第二章 女神官のセシル

魔女の盟約

 勇者パーティの荷物持ちをしていた俺は、追放を宣告されて魔獣の群がる森に放り出されてしまった。

 少しばかりの魔力マナを使って、何とか魔獣の相手をしていたものの、いよいよ魔力が底をついた丁度その時、魔女フレアに遭遇してしまった訳だ。

 ところが彼女は魔女というイメージとはかけ離れた見た目、そしてポンコツ具合だった。

 自分の魔力を抑えきれずに暴走するフレアを何とか押さえ込んだその過程で、ブラックホールを生み出してしまう。

 俺は死を覚悟の上で、ブラックホールを破壊することに成功。

 そして『魔女の盟約』によって、俺は生き長らえることができた。

 『魔女の盟約』は人知も魔法も自然現象をも越えた、この世界の絶対的なルールなのである。

 

「だが、俺はそのルールさえ、いつの日か破って見せる!」


 俺は胸に手を当てて心に誓った。


「ブツブツ言ってないで、とっとと歩くの!」

「ぎゃんッ」


 鎖をグイッと引っ張られて、おれは犬っころのようにひしゃげた声を上げてしまった。

 黒いフード付きのローブを身に纏い、右手に杖を持ち、左手に鎖を引いて、とことこと俺の前を歩いているこの少女が、俺のご主人様。

 寿命が人間の倍もある魔女に見た目年齢は通用しないが、少女に鎖で引かれているオッサンというこの構図は、本当に情けない限りである。

 

「おかしいの……」


 フレアがあちこちと歩く方向を変えて、ちょこまかと動き回っている。それに合わせて俺もついて行かなければならないので、いい加減迷惑な話だ。


「おい、さっきから何を探しているんだ?」 


「わたしの家がァァァ――ッ、どこにもないのォォォ――ッ」


 俺が声をかけると、フレアはせきを切ったように頭を抱えて声を上げた。


 薄々感じてはいたが、ブラックホールの発生で周辺の木は根こそぎ抜かれ、地面むき出しの荒廃した風景が広がっている。

 おまけにその後に発生した爆風により、さらに広い範囲で木々が倒れてしまっている。

 森の中央部にあったというフレアの家は、跡形もなく吹き飛んでいた。



 ぐう~~~~!


 森に響き渡る音。

 真っ赤な顔をして腹を抱えるフレア。


 やめろ!

 そんな姿を見せられたら余計な愛着が沸いてきちまうだろ!


 でも、確かに腹が減ったな。


「家がなければ食料のあてもなくなるか……それは困った。非常食を入れていたリュックは、パーティの奴らに持って行かれちまったから、俺も食料らしきものは何もないぞ? どーするぅ~? ご主人さまぁー?」


 少しペットらしく言ってみた。だって、魔女のペットになりたいというのが俺の希望らしいからな! もう訳が分からん。


「た、食べ物をとってくるの。ここでおとなしくまっているの!」


 ちょっとフレアが引いている。

 やめろ! 恥ずかしさが倍増するからっ!


 フレアは鎖を手放すと、ピューッと風のように走り去った。  

 俺をつなぎ止めていた鎖は跡形もなく消えた。


 どうやら俺と彼女をつなぎ止める鎖は、彼女の意志で現れたり消えたりするらしい。これも人知を超えた『魔女の盟約』のなせる技か。


 今なら逃げられるかと思ったが、しょせん逃げたところで強制的に連れ戻されるのがオチだ。

 なんせ、あの鎖はブラックホールから引っ張り出されてしまうぐらいの力だからな。


 フレアが戻ってくるまで、俺は家の残骸らしき切り株に腰をかけ、一服することにした。

 前世ではヘビースモーカーだった俺は、研究に研究を重ねた末に、ようやくこの葉巻を完成させたのだ。

 食料は取られてしまったが、葉巻は身につけていたので助かったぜ。


 しばらく待っていると、フレアが自分の背丈の何倍もの大きさの獲物を担いで帰って来た。

 ドーンと俺の目の前に置かれたそれは、牛によく似た魔獣だった。

 そういや、ブラックホールに吸い込まれるこいつらを『美味しい奴』って言っていたもんな。


「これ、本当に旨いのか?」 

「食べてみれば分かるの」


 そう言いながらフレアは魔獣の脚を持ち上げて、大きな口を開けた。

 

「お、お、お前……まさかそのまま喰う気か!?」

「レンも早く食べるといいの!」


 フレアが魔獣の太ももにかぶりつく。

 ブシュゥゥゥーッと飛び散るムラサキ色の血液。


「ギャアァァァー!」

「ん?」


 頭を傾げるフレアの口元からは、紫色の血液がダラダラとこぼれおち、首筋を伝ってローブの下の服にしみこんでいく。それは前世で見たトラウマ級のゾンビ映画も真っ青な惨状だった。  


「ちょ、調理とまでは言わねーけどよ……せめて焼くとか煮るとかさ……」

「焼く? 分かったの!」 


 はたして何が分かったというのか。フレアが呪文を唱えると、炎の柱が魔獣の死体を一瞬にして消し炭に変えた。


「わたしのごはんがァァァ……」


 焼き尽くされて原型を留めなくなった魔獣の灰を前にして、フレアは地面に手をつきうな垂れた。


 うん。わかった。

 俺、こいつと生きていく自信がないわ。



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