戦う理由がそこにあるのなら

 半透明なドーム状の膜が木々の間をすり抜けるように遠ざかっていく。

 その動きに合わせて、シェルターに入りきらない戦士たちは、威嚇攻撃をしつつ移動していく。

 集まっていた魔獣たちは、獲物を求めて後を追う。



 一人取り残された俺は、大木の根元にもたれかかり、大きくため息を吐いた。

 胸ポケットに手を入れ、葉巻を取り出して咥える。

 アルコールをしみ込ませた布に電気石で着火し、葉巻をくゆらすと、白い煙が空に向かって高く高く伸びていった。


 木々の隙間から見えるのは、今にも泣きだしそうな厚ぼったい雲。


 憂鬱な気分だ。

 こんな日は、決まって二人の母を思い出してしまう――



 最初の母とは地球の日本という国で暮らしていた。

 女手一つで俺を育ててくれた母。

 それなのに俺は、定職にもつかず、飲んだくれの日々を過ごしていた。

 そして、30歳の誕生日にトラックに轢かれて死んだ。


 死ぬ間際に後悔した。

 親孝行らしいことを何一つしていなかったのだ。


 だから、前世の記憶をもってこの世界に転生したとき、俺は心に誓ったんだ。

 今度こそ親孝行をすると。


 だが、それも失敗した。

 今度は俺が5歳のとき、余計なことをしたせいで母を死なせてしまったんだ。


 あれから25年――

 俺は二度目の30歳の誕生日を迎えようとしている。


 写真技術のないこの世界で、時と共に記憶の中の母の面影は薄れていく。


 教会で初めてセシルの姿を見たとき、俺は電撃を食らったような衝撃をうけた。


 そうさ――

 俺は10コも年下の女の子に、母の面影を追う気持ち悪いオッサンなんだ!



 

 俺はにおい袋の中身を頭からぶっかけ、腰から短剣を抜く。


「お前らの相手は俺一人だ! 全部まとめてかかってきやがれ!」


 叫びながら、セシルから受け取っていた残りわずかな魔力マナを刃先に送り込んだ。


 これは無駄死にではないと信じたい。

 セシルが森を抜けるまでの時間稼ぎになれば、それでいい。


「やってやるよ! 魔女の子として呪われた運命を背負った人生を、この一瞬で意味のあるものに変えてやる!」



 魔獣たちが、一斉にこちらを振り向いた。

 

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