。

 私と先輩の帰りは同じ方向。

 私達は自然と一緒に帰る事になる。

 帰りは駅の高架をくぐって反対側。先輩とはそこの交差点でお別れだ。


 その交差点の手前にある高架は商店街みたいにいくつもの店が入っている。

 確か美赤ちゃんの言ってた店って駅前って言ってたけど……あ、あそこか。

 高架下の空きスペースにプライズゲームがたくさん置いてある。

 出入口とか仕切がないから私達中学生でも入りやすそう。

 でもさすがにあれから2時間も経ってるし、美赤ちゃんはもういないんだろうなぁ。

 なんて思ってたら、何だかけたたましい声が聞こえてきた。


「ああん?吸血鬼風情がゲームなんかしてんじゃねえよ!お前らみたいなバケモンは山奥に引っ込んでずっと隠れてりゃ良いんだよ!」


「あーもー、本当ウザいなぁ、この酔っ払い。全然集中出来ないじゃんか!あっち行ってろよ」


 って美赤ちゃん、まだいたし!

 ん?何だか誰かに絡まれてるっぽい。


「あっ、八剣さんっ!」


 先輩が何事かと私を呼び止めるのを聞かず、私は美赤ちゃんを助けようと駆け出す。

 美赤ちゃんは瞳の色が違うってだけで虐められていた私を救ってくれた恩人だ。

 だから美赤ちゃんのピンチには私が助けにならないと!


「ああっ?”やつるぎ”だぁ?」


 先輩の声が男に届いたのか、男は私にその気持ち悪くすわった目を向ける。


「美赤ちゃん」


「ちなみ!」


 うわっ、お酒臭っ……。

 見たところこの酔っ払いのおじさんは50から60代くらいかな?

 ヨレヨレのみすぼらしい恰好をしている。

 ああ、すごく怖い……。


「あの、私の友人に何かご用でしょうか?」


「そのガキに用なんてねえよ。それよりも先祖返りの吸血鬼の嬢ちゃんよぉ。お前、あの八剣血潮の関係者か?」


 え?なんでそこでお爺ちゃんの名前が出てくるの?そりゃ私のお爺ちゃんは有名人ではあるけど……。

 って言うか、この人何?瞳の色が違う私ならまだしも、美赤ちゃんなんて人間と見分けがつかないのに……。


「わ、私は八剣血潮の孫です!お、お爺ちゃんがどうしたって言うんですか!?」


 するとこの酔っ払いは私をまるで舐めるかのように見ると口の端を上げる。でもその目は全く笑ってはいない。


「へっ、こりゃ良いや。あの八剣の孫が先祖返りだったとはなぁ。ウチの家系はなぁ、先祖代々ヴァンパイアハンターを生業としてんだよ。俺も立派なヴァンパイアハンターになるために修行してたしなぁ。それをお前のジジイは吸血鬼に市民権なんぞを与えやがった。お陰で親父は廃業、俺は目標を失っちまったんだよ!」


 こ、この人、ヴァンパイアハンター!?だから美赤ちゃんの事、吸血鬼だってわかったんだ。


「で、でもっ、お爺ちゃんも市民権を得ようと必死で……」


「うるせぇっ!!」


 大声で怒鳴られ私は口を噤んだ。

 怖い。でも美赤ちゃん1人を置いて逃げる事なんて絶対に出来上ない。


 さすがにこの騒ぎに人が集まりだすけど、男はそれもお構いなしに私に詰め寄ってくる。


「あーもう、一発ガツンとやらねえと気が済まねえ」


 男が拳を振り上げる。


「危ない!八剣さんっ!」


 すると先輩が庇うように、私と男との間に割って入る。


 ガッ!


 吹っ飛んでいく先輩。


「せ、先輩っ!」


 私は倒れた先輩に駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか!?」


「う、うん……僕は……平気」


 とてもじゃないけど平気そうには見えない。

 先輩の掛けていたメガネは吹っ飛び、口の端が切れたのか、血を流している。


 ドクンッ!


 え?な、何?な、何でこんな時に……。


「や、八剣さん……目……瞳の色が……」


 先輩が私を見て驚く。自分でもわかる。私は先輩の流す血を見て、また目を赤くしてしまったのだろう。


「せ、先輩……先輩の……せ、先輩……」


 頭がごちゃごちゃして上手く話す事が出来ない。


 ピチョッ……


 そしてそんな先輩の顔に、一粒の雫が……ああ、これ、私の涙だ。

 すると私はおそらく涙でぐしゃぐしゃになっているであろう顔で、先輩の唇から流れる血液を衝動的に舐めとったのだった。


 ドクンッ!


 心臓が高鳴る。

 な、何?私、こんなの知らない。

 いつもの飴玉とは全然違う、まるで意識を根こそぎ持って行かれるのではないかと思えるような快感。


「こ……これは…………真……祖……?」


 男がまるでうわ言のように呟く。

 そして私がその男を一瞥すると、男はまるで魂が抜け落ちたかのように倒れたのだった。




「こっちこっち!早く!」


 美赤ちゃんがお巡りさん達を連れてやってくる。

 ああ、さっきから見ないなって思ってたら、お巡りさんを呼びに行ってたのか……。


「って、ちなみ……それ……?」


「え……?な、何、これ?」


 背中から翼……?ううん、これは……私の背中から巨大なコウモリの羽根が制服の上半身部分を破いて生えている。

 そんなコウモリの羽根は少しずつ薄くなっていき、消えていった。

 そして最後に残ったのはキャミソールだけ……って…………。


「き、きゃ……!」


「落ち着いて、八剣さん」


 ファサ……


 公衆の面前で下着姿になってしまった羞恥で叫び声を上げそうになった寸前、とっさに先輩が制服のシャツを脱ぎ、私を背中から包み込むかのように、そのシャツを掛けてくれた。


「へぇ、やるじゃん、先輩」


 美赤ちゃんが感心する。


「せ、先輩……!わ、私……私……」


 もう恥ずかしいやら嬉しいやら先輩のシャツの良い香りやらで、私は何を言ってるのか自分でもわからなかった。

 しかも私、さっき先輩の顔を直接舐めてたよね……?

 あ、ダメだ。恥ずかしくて死ぬ。


 するとそんな狼狽えるだけの私の顔を覗き込んで先輩は小さく微笑む。


「うん、今はきれいな緑色だね。良かった」


 せ、先輩、顔、顔っ!近い。近いですっ!

 私の目の前で優しく微笑む先輩の顔があまりにも眩しすぎて、私はそちらに意識を根こそぎ持っていかれそうになったのだった。





 酔っ払いの男は手錠を掛けられる。

 お巡りさんに連れていかれる時、まるで魂が抜けたかのようにぶつぶつ呟いていたんだけど、一瞬私の方を見ると「ヒッ!」っと怯えるような顔付きになったのが印象的だった。


「八剣さん、立てる?」


「あ、はい………あっ……!」


 私は立ち上がろうとした瞬間、ふらついてしまった。


「おっと!」


 そんな私を先輩が支える。

 あ……先輩って華奢だと思ってたんだけど、案外腕とか引き締まっていて、こんなにも逞しかったんだ……。



 そしてこの日は先輩と美赤ちゃんの2人に支えられながら、私は帰宅したのだった。


「だから言ったじゃないの!人の血を飲んだらいけませんって!血波は覚えて無いでしょうけどね、赤ちゃんの頃のあなたに一回血を飲ませたら、コウモリの羽根が服を突き破って出てきたのよ?それじゃ服が何枚あっても足りないでしょ!?」


 ママに思いっきり叱られてしまった……。


「で、今日、美赤ちゃんと一緒に来た男の子。あの子が例の先輩?なかなかイケメンじゃないのぉ!」


 そして今度は冷やかされてしまった。もう、今日は恥ずかしい事だらけだ。



 その日の晩、刑事さんがお家に来て、今日あった事を聞かれた。

 あの酔っ払いの男は「しんそが……」って繰り返すのみで、まともに聞き取りが出来ないとの事。

 もう訳がわかんない。

 ただその場にいた人達、そして先輩と美赤ちゃんの証言が全て一致してるって事で、男は然るべき罰を受ける事になるだろうって、刑事さんは言ってくれた。

 私としてはそんなのどうでも良いからもう二度とあの人とは会いたくないなぁ。




 そして翌日の放課後。

 今日は木曜日で6限みっちり授業があったけど、お昼休みに目が赤くなっただけで、何事もなく過ごす事が出来た。


「ちなみぃ。今日も部活?」


 美赤ちゃんはニヤニヤ顔で今日も話しかけてくる。


「うん、先輩に勧められた本を読みたいしね」


「もう、素直じゃないなぁ。まあ良いや。お先っ!」


「今日は真っ直ぐ帰りなよぉ」


 私は美赤ちゃんの背中に一声掛けて、そして図書室に向かう。






「やぁ、八剣さん」


「こんにちは、先輩!昨日はありがとうございました」


 今日も先輩の方が先に来ていた。

 あ、メガネが変わってる。いつもと違うメガネだからちょっぴり違和感……。


 そして私は先輩の正面に座り、昨日の帰り道、先輩に勧められた本を読み始める。

 そう、別に昨日、あんな事件があったからって、私と先輩との関係が何か変わる訳でも……。


 ちょっと気になって読んでいる本を少しずらして先輩の方を見てみる。

 え?今、一瞬だけど、目が合った?

 あ、ダメだ。顔が熱い。それに本の内容が頭に入ってこない。

 あれ?もしかして……。


 私は鞄からコンパクトミラーを出して自分の顔を映す。

 あっ、やっぱり!


「あの……さ、八剣さん?良かったら、僕の血、少し飲む?」


 ああっ、しかも気付かれてたっぽい!


「あ、あのっ!ご、ごめんなさいっ!」


 私は急いで鞄から飴玉を取り出して口に入れる。

 無事に目の色が緑色に戻った。

 ふう、今日はさすがに昨日みたいな醜態を晒す訳にはいかないもんね……ってあれ?私、今、先輩になんて事言った?


「あ、あのっ、違うんですっ!私、先輩の血を飲みたくない訳ではなくてっ……!」


「八剣さん」


「は、はいっ!」


 先輩は私の名前だけ呼んで、そして悪戯っぽい表情で人差し指を口の前に置く。そして……。


「八剣さん」


 先輩が本を読みながら小声で私を呼ぶ。


「はい」


 私も本を読みながら先輩に合わせて小声で返事をする。


「わかってる」


 その一言で私の顔はまた熱くなる。


「は、はい……」


 もうっ、昨日だけでなく今日も恥ずかしい事続きだ。

 でも大丈夫。私には本があって、それで表情を隠す事が出来るから。


 そう、あんな事があっても私達の関係は特に変わらない。

 まあ最終的に先輩と私はこの後お付き合いする事になるんだけど、それはまだまだしばらく先のお話。

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