第8話 エアホッケーですか?
お昼を食べ終えてファミレスを後にすると、一休みしようということになった。このまま爆音の中に戻るのも嫌だったのでありがたい。
道中、なんとメイが脚光を浴びた。深雪姉妹の質問責めにあったのだ。わたしは一歩引いてその様子を眺めていたが、もう友達と言えるほど自然に話せていた。
「陽本さんは好きな人とかいるの?」
「え! い、いませんよ……」
「怪しいわね。そういう反応」
「ダメだよ佐紀、憶測で心を見抜いた気になるのは」
大体こんな風に綾矢が話題を引き出し、メイが反応して佐紀が食らいつく。そして止めるところを止めるのは綾矢の役目だ。わたしの出番がなくなる。
ここは日頃から散々騒がしいのが苦手と公言しているわたしに気を遣ってくれていると考えた。
一休みに選んだのは、例の丘の前の公園だ。着くと、まず居場所を確保する。ベンチは近所のママさんたちが使っていて、他にめぼしい休憩所はない。流星群のときとは違って、昼間はこんなに混むのか。
仕方ないので人気のないジャングルジムに集まる。子どもの数もそれなりに多いが、ほとんどはブランコや砂場など他の場所に流れていた。わたし的楽しい遊具ベスト3くらいに位置するジャングルジムの人気のない理由は、貼り紙1枚にあった。ペンキ塗り立て。
ジャングルジムの近くで集まり、寄りかからないよう注意を払う。
「ここの公園懐かしいわね。小学校まではよく遊んだわ」
佐紀は公園の遊具で一番大きな滑り台をじっと見ていた。
「佐紀とよく滑ったよね、あの滑り台」
「綾矢が割り込んで二人同時に滑ろうとするから大変だったわ」
「えー、それやったのは佐紀の方だよ」
「わたしが?」
ああでもないこうでもないと、ふたりは思い出話に花を咲かせた。花ということにする。
わたしは間違って触れないようジャングルジムから半歩離れた。同じく離れるように足踏みしていたメイは視線を泳がせている。
「まだ慣れない?」
「うん、なんていうか、まだ恥ずかしくて」
わたしは照れ屋じゃない。だから誰かと仲良くするときに障壁があるとすれば、面倒だというくらい。ひとりで生きていける自信はないけど、なにも知らない相手と探り合って話すのは疲れる。消極的だったわたしと深雪姉妹を結びつけたものと言うと、結局――。
「まあ時間が解決してくれるよ。ふたりとも優しいし」
「時間かぁ」
泳いでいた視線がわたしで止まっていた。こっちじゃないぞ、と指先を震わせたが、直すどころか目を細くして笑う。
「ゆずのそういうところ好きだな」
言葉に詰まった。頭が真っ白になる。返答に困るとはこのことだ。とにかく妙な空気にしたくないので、からかうだけでもと口を開く。そのときにはもう、メイの顔は血色が良くなっていた。
「い、今の変な意味じゃないからね! あぁ、いや、変っていうのはそういう好きじゃないっていう……」
尻すぼみになっていく声の調子が、あまりにもメイらしい。ギャップがまったくないのが愉快でさえあった。
「もう、笑わないでよ」
「え、わたし笑ってる?」
「笑ってる!」
そうか、笑ってるのか。
嫉妬真っ最中な時間というものを使ってしまったはずなのに、変だな。なぜか胸が温かい。
「ねえ柚葉! わたしと綾矢、どっちが危ないことしそうに見える?」
突っ込んできた佐紀の怒声に近い声が美しき余韻を吹き飛ばす。どう答えてもダメだ、ジュースでも奢って収めよう。
というか、まだやっていたのか。
◆
公園の一休みは、本当に一休みだけだった。混んでいたし、ああいう場所は子ども優先だ。わたしたちが遊具で遊ぶ隙はない。
だから遊べるゲームセンターに一度戻ろうということになった。
「ゲームセンターに戻ったらなにしようか。考えてなかったなあー」
「そう言えばあやや、あのデカいぬいぐるみどうしたの?」
つい忘れていたが、ゲームセンターを出るときからずっと持っていない。まさかその小さなショルダーバッグには入ってないだろう。
「あやだよ。あれはゲームセンターのサービスで預かってもらってるの」
「そんなのあるんだ」
「わたしも綾矢も知らなかったわ。盟梨が見つけてくれたのよ」
突然、話を振られて、メイはビクッと体を縮込める。
「た、たまたま見つけたから」
「いやー助かったよ。ユーフォーキャッチャーの後の悩みが解決したんだもん」
「でも、ゲームセンターに絶対戻らないといけなくなっちゃって……」
「いんだよ、どっちみち戻るつもりだったし」
「そうよ。感謝は受け取らないと失礼よ」
佐紀はそう言ってわたしが買ったオレンジジュースを飲む。道理でまったく遠慮せずに自動販売機に駆けていったわけだ。
メイは照れ笑いする。
「そ、そう……だね」
「ではお礼になにかしらの願いを叶えてあげましょう」
「あ、じゃあ!」
メイが歩きながら身を乗り出した。
「2対2で勝負しない? ゲーム、センターで」
「おもしろいじゃない」
真っ先に食いついたのは佐紀だ。オレンジジュースを飲み干し、好戦的な眼光を飛ばす。
「わたしと綾矢のコンビネーションを見せてやるわ」
「陽本さんの頼みなら仕方ないなー」
綾矢の方も乗り気らしい。メイはこちらを向き、はしゃぐような笑顔を見せる。わたしは目で返事した。
◆
ゲームセンターの対戦型ゲームにも種類がある。代表的なのは格闘ゲームだ。しかしこれは操作が難しい。絵面も女子高生がわいわいやるには男らしいものばかりだったので、万場一致でこれを却下した。次の候補は佐紀の希望でレースゲームだったが、実質2対1になるのと一度にプレイできないため反対。これにより佐紀と綾矢の喧嘩が再発し、軽い言い合いが起きた。その間にわたしとメイでゲームを探し、やはり迷う。
迷った結果、目についたのはエアホッケーだった。
ラインで区切られたコートの上で、コインを入れると出てくる円板を打ち合うだけの簡単なゲームだ。これなら4人同時にできるし、ルールもゴールに多く入れた方が勝ちというシンプルなもの。人気のテレビ番組でよく見ているゲームでもあったので、賛成票はすぐに集まった。
チーム分けはわたしとメイ対深雪姉妹。自然な分かれ方だった。
マレットというスティックの付いた円板のような武器を取る。コインを入れるのは近かったわたしの役目だ。入れると、こちら側に円板が出てきた。
「じゃ、行くよ」
できるだけ強く、卓球で言えばスマッシュを打つ。しかし円板もマレットも予想以上に重く、対戦には向かない優しいスピードで相手のコートへ向かった。
相手の先手らしい佐紀がわたしのなんちゃってスマッシュを見切り、かけ声と共に打ち返す。円板は高速でコートの壁にぶつかり、軌道を変えながらも鋭く刺す。わたしたちは捉えることができず、ゴールに入れてしまった。
「よし!」
佐紀はガッツポーズを取る。対して隣のメイは小さく頭を下げた。
「ごめん」
「わたしこそ。チーム戦にどっちが悪いはなしだよ」
「うん」
次はメイからのサーブ。わたし以上に威力の出ないスマッシュは、大仰な振りと正反対の弱々しさを持っていた。
えいっ、綾矢が円板を打ち返す。わたし未満メイ以上といった勢い。これは難なく打ち返したが、佐紀の反撃にまた点を入れられる。
点数は0対2。そろそろ取らないとまずい。
メイに耳打ちし、わたしのサーブにしてもらった。打ち、返され、さらに返し、佐紀の番だ。
「仕留める!」
物騒な台詞に負けない速さの弾丸がコートを貫いてくる。わたしは考えるより先に手を振り、ガッ、鋭い音を発てた。
「柚葉に防がれた、綾矢」
「メイっ」
佐紀が下がったことで、わたしは直感的な危険を察知した。目を配りながらメイを呼ぶ。
お世辞にも強いとは言えないわたしの返球いや返板は、綾矢のカット染みた動きをするマレットに阻まれる。円板はコートの壁にぶつかり、ゆっくりした速さでこちらに来た。
あ、ダメだ。思ったときにはメイが打ち返していた。そして佐紀のスマッシュ。0対3。
「見たかわたしのパワー! 今度は負けないわよ」
佐紀の強さは圧倒的だった。しかも綾矢のアフターケアも万全だ。どうやら打ち合いが強い佐紀に、まず取りこぼさない綾矢のマメな打ち方がラリーを続けてくる。
このままだと一点も取れずに負ける。まさか素人同士のエアホッケーでこんなに考えることになるなんて。
苦しい反面、羨ましくもあった。さっきまで小さいとはいえ喧嘩していたのに、ここまでのコンビネーションを発揮する。共有した時間の圧倒的な多さが。
「メイ、ちょっと」
「うん?」
新しい耳打ちに、メイは迷わず頷いてくれた。こうなると後は運だ。わたしは佐紀の癖を見抜いたけど、確かなものじゃない。間違っていたら負ける。
「わたしが勝つ準備はできた?」
「じょーだん」
機械が吐き出した円板を取り出し、わたしから打つ。それは吸い込まれるように左端にあった綾矢のマレットと衝突し、ジグザグに動きながら返ってくる。
「メイ!」
カンッ。甲高い接触音と同時に、マレットが相手のゴールへ、佐紀の目の前に滑っていった。
「もらった!」
瞬間、ふたつの音が響いた。
佐紀のスマッシュにはとても追いつけない。でも、真正面からゴールを狙うなら、それに当てることはできる。真っ直ぐ押し出したわたしのマレットが、一直線に相手のゴールを狙った。
わたしが見抜いた佐紀の癖は、スマッシュに力を入れ過ぎること。スマッシュの直後ならまず動けない。これで勝っ――。
「佐紀どいて!」
また、ふたつの音が、それも嫌な音がした。
中央の点数表示を見ると、0対4。
綾矢と佐紀、ふたりの配置も入れ替わっていた。
「あぶなかった~」
わたしは目を丸くした。そして同じく目を丸くしたメイと顔を見合わせる。
これが、産まれたときからずっと一緒のコンビネーションか。
全身の力が抜けて、メイに寄りかかった。
「ゆ、ゆず?」
戸惑う声が聞こえる。でもごめんよ、メイ。今はただこうしていたい。
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