第2話 転生者

 此処は…………?


 俺は今、目の前の景色に異常さを抱いた。

 それは、写真や絵でしか見た事ない中世に類似した街が、目の前いっぱいに広がっているからだ。


 お、おかしい……夢でも見ているのか。

 そう言えば……ほんの数分前の記憶がない。


 俺は何をしていたんだ…………。


 わからん!

 

 いや待てよ。なんだ……あれ、は…………。 

 はぁーー! モ、モンスターー。


 俺は馬車のような物を引っ張る、大型な生き物に腰を抜かしてしまい地面にお尻を強打した。

 

 いってぇー。


 俺の行動を察してか、近くに居た叔父さんが、俺の事を伺うように近寄って来る。


 それよりも俺の焦りはあの生き物。

 あれが何なのか? 気になってしょうがなかったが、それを上塗りするレベルに、妙な叔父さんに何故か意識が向いてしまい、モンスターの存在を忘れてしまっていた。


「大丈夫かい? 兄ちゃん。おや、見慣れない服だね?」

 

 見慣れない? 確かに……。

 叔父さんの服は、確かに俺が来ている服とデザインその物が違う。

 そもそも、俺から見れば叔父さんが着ている服の方が見慣れないのだがな。


 取り敢えず返答しておこう。


「大丈夫……じゃないです、けど、大丈夫です」

「頭でも打ったのかえ?」

「いえ、お尻を少々」

 

 叔父さんは、俺の言葉に多少の含み笑を浮かべていた。

 だが、意味深な表情を浮かべる叔父さんは、俺の元から去ろうとせず、更なる言葉を投げかけて来る。


「所で、見慣れない服じゃが、この街の者じゃないじゃろ?」

「違うと言えば違いますね。此処が何処かってのが僕の疑問なんですけど。あはは」


 俺は多少の笑声を合わせ出し、叔父さんの更なる言葉を待つが。

 返答が可笑しかったのか、叔父さんの表情は険しく変化し始める。


「そうか……違うのか。所で兄ちゃん、名前はあるのかえ?」

曽根田そねだです……」


 更に表情は険しくなる。

 何故か俺の名前を復唱し始める。


「曽根田、曽根田……曽根田。……変わった名前じゃな。何処から来たんじゃ?」

「何処からと言われましても…………何処なんでしょうか?」

「そうじゃな。言い方が悪かったの、なら、どの世界から来たんじゃ?」


 えっ、世界? 何言ってんのこの叔父さん。

 変わった質問するんもんなんだなぁー。

 普通、世界って言う聞き方しないよな。

 

 俺は質問の意図が上手く読み解けなく普通に答えた。


「地球?」


 正しい答えなのか分からないが、質問の答えではこれが正解たと俺は思う。


 それが、思いも寄らなかった状況に一変してしまった。

 地球と聞いた叔父さんは、突如両手両足を地面に付け、頭を地面に擦り付けたのだがら。

 

 えっ、何々。


「いやいや、何してるんです? ちょ、ちょっと」

 

 良く見れば周りには沢山の人で溢れ帰っていた。

 何故、今に至るまでこの人の量が認識出来ていなかったのか。

 そんな事よりも、叔父さんが土下座と言うポーズをかましたお陰で、周囲からの注目度がヒートアップ。

 その為、冷たい視線に言葉を浴びせられてしまう羽目になった。


「なにあれぇーあんな老人いたぶるとか、どんな思考してるわけ」

「あの老人が何かしたんじゃない?」

「何かしたって……何するのよ?」

「見た感じ、若い方にぶつかったんじゃないか?」

「それにしても土下座はやりすぎでしょ」

「それは同感だな」


 俺と叔父さんの光景を目に留めた人達は、勝手に現場検証を始め、勝手な思考で、勝手な妄想に、勝手に納得し、流れに乗るように人の群れに戻り、姿を消していった。


 それよりも、叔父さんは何をしているんだ。

 何に対し土下座をしているんだ。

 俺は、叔父さんの行動を止める為、全力で叔父さんの両肩を支える、よりも力強く押した…………はずなんだが。


 ピクリとも動かない。

 どんな力してんだよぉ。

 ならば、と、俺は呼びかける。


「叔父さん急にどうしたんですか……やめて下さい」

「お帰りなさいませ、お帰りなさいませ」


 嫌々何プレーっすか…………。


 叔父さんの復唱する言葉は、清く美しい女性特有のセリフ《メイド喫茶》成らざる台詞だった。


 流石に、公共の場にこの絵面はやばすぎる。

 俺はどうしたもんかと考え…………。

 ──逃げる選択をした。


 知らぬ存ぜぬでその場を立ち去ろうと思いきや。

 背後からかけられる叔父さんの声に重みが伸し掛かり、何故か足を止めてしまった。


「お待ち下さいませ。魔王様」


 俺はその言葉に進む足が止まってしまった。



 …………魔王様? 



 俺はもう一度叔父さんの方に振り返り表情を覗く。

 すると感動の再会とも言わんばかりの涙を溢れだし、顔の原型を留めていなかった。


 叔父さんは振り返った俺の元に歩みを寄せ近づく。

 俺は、何故だか叔父さんを静かに見つめていた。


 零距離に到達した時、叔父さんは俺をギュット抱きしめた。

 この行動の意味が、一番理解に苦しむ。


 会ったばかりの人に対し、魔王と罵り挙句の果てには抱きしめ涙を流すって。

 まずあり得ない事この上ないからだ。


瞬時移界デニト


 耳元で囁かれる聞いた事無い言葉。

 それを聞いた直後、俺の視界は波を打つように歪み、まるでコマが切り替わったように景色そのものが変わってしまった。


 叔父さんに抱きしめられる感覚は継続される中。

 俺は、意味不明にも困惑した表情を浮かべていた為か、その表情を察した叔父さんは、説明をし始めた。

「あの場でこれ以上の事は出来かねます故、少々強引でしたが瞬間移界デニトで我らの根城ねじろに移動しました」

 

 もうね。此処まで来ると本当にわからないよね。

 何……移動って?

 俺は頭が混乱してしまい笑う事で精一杯。

「あはは……」

 引きつる笑顔に、叔父さんは黙って俺を見つめて来る。


 はぁーどうしたものか、俺は何処に迷いこんだのか。

 一向に理解が出来ない。

 誰か、誰か説明してくれぇーっと、心で俺は訴えていた時。

 黙って俺を見つめる叔父さんの背後に、白髪ロングヘアーの女の子が近寄って来るのが見えた。


 叔父さんの孫? 

 俺は単純に考えていた。

 すると、女の子は叔父さんの背後に立ち、名前を呼んだ。


「ウリュード、何をしておる。誰だ、そ奴は?」

 えっらそうな物言いだなこの子。

 どんな教育を受ければこんな偉そうな口調になるんだ? 育った環境悪すぎるだろ? それに、叔父さん甘やかせすぎなんじゃないの? と、俺は思っていたが。


 先に続く言葉に並行し、親父さんの行動は、目上を気遣う態度、妙な違和感を俺は抱いた。


 それも片足を付き、主人に忠誠を誓ったような。


「これはこれは、アルヴィム・ノア・アルネス様。恐縮ながら我が君を迎えに馳せ参じておりました。幾多の長い年月を待ちわびた今日こんにち、ようやく、ようやく。──お戻りになられました」


 我が君。これは俺の事を指している言葉なのか? 


 それにしてもどっかっで聞き覚えのある名前。

 アルヴィム・ノア・アルネスだっけ? どっかでぇ。

 そんな事よりも、話が読めないでいる俺を前にした女の子は、何故か叔父さんをそっちのけで、俺の事をジッと見つめる。

 

 凛とした目には猫の様な瞳孔に虹彩こうさいは黄色。

 まるで猫に睨まれている様な気分になってしまう。

 俺は出来るだけ関わらない様、視線を逸らし遠くを見つめる努力を始めた。


 目に入ったのは大きな満月。

 こんな満月、見た事がない。

 それに此処から見えるクレーターの窪み。

 より鮮明に色濃く残ってしまう程だ。


 多少俺が知っている満月とは色が異なっているが、さほど気にならない事もないが、一応述べると薄い赤色がベースだった。


 そして視界内に収まる景色は、先程の中世じみた街並みとは一見し、戦争跡地を物語っていた。

 建物は崩壊し、砂煙に、お世辞でも人が住める場所には到底思えない程だ。


 そんな事を思っている間に。


 叔父さんが女の子にやった姿勢を、俺の前で演じる女の子。

 そして言葉を並べる。


「行く年の長い年月。魔王様のお帰り、お待ちしておりました」


 此処はどう言う返事をするのが正解なんだろぉーか。

 俺は少しの沈黙を実行する。

 それを不審に思ったのか、女の子は再度言葉を走らせる。


「魔王様のお帰り、お待ちしておりました」


 そもそも俺は思った。

 聞けば良いのだど…………何故その思考に至らなかったのか?

 それは突然の展開すぎて聞くタイミングを逃していたからだ。

 ならば……聞けば良い。

 聞くのは大事な事、知らない事は聞くに限る。

 決して恥ずかしい事じゃない。

 そもそも聞かないとわからないとまで俺は思う。


「此処何処?」

 

 そうだよな……会話成立してないよな。

 そもそも、俺の言葉で女の子は首を傾げているし。


「エレスビルバヒュード。魔王様……お疲れ?」

「エレスビルバヒュード? 何処それ?」

 

 俺はオウム返しに聞いた言葉を返した。


「エレスビルバヒュード」

 

 だからそれ何処よ……。


「エレスビルバヒュードって何? ……」

「魔王様。お疲れ? ……の、ご様子?」


 う~ん。中々渋い、会話が成立しない。

 叔父さんはずっとあの姿勢のままだし。

 誰か、わかりやすく俺に説明してくれないもんかね?


 すると、特に期待していなかった叔父さんから助け舟が投げられ、俺はこの先の展開を軽く見守った。


 後は成り行きに身を任せるしかないのだがら。

 下手に動いて酷い目に合うのも怖い所……それ所かこんな目に合って正常ではいられないぞ……混乱ですわぁ。


 ──これマジで。


「魔王様は混乱しているご様子で御座います。恐らく……この地に体が馴染んでないのが原因かと思われますアルネス様」

「さようか、なら、いつ魔王様は魔王様になるのだ?」

「それは……#私__わたくし__#にも存じ上げる事は出来かねますが、ですが……魔王様は魔王様としての自覚が欠落しているご様子です」

「欠落? お主は魔王様を罵倒しておるのか?」

「言え、そのような事は御座いません。わたくしが言いたいのは魔王様に魔王様としての自覚がないのではと……」


 それって同じ意味なんじゃ? 

 そもそも俺、魔王じゃないから。

 魔王前提で話が進んでいるけど……。

 此処は乗っておくべきなのか?

 でも、それはそれでなんか違う……気がする。

 

 黙っている事にむず痒さを覚えた俺は、この緊迫した中で、つい否定してしまった。


「あのさ。魔王魔王って勝手に呼んでるようだけどさぁー俺魔王じゃないんだわ。そもそも曽根田そねだって言う名前があるんだよね」


 まって。俺ってこんな口調だった…………違う違う。

 と、脳内で焦りを抱いた俺は。

 やってしまった……と危機感を感じる。

 何故か?……それは女の子が俺の声に反応し、虹彩こうさいが赤に変色し恐怖を感じたからだ。


「魔王様……アルネスの所有する《千差万別せんさまんべつ》を通して見れば魔王様って事は一目瞭然。魔王様は魔王様」

 

 俺は身も与奪危機感を感じた事に、この場は肯定もし、否定もした。

「わかった……だが。その名は俺には相応しくない。俺は、曽根田鬼象そねだきしょう。これが俺の名だ」

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