ツンデレ魔女のペットになる
ブラックホールに吸い込まれるあらゆる物体は、中心に近づくほどに加速し、最終的には光の速度に到達するらしい。
そんな想像を絶するものに飲み込まれる刹那、俺は自爆装置として作られた魔道具を起爆させ、その運動エネルギーを
「――ッ!?」
一瞬、フレアの驚いた表情が目に焼き付くも、次の瞬間にはロケットのように遙か上空へと離脱していく。
彼女自身の
さよならだ。
残った俺は、体に蓄えた全ての魔力を使って、エクスプロージョンで発生したエネルギーを拡散から収束方向に
エネルギーの急激な拡散によりぽっかり空いた穴に、それと同等のエネルギーの固まりを入れてやることで、穴はふさがるはず――
いつか見た爆発シーンの逆スローモーション映像。写真技術のないこの世界で、前世の記憶がなければ到底思いつきもしなかった発想だろうけれど――
二つ目の世界にも、これでさよならだ。
真っ暗な空間から光が拡散する。
音のない空間から急に耳をつんざく轟音に飲まれ、視力と聴覚がオーバーヒートした状態で、首から何か得体の知れない力で引っ張られていく感覚を覚えた。
「ぐっ……ぐぐっ……!?」
苦しい。
喉に固い物が食い込み、窒息寸前だ。
薄く目を開けると、ブラックホールの内側にいるはずの俺は、外からその爆発を観察する立場に代わっていた。
まるで森の中に超新星が誕生したかのような、まばゆい光――
収縮されたエネルギーは、その逃げ場を失い、やがて振り子のように拡散に転じるのだ。まあ、これはオッサン特有の知ったかぶりなんだけど……
爆発に飲み込まれると俺は死ぬ。
このまま首が絞まっても俺は死ぬ。
果たして窒息が先か、爆死が先か――
進行方向の先に人影が見えた。
その人物は手を広げて俺を受け止めようとしていた。
だが、その直前で俺は頭から地面に突き刺さった。
「バリア展開なの!」
その声の主はフレア。
俺と彼女を囲むようにドーム状の障壁結界が張られ、その直後に爆風に飲み込まれていった。
「魔女の盟約を結んだの」
ジャラリと鎖の音をさせながら魔女が言った。
俺の首には金属の輪っかがハマっていて、そこに鉄製の鎖が付いていて、その鎖の先端をフレアが握っている。
つまり俺はフレアの鎖に引っ張られていたのだった。
「魔女の盟約? 誰と?」
「わたしとレンに決まっているの」
「俺とか!?」
「決まっているの」
フレアは唇を少し尖らせて、ふんっと横を向いた。
魔女の盟約とは一般に、魔女と人間の双方が対価を出し合い、取り決めをすることである。通常は国家や団体に対して主従関係を結ぶときに使われる。
もし裏切れば対価が支払われるというもので、魔女といえどもその瞬間に命を落とすことになる、この世界の絶対的なルールだ。
そんな魔女の盟約を、俺とフレアが結んだというのか?
「わたしはレンの命を助け、レンはわたしにペットとして飼われる――そういう盟約なの」
「……は? いやちょっと待て! 俺を助けてくれたのは確かに有り難いことだが、俺の命を助けることがお前の願いって、立場が逆じゃないか?」
「だって……わたしがレンを助けたかったんだもの!」
「うっ……」
なんだこの可愛い生物は!
急にデレやがったぞ?
「レンはわたしを助けてくれるって言ったの。だから、絶対に死んで欲しくなかったの。わたしが助かるためにレンは必要なの!」
違った。
全然デレていたわけではなかった。
「んー、そうか。うん分かった……しかし、これはどういうことだ!」
首輪から垂れ下がる鎖をジャラリと引っ張りながら、
「俺がいつお前のペットになりたいと願った?」
「それは……」
フレアはくるっと体を反転させて、魔法の杖に頭を付けてウーンとうなり始めた。後ろからだと顔全体がフードに隠れて、表情はまるで見えないが、一生懸命考え事をしている事だけは伝わってくる。
「レンはわたしを助けてくれるって言ったの。それはわたしを主人として一生を捧げるのと同意なの。それはつまり、ペット……」
「全然違うけどなァァァーッ!」
キョトンとした顔を向けてくるフレア。
そういえばコイツ、会ったときからポンコツの片鱗が見え隠れしていたな。
「ゴホン! とにかく、レンはわたしのペットになって飼われるの。これは魔女の盟約なの。破ったらレンの命はその瞬間に消えるの」
なにか素敵な発見をしたような明るい笑顔で、フレアは空を見上げた。
どんよりとした雨雲はすっかりなくなり、上空には青空が広がっていた。
鬱蒼と茂っていた木々はすっかり抜けて、太陽の光が地面に降り注いでいる。
「わたしはレンの命を助けるの。何があっても、絶対にわたしがレンを助けるの。わたしは絶対にレンを死なせない。だからもう……わたしを独りぼっちにはしないの。レンはずっとわたしのそばを離れちゃダメなの!」
ものすごく闇を感じる。
まあ、魔女なんだから当たり前なんだろうけど。
「だ、だから……これは別にあんたのためを思ってやったんじゃないからね?」
唇を尖らせて、魔女がそっぽを向いた。
ん?
なんか俺、こういうヤツ、知っている。
前世で見たことがあるぞ。
何って言うんだったかな……
「さ、一緒にお家へ帰るの!」
その答えを思い出す間もなく、俺は魔女に鎖を引かれてついて行くのだった。
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