ブラックホール

「レン……あそこに何かがいるの。あれが魔物みんなを食べているの。あれ、何なの?」 


「くっ……まいったな……そういうことが……」


 何が起きているかはすぐに分かった。

 フレアが指さす先には、人のこぶし大の黒い球のようなものが見える。

 そこへ向かって、地上のあらゆる物が吸い込まれている。

 周辺の景色が歪んでいることから推測するに、それは物質だけでなく光までも……


 恐らく、黒い球がある場所は、フレアがエクスプロージョンを発動させた杖の先端だった所だ。

 あのとき、杖から放たれた強大なエネルギーを、俺が強引に変換チェンジしてしまったために、空間にぽっかりと穴を開けてしまったのだ。

 

 光までも吸い込んでしまうため、まるで黒い穴のように見える。前世ではたしかそれを……


「ブラックホールとかマジかよ!」


 一生使うことのない知識まで詰め込まれた学校の授業内容が、異世界に来て役に立つなんて――学校教育万々歳だな!

 だが、偶然できちまったブラックホールを閉じる方法までは学校も教えてくれなかった。

 

「やっぱ、無駄じゃねーかよ!」


 どんどん勢いを増すブラックホールには、大木が根こそぎ吸い込まれていく。

 あれだけ鬱蒼としていた森が、どんどん見晴らしが良くなっていく。


 フレアの魔法で俺たちは何とか吸い込まれずに耐えてはいるが、その障壁もどんどん削られていく。

 それに伴い、フレアは魔力を使って補修する訳だが、それもいつまで保つか分からない。


 その時、俺たちの目の前を牛の形をした魔獣の群れがブモォォォーと叫びながら次々に吸い込まれていった。


「ああーっ、魔獣あの子おいしいやつなのぉぉぉー!」

 フレアが悲痛な声を上げた。


「おいっ、魔獣はお友達じゃなかったのかよ!」 

 そんなツッコミは今は不要だが、言わずにはいられなかった。


 ……ん? ツッコミ……か!


「おい突っ込もうぜ! あの黒い奴にその杖を突っ込んだ瞬間に、もう一度さっきの魔法を打てるか?」


「それは分からないの! こんなに疲れたのは初めてだから、ちゃんと魔法ちからを使えるか分からないの!」


「きっと大丈夫。俺たちなら、何でもやれるぜ! その前に手を握らせてくれ!」


「うげッ」


 うげッとか言わないで欲しい。

 だが、ただならぬこの状況に、フレアはそろりと小さな手を出してきた。

 俺はその手をがっちりと握る。


「うおおおおーッ、キタキタキタキタァーッ!」


 手首を掴んだときとは比較にならない勢いで、フレアの魔力が俺の全身に駆け巡り、体中の毛穴から溢れ出ていくようなこの新感覚に、思わず叫んでしまったのは仕方がなかったんだ。


 ジト目で見上げるフレアに気付き、俺はゴホンと咳払いをして、手を繋いだまま彼女の後ろへと回る。


 フレアは後ろをチラッと振り返り、チッと舌打ちをしてから魔法の詠唱を始める。


「காற்று ஆவி, நெருப்பு ஆவி――」

  

 魔女固有の言語だが、やはり『精霊…風…火…大地』と部分的に理解できる単語が混じっている。


「இந்த ஒரு புனித――」


「今だ! バリアを解いて突っ込むぞ!」


 途端に鳴り響く耳をつんざくような轟音。

 折れた木々や土砂と共に、俺たちの体も木っ端のようにすっ飛んでいく。


 フレアが杖を伸ばす。


「――ந்த. エクスプロージョン!!!」


 その瞬間、俺は餞別せんべつにもらっていた自爆装置を取り出した。

 

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