第7話 コンビネーションですか?

「っあああああああ!」


 騒音が空気と一体化しているゲームセンターとはいえ、隣で叫ばれるのは応える。握っているハンドルから手を離すわけにもいかないので、足踏みして抗議した。


「これゆずが勝ったの?」


 レースゲーム用の運転席の脇からひょっこり覗いたメイの頭を横目に見る。さっきの佐紀の悲鳴で勝ち負けが決まったと勘違いしたらしい。


「まだだよ。圧倒的に有利なだけ」


 他のゲームの音を貫通するよう声を張り上げて返事する。メイの口が動いたが、声は聞こえない。相槌は音の群れの中へ消えたのか。

 一周抜かしの状態から状況を覆せるほど、このレースゲームは甘くない。わたしは物珍し気に画面を見るメイを気にしながら、それでも余裕ある勝利を飾った。


「負けたっ!」


 自分の画面に敗北が表示された佐紀は座ったまま跳ね上がり、悔しそうに手足をじたばたさせた。


「終わった」

「終わったの?」

「悔しいぃ。なんでそんなに強いのよ」

「センスだよ」


 運転席を降りながら、キザに決めてみる。それは佐紀に効いたようで、さらにうなり声の勢いが増した。

 黒を基調としたセットアップスカートは大人びているけれど、これでは台無しだ。


「あの!」


 その見た目的には相応な姿を眺めていると、メイの声が割り込んできた。いつの間にか運転席に座っていたメイは、手をメガホンにして声を届けている。何度か試して他のゲームの音に阻まれていたのだろう。顔が真っ赤だ。


「わたしもやってみていいかな!」

「やろう!」


 恐るべき早さで了承した佐紀は、もう次のコインを入れていた。メイの方は予想通り、操作に手間取っている。

 口では言わなかったが、メイはこの手のゲームセンターが初めてなのだろう。


「ここにコインを入れるの」

「あ、ここに」

「そう、で、こっちを持って」


 説明をしている間に制限時間が切れそうになったり、隣からジトッとした視線を向けられたり、なんだかんだあったけど始められた。

 ちなみに、コインというのは百円玉のことだ。気分を出すために敢えて呼んでいる。


「柚葉ちゃん。どうだった、佐紀は」


 耳元にまとまった声が入る。ユフォーキャッチャーで遊ぶと分かれていた綾矢が合流していた。白ピンクのスウェットと青色スカートの色合いはバラバラで、高校生というよりは女子中学生だ。しかも両手に大きなウサギのぬいぐるみを抱えている。


「物凄い事故ってた」

「やっぱり? 将来は危険ドライバーかな」


 それはシャレにならない。半端に栄えている田舎町では大半の人が普通自動車免許を取る。まあ冗談なのだろうけど。そのブラックジョークは双子の仲だからこそか。


「あ、事故った」

「ありゃー。でも盟梨ちゃん、初めてにしてはうまいね」

「まだぶつかってもいないね」


 ゲームセンターには来たこともない雰囲気を出しておきながらセンスはある。そのせいで佐紀は色々な感情がごった煮になった顔をしていた。


「これは負けるな」

「同意します」


 わたしと綾矢の予想は当たった。もし賭けるなら佐紀には振り込まないようにしよう。


「ゲームそのものが初心者の人に負けた……」


 佐紀のショックはわかる。あれで本気でやっているのだ。

 見事勝利を収めたメイは、居心地悪そうに歩いてくる。その視線は運転席でうなだれる佐紀にチラチラ向けられている。


「おつかれ」

「うん。大丈夫かな、深雪さん」

「大丈夫だよ。佐紀だし」


 それでも顔が晴れなかったので、佐紀の方へ振り向かせる。ちょうど綾矢が姉らしく慰めていた。


「ね?」

「うん……」


 まだ明るくならない。ゲームセンター酔いかな。わたしもゲームセンター特有の騒音と光のせいで気分が悪くなることがある。


「ちょっと向こうで休憩しよ」


 頷いたメイを連れ、少し離れたところにあるベンチに座る。音や光から逃れることはできないけど、だいぶましだ。これくらいなら一々声を張り上げたりする必要もない。

 さて、どうしようか。本当に酔ったなら話しかけずにそっとしておくか、いっそ外に出るかした方がいい。


「ゲームは楽しいよ」


 不意を突かれ、わたしは大した意味もなく、ひるんだ。


「ちょっとしかやってないけど、ああこんなに楽しいものあったんだって」

「それは、よかった」


 でも、と、どこか物憂げな表情で続けた。


「わたし、ここにいていいのかなって思うの」

「あのふたり、仲良いもんね」


 うん……。消え入りそうな声だった。


「積み上げてきた時間は、つい最近会ったばかりのわたしより遥かに多い。それならいっそ、とか」

「わたしも思うことあるよ」


 え……。今度は弱さを感じるも、はっきり聞き取れるくらいになる。


「元々クラスに馴染めてるかっていうと微妙だし、ふたりは仲良くしてくれるけどね。わたしにはわからない遊びがあったりするし」

「ゆずも、思ってたんだ」

「表情が無いからって感情も無いわけじゃないからね」


 おどけて言うと、メイの顔に笑みがにじむ。


「そんなこと思ったこともないよ」

「メイはいい娘だなあ」


 思わず頭を撫でようとして意識がストップをかけ、半端に手を引っ込める。情けない格好になってしまった。


「ふふっ、変なの」


 不安に震える少女を一時的にでも救えたのだから、これもよしとしよう。

 いや、むしろ狙ってやったのだよ、メイくん。


「じゃあ元気も出たところで、なにか遊ぶ?」

「うん。ゆずと遊びたい」


 わたしたちはベンチを立ち、あれがいいこれがいいとゲームセンターを回り始める。

 楽しむ中で、時間という単語が頭から離れなかった。わたしがメイに抱く好きは、時間の長さで作られたものじゃないか。今日は財布に付けてきた星型の鈴と同じ、惰性みたいなもので――。

 一度否定したはずの考えが、根強く頭を巡っていた。それは不快感になる。

 時間が関係を作ることは悪いことじゃない。よくあることだ。それなのに、メイとの関係にそれを当てはめる自分には、なぜだかイラっとする。

 時間なんて、誰が相手でもあるものじゃないか。

 ふと過った思考が答えな気がした。そんなのじゃない、わたしはもっと特別なものをメイに求めている。そう思うのはロマンチストだろうか。


 ◆


 携帯に表示されるデジタル時計によると、遊んでいる間にお昼を過ぎたらしい。わたしとメイはパンチングマシンで対決中だった深雪姉妹を見つけ、4人で昼食を摂ることにした。ゲームセンター内のお店は品数も値段も厳しいので、一度外に出て目ぼしい飲食店を捜すことにした。

 それにしても、空気がおいしい。耳はまだ重くて体がふよふよするけど、その分の解放感が気持ちいい。

 お昼は話し合いの結果ファミレスに決定した。無難だ。ファミレス自体もそこそこ近くにあったので、ちょうどいい。

 店内に入ると、曲名はわからないけど聞いたことのあるクラシックが流れていた。案内されるままに角のボックス席に入り、2セットあるメニュー表をそれぞれ広げる。


「席順これでいいの?」

「なんでもいいよ」


 そう言われると大人しく引き下がる。順番は隅っこのわたしの右隣に綾矢、正面に佐紀、メイは斜め前だ。流れで入っただけなのに、うまく分断された。


「柚葉ちゃんと陽本さんはドリンクバー頼む?」

「頼む」

「わたしも、お願いします」

「じゃあドリンクバーが3つと」


 テーブルの上にメモ帳を出し、注文をまとめる手際の良さ。やはり綾矢もお姉ちゃんなのだ。

 わたしとメイがグラタン、綾矢と佐紀はパスタをそれぞれ頼む。ドリンクバー用のコップが来ると、佐紀以外の3人でドリンクを注ぎに席を立つ。


「綾矢、学校にいるときよりもお姉ちゃんっぽいね」

「実際にお姉ちゃんだし、学校だと佐紀もしっかりしようとしてるから」


 ドリンクバーの機械はふたつしかなかった。わたしが譲り、メイがぶどうジュース、綾矢がコールを注ぐ。ここのコールは週一のご褒美とは別計算なのだろうか。


「だから今日はありがとう。佐紀も楽しそうだったよ。これもお姉ちゃんっぽいかな?」


 わたしは努めて穏やかに頷いた。

 ただ、綾矢のことをお姉ちゃんだと感じた理由は、そういう見かけのことじゃない。悔しさを察して慰めたりとか、ドリンクバーを頼まないことをあらかじめ承知しているとか、一朝一夕ではできない行動の細かさが理由だ。

 ふたりがドリンクバーから離れ、わたしの番になった。コップを台座に置いたところで指が止まる。


「ふたりとも先に戻っててよ。時間かかりそう」

「わかった。行こう、陽本さん」

「は、はい」


 帰りながら、メイは綾矢となにか話していた。受け身でまだ慣れていないみたいだけど、あれなら大丈夫そうだ。

 ひとりになれてよかった。ジンジャーエールのボタンを押し、頭が半分だけ物思いにふける。

 時間に裏打ちされた関係は、強靭な繋がりを持つ。もちろん、その中で良好な関係を築くのは、また別の問題だ。だけど時間の長さが強い感情をもたらすのも当然で、確かなもの。

 つまり、わたしは、メイとの関係が時間によるものだと認めるのが嫌なのだ。理由はわからない。もしかしたら綾矢と佐紀の年季の入りっぷりを見て、嫉妬しているのかもしれない。あのふたりより長い時間を手に入れることは、しばらく不可能なのだから。

 ジンジャーエールの炭酸が弾け、手に振りかかる。

 あ、手がベトベトするな。

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