第13話 メールですか?
家に帰ると暇になる。わたしは大した趣味のある人間じゃない。ベッドに飛び込んで体を広げたい衝動をグッと抑え、床にペタリ座る。掃除はしているから、わたしより綺麗かも。
うーん、暇だ。ゆずは家でなにやってるんだろう。前にそれとなく聞いたら流されたし、わたしと同じようなものか。
ゆずのことを思い出すと、さっきの大胆な告白を思い出して熱くなる。勢いと、前にゆずが告白同然の言葉をくれたのが勇気になって、大好きと連呼してしまった。今からでもなにか会話して、うるさい心臓を誤魔化したい。
メッセージアプリがあれば、学校の後もゆずと話せるのに。そう言えばどうして使ってないんだっけ。それがなぜか思い出せなくて、しばらくスマホをいじる。ネットサーフィンをする気は起きないし、ゲームもやってない。写真は撮らないからアルバムは空同然――あ。
「懐かしい」
一言、スッと抜け出た。わたしとゆずが、中学校の校門前で並んで映っている。桜吹雪が舞ったりはしていない、地味な写真だ。そんなたった1枚の写真から、そのときの記憶が呼び起こされた。
目を閉じる。昨日のことのように思い出せるって、こんな感覚なのかな。
中学校の卒業式の日だった。わたしとゆずは前日に親から買ってもらったスマホを持って、卒業式が終わった後に撮ってもらった。その後で、こんな会話をしたはず。
『ねえメイ。これから携帯を持った女子高生になるわけだけど、わたしたちはメッセージアプリを使わないでいない? メールもなし』
『え、どうして?』
『その方が良いと思うから。当たり前にならない関係、なんて』
わたしは二つ返事で同意した。たぶん、小さな反抗心とかもあって、ゆずの言い方が気に入ったんだろうな。
そんなに前のことじゃないはずなのに、とても遠い出来事に思える。中学の景色は頭に残っているのに、不思議だ。
目を開くと、いつの間にか横になっていた。スマホを抱いて、それが愛おしいものだと示しているみたい。ひとりなのにこっぱずかしくなって、慌ててベッドに放り投げた。
当たり前にならない関係か。もしかすると、ゆずは反骨精神が大きいのかもしれない。時間だけの関係は嫌だとか、最近も言っていたし。
わたしに特別なものを求めてるってこと? ロマンチストだなぁ。えへへ……。
ふと遠くの方からくぐもった音が鳴っているのに気づいた。布団の方かと思って探ると、振動するスマホに手が当たる。慌てて電話に出た。
『メイ? ちょっといいかな』
「う、うん。どうかしたの?」
『大した用じゃないよ。今外に出れる?』
「大丈夫だよ、しばらくは」
『じゃあ帰り、別れたところで』
また、うん、と返すと電話は切れた。
心臓がバクバクしてる。会話、変な感じにならなかったかな。心配が競り上がってきた。
面と向かって話すのは平気なのに、電話だとなんでこんなに緊張するんだろう。相手がゆずだから?
とにかく早くゆずの顔が見たいな。わたしは急いで準備を整えた。
◆
待ち合わせ場所に行くと、ゆずはとっくにいた。スマホ片手に現代人らしい待ち方をしている。お化粧直してたら時間かかっちゃった。って正直に言うべきかな。
「ゆず」
「あ、来た。ありがとう」
突然お礼を言われて目を丸くする。ゆずは軽く手を振りお茶を濁す。
「どうしたの、急に」
「……言いづらいんだけど」
わたしは頷く。ここまで来たんだ、じゃあいいよ、で帰るわけにはいかない。
「メイが、言ったじゃん。自分の好きが恋心だったらどうするって」
「うん」
「あれずっと考えてた」
こんがらがった。わたしの抱えている好きが恋心だったらどうするか、ゆずはずっと考えてた……まだうまく形にならない。
「わたしは言われないとわからない。例えばここで受け入れると言っても、実際に言われたら変わるかも」
ますますわからなくなった。あれ、だって――。
「もしかしてわたし、勘違いしてる?」
「え?」
変な汗が噴き出してきた。嫌な可能性が浮かんでくる。勘違い、勢い、告白。嫌な予感は思い返すほどに真実みを増していく。
「わたし、ゆずに告白されたと思ってた」
頭に響く静かな空気が流れた。ゆずの鉄面皮が気まずさを加速させる。まな板の上のコイってやつだ。わたしは待つしかできない。
「もしかして」
やがてゆずが口を開き、わたしは跳ねるように顔を上げた。
「ずっと一緒にとか、言ったから?」
「……うん」
ゆずがなにを考えているかはわからなくても、平静を保っていないことはわかった。たぶん、焦ってる。そうなるくらいには、ゆずも冷静な人じゃない。
「あれは、なんていうか」
「今日のあれも、そうだと思ったから言ったのに」
「え、あれ冗談じゃないの?」
今度はこっちが冷静を失う番だった。元々冷静ではなかったけど、さらに減る。
「心から大好きだなんて、メイらしくないし、ほとんど照れてなかったから。いつもと違って今回は冗談かと」
勢いがあったとはいえ勇気を出して、素直に話した。あれすら冗談に思われていたのか、わたしは。
へこむ。人生最大にへこむ。
「メ、メイ」
「冗談に聞こえるよね……いつもそんなこと言わないもんね」
「あの、今回は冗談だよって言わなかったし、というか最近言ってないし、変だなとは思ったんだけど」
「心臓がドキドキして言い訳どころじゃなかったんだよ……」
「言い訳」
はあ。自分で感じていた以上に、ゆずから告白されたと思い込んだエネルギーは凄かったらしい。
変だと思うことはあったけど……しっかり言われるとなぁ。
「でもメイ、それは本当に恋情なの?」
「迷うことはあるよ」
ゆずは混乱しながらもわたしを気遣ってくれているんだろう。だけど、もう自分を抑えられない。一度口から出してしまった気持ちだから。
「何度も変だなって思ったし、間違ってるんじゃないかって。だけど違った。いつまで経ってもわたしはゆずのことを考えずにいられないの」
ゆずがなにか話そうとしたのも遮って、わたしはまくし立てる。
「本当に恋かどうかはわからない。でもゆずのことを考えちゃう、一緒にいたいと思っちゃう、隣にいるだけで嬉しい。わたしにはこれを恋としか呼べない。そんなに細かいことわかんない。とにかくゆずのことは大好きなの!」
ゆずはわかりやすく目を見開き、驚いていた。
わたしは自分がなにを言ったかすでに記憶が曖昧で、顔にボッと火がついた。
「そっか……ごめん、メイ。わたし」
声が震えている。
い、言い過ぎた?
「ち、違うよ、ゆず。責めてるわけじゃなくて、ただ、大好きだなーっていう」
「わたし、メイのことなにも知らない」
「そんなこと」
「わたしの時間稼ぎにずっと付き合わせて」
「ゆず!」
わたしは抱き着いた。そうしないと離れてしまう気がして、怖かった。
ゆずは声を消していた。
「変なこと考えないで。わたしはゆずに感謝することばっかりで、嫌に思ったことなんてないから」
頭が熱くて言葉がまとまらない。自分の底からあふれてくる思い出や感情をただ口にするしかできなかった。
「中学で初めて話しかけてくれたとき、わたしとっても嬉しかった。誰とも話す勇気のなかったわたしを救ってくれた。それからもずっと仲良くしてくれて、たくさん遊んで。派手じゃなくても楽しくて。卒業式のときも――」
続く言葉が喉につっかかった。スカートのポケットに入れたスマホを意識する。
「ねえゆず。わたしたち、どうしてメールもメッセージも使わないんだっけ」
耳元で囁くと、背中の辺りがゴソゴソ動く。すぐに息を吸う音が聞こえた。けど声にはならず、やや間があった。
「声だけで意思を伝えあう方が素敵だから?」
体の奥からたまらない衝動が突き上げて、ゆずを抱きしめる腕に力を入れさせた。
ゆずも変わったんだ。そう感じさせるには充分なほど、声の中にわたしの存在があった。
考え過ぎかも、気持ち悪いかもしれない。でもそう考えていいくらい、ゆずの声はわたしへの想いを持っていた。
「ゆずー! だいすきー!」
「ちょ、ちょっとメイ。いたいよ」
自分だけだとどうしようもない感情がとめどなく流れてくる。不安なんてもの微塵も残らない奔流が、わたしの心を満たす。それはゆずを感じることで言葉にできないものに昇華して、わたしを虜にする。
「ゆず……ゆず」
「メイ……」
ふたりだけの名前を呼ぶ。声に込めた感情だけで、気持ちを伝えあった。
どれだけ伝えたいと願っても、自分の複雑な感情を言葉にできない。言葉が欲しい。足りない。でも、今ゆずに伝えたいから。
名前だけでも呼ぶよ。
◆
わたし、陽本盟梨! 恋に恋する女子高生! ある日、親友に対する恋心に気付いちゃって、さあ大変! 恋愛初心者のわたしには壁が厚くて、色んなことを考えて告白しても冗談にしちゃう。それでもなんとか素直になれて、何度も気持ちを伝えたんだけど……。
わたしは今、親友の部屋にいます。
どうしてこうなったんだろう。壁掛け時計の針は6時を指している。そろそろ夕ご飯の時間だ。帰らないといけないはずなのにな。
わたしが一世一代の告白と言っていい大立ち回りを演じた後、流れでなんとなくついてきてしまった。ゆずは、これが誘拐犯なら楽な仕事だな、なんて物騒なことを言っていた。
お茶を淹れてくると外に出たゆずがいない間に、部屋を見回す。カーテンもベッドもシンプルなもので飾りっけがない。壁紙なんてもってのほか。枕の上に星をモチーフにしたキャラクターのぬいぐるみがあるくらい。勉強机には教科書やノートが乱雑に置かれていて、さっきまで椅子を占領していた学校鞄がそのさらに上に積んである。わたしが椅子を取ったから仕方ないと思う一方、やっぱり結構ガサツなんだな、と思ったりする。
気の抜けるような音がしてドアが開く。片手にお盆と湯呑を持ったゆずが入ってきた。
「お待たせ」
「はい」
「机はこれしかないんだけど」
と言い、入り口付近に立てかけてある折り畳み机を広げて、お盆を乗せる。折り畳みは低いから、相当体を傾けないと届きそうにない。
それでも取りあえず湯呑に手を伸ばす。ゆずが露骨に目を逸らした。
「あと、今日親は遅くなるって。家には誰もいないから」
手が止まった。湯呑に触れる手前で静止する。
誰もいない。家に。遅くなる。それって、ふたりっきりってこと?
ふたりで作った綺麗な出来事と、邪な感情が一瞬のうちに交錯した。
わたし、どうしたらいいの!
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