第2章 仲良くなりませんか?
第6話 双子ですか?
時計の針が12時40分を刻む。決定的なチャイムが鳴った。
「おわったぁー」
前の席で椅子にもたれてイナバウアーする深雪綾矢と視線がかち合う。
「おー。どうしたんだい柚葉ちゃん。怖い顔して」
「元来こういう顔なんですよ」
悪ふざけにはふざけ返す。それがわたしの道徳だ。
綾矢は撫でたくなるような笑顔で、わたしに笑いかける。かわいい。しかしわたしの顔は緩まなかった。
「ダメかー。柚葉ちゃんを陽本さんみたいに笑わせたいんだけど」
「変なこと考えるなぁ」
「レアだからね。それになんかこう、笑ってますって笑い方じゃないの。自然な笑みってやつかな?」
自然か。それは難しいな。自然になろうとして自然にはなれない。
突然、後ろから肩に手が置かれた。
「柚葉が笑うなんて信じられないわ」
癇に障る言い方は綾矢のそれじゃない。しかし似通った声だった。声と手を頼りに振り向くと、真後ろに綾矢と同じ顔がある。ほぼ同じだが、よく見ると違う。綾矢は小動物的な丸目、こちらは鋭いツリ目だ。印象は狩人が近い。
これが初対面だったなら近寄りがたいだろう。そのオーラを中和するように、比較的子どもっぽい綾矢がぐいっと顔を突き出す。
「佐紀、いくら柚葉ちゃんが鉄仮面だからってそれは失礼だよ」
「鉄仮面?」
「だってあの柚葉よ。鉄仮面を外すときはもう別人格だわ」
「ねえ鉄仮面って? 初耳なんだけど」
凄く失礼なことを言われている。表情が無くても傷つくし、人並みに痛いんだぞ。
「でも笑うところには興味あるわね」
「でしょ? なんとかならないかな」
「くすぐってみたらどう?」
「それじゃ意味ないよ」
「じゃあ……ギャグね」
「それだ!」
おふたりとも仲がよろしいことで。わたしは話題の渦中にいるくせに置いてけぼり。基本的に優先度低めの存在なのだ。あれだけ話しかけられた後でも、すぐ別の誰かに取って代わられる。それが嫌というわけでもない。むしろ力を抜く時間にしている。
「柚葉ちゃん柚葉ちゃん」
双子エネルギーに押されて力を抜いていると、いつの間にか綾矢が視線で訴えていた。
「あ」
教室の前で、戸惑った様子のメイが右往左往していた。
◆
「他のクラスに入るの、ゆずはよく怖くないよね」
どちらかというとメイが怖がり過ぎなのでは。言おうとしたけど、個性だし仕方ない。わたしは古い椅子に体を預けようとして、背中がつくより先に膝で机を蹴り上げる。静かな空き教室に鈍い音が響いた。
「わたしは見ての通り鉄仮面だから」
「鉄仮面……中身も鉄なの?」
「まあ違うけど」
「よかった」
本当に安心したという顔をするから、こっちは嬉しいを通り越して照れてくる。
こんな娘を待たせてしまうなんて、わたしの罪は重いぞ。
「でも、深雪さん? 双子だけあって仲が良いよね」
「性格は全然違うけど気が合うし、隙もない。ふたりが揃うとわたしは蚊帳の外だよ」
わざとおどけると、笑ってくれるメイがありがたい。
「双子か……産まれたときから同じ家に住んでいるから、誰よりも仲が良いよね」
メイの口振りに、焦がれるような響きがあった。
ここは義理人情の柚葉様の出番だ。この安心をくれたメイにお返しするんでい。
「わたしたちも同じくらい仲良しだよ」
「う、うん」
俯いた。
言葉を間違えたかもしれない。メイは盛り上がるどころか視線を合わせなくなってしまった。
ショックだ――。
「なら、それがどんなものか見せてもらおうじゃない」
声は外から聞こえた。振り向くと、さっきまで見ていた顔がふたつ並んでいる。
「佐紀、あやや」
「あやだよ」
「先鋭の鷹、深雪佐紀!」
「竜巻の鯨、深雪綾矢!」
「心あるところ正義の咆哮あり!」
「超重戦隊、バウレンジャー!」
爆発も効果音もないポーズが決まった。
呆気に取られたとはこのことだ。わたしは追いつかない頭を抱え、目だけはとにかく見開いた。
佐紀の趣味は知っていた。ここで披露するとは思わなかった。
「ほら、やっぱりこれじゃ通じないよぉ……」
弱気になった綾矢は、メリハリのついたポーズがじわじわ崩れていく。対して佐紀は保っていた。これのお陰でわたしは、くーるびゅーてぃー佐紀を恐れずに済む。
「ぐぅ……やっぱりフルバージョンにするべきだったわ」
「ふたりだけじゃ無理だよ。それに柚葉ちゃんにはわからないって」
「わかってるわよ。でもあの鉄仮面を剥がすにはそれなりの技が必要だわ」
「わたしも佐紀もそんな高度なことできるほど頭良くないよ」
「わかってるわよ!」
失礼なはずなのにまったく嫌な気分にならない。佐紀もおちゃめなところがあるもんだ。
「ふふっ」
「あ、笑った! でも嬉しい笑い方じゃない!」
「佐紀がそういうおもしろさだから悪い」
ぐぬぬ……という古典的な悔しがり。佐紀がそろそろ可哀想になってきたので、手招きして椅子を差し出す。ふたりはポンと座った。
「今日は柚葉ちゃんを笑わせるために来ました」
「話が早い」
わたしは嬉しそうな顔をしたつもりだったが、できなかったらしい。佐紀は不満を隠しもしない。
「結局いつもの鉄仮面じゃない。綾矢、どういうこと?」
「さーちゃん、自然な笑顔っていうのはやらせようと思って出てくるものじゃないって」
「学校でさーちゃんはやめてってば!」
どうやら佐紀の方がここに来ることを提案したらしい。そんなにわたしが笑う姿は珍しいか。
それにしても佐紀、なんで叫ぶだけでも面白いのかな。実はとんでもない技術が隠されて……いそうにはない。
さっきからメイの声を聞いていない気がして横を向くと、妙に姿勢を正して固まっていた。
そう言えばメイは、照れ屋が高じて人見知りにもなっていたっけ。わたしといるときは大概ふたりきりだから忘れていた。
「わたしの、自然な笑顔? が見たいなら、この4人でいるしかないよね」
「んー……そうね」
佐紀は仕方ない、といった風に吐き捨てる。
でも、ただ一緒にいてもメイが辛いだけだろう。わたしとしては、メイにも慣れてほしい。友達は多い方がいいとは思わないけど、このふたりはわたしとよく話す。その度に疎外感を覚えるのは、気持ちのいいことじゃないだろう。
「それで、わたしから提案があるんだけど」
我ながら、自分らしくない。
◆
わたしは学校帰り、メイの家に来ていた。
一度来てしまえば簡単なもので、足を踏み入れるのもドアを開くのも楽勝だった。まあ、今回はメイがいたからというのもある。
前回はろくに見る余裕のなかったメイの部屋は、いかにも女の子らしい。
「なんであんな提案したの?」
本当に疑問だという言い方だった。責めているわけじゃないらしい。
「最近、佐紀にやられたから。仕返しみたいなもの」
嘘だ。面と向かってメイが心配だからなんて言えないから、帰り道ずっと考えていた。
「珍しいね、仕返しなんて」
「佐紀はそういうの似合うから」
「う、うん?」
さすがに強引だったろうか。佐紀がちょっと可哀想かもしれない。
メイはついてこられなかったらしく、でも、と話題を変える。
「あの4人で出かけることのなにが仕返しになるの?」
「佐紀は学校の外なら今日以上に羽目を外す。人目のないお昼のときよりも、もっと子どもっぽくなるの」
「バウレンジャーのときよりも?」
「そう。まあ全部綾矢から聞いた話なんだけど」
それがわたしの、らしくない提案だった。こうしてメイの部屋に上がり込んでいるのも、出掛け先を決めるため。言い出したわたしがその係を引き受けたのだ。メイは相談相手という体で巻き込んだ。この方が心の準備もできる、と思う。
「深雪さんから……双子っていいよね。誰よりも長い時間、一緒にいれて。誰よりも深くお互いを知ってる。羨ましい」
「双子か」
綾矢ならいいけど佐紀は敬遠したい。好きだけど、四六時中一緒は困る。佐紀の騒がしさは味の濃いソースみたいなもので、短い間だからいいのだ。そう考えていくと、同じ屋根の下で同じ年代の人と過ごすのは好ましく思えない。
「わたしはそうでもないかな」
急な沈黙。メイはこちらを呆然と眺めている。
「メイ?」
「あ、ごめん、脱線しちゃって」
メイは一拍置いた。
「お出掛け先だけど、人気のないところがいいかな?」
「あのふたりはショッピングモールとか、そういう賑やかな場所の方が好きだから、今回はそっちかな」
「そっか。そうだよね」
とはいえこの町のショッピングモールはデカいのがひとつ、郊外付近に立っているだけだ。綾矢も佐紀も行き慣れている気がする。そうなると、あのふたりが好きそうな場所は……。
「メイはどこがいい?」
「わたし? え、ショッピングモールは?」
「取りあえず保留。メイは?」
「わたし……ゆずの家、かな」
「そ、そっか」
それはもうお出掛けじゃない。はい、着きました! 我が家です! とかやっても呆れられるだけだ。
メイが伏し目がちになったのをいいことに、わたしは軌道修正した。
「ゲームセンターとかどうかなって」
「ゲーム。センター」
わざわざ単語を区切って話すメイは、真剣なのにおもしろく見える。
「古めのところだけど、中学校の近く」
「中学……あ! あったあった」
今度は幼い子どもみたいに喜ぶ。微笑ましいけど、テンションが変なような。
「でもゲームセンターって大丈夫かな」
「この辺の治安の良さは奇跡的だから。あのゲームセンターは台を叩いただけで袋叩きにされる徹底ぶり」
「安心できないよ!」
やっぱり、なんというか、声のトーンが高すぎる気がする。メイはいつもここまでうるさくない。うるさい人と一緒にいると気が滅入るわたしが言うのだから間違いない。
「メイどうかしたの?」
「どうか?」
「なんか変」
「そうかな……」
メイが不安定になりそうなことと言えば、まあ今日のことしかないだろう。
「あのふたりと出掛けるの、不安?」
「…………うん」
わたしは人見知りではないし照れ屋でもないから、こういうことでそこまで悩んだりはしない。
だけど、わたしがやっているのは人付き合いだ。メイの気持ちを汲んでやらないといけない。せめて不安が軽くなるように。
「大丈夫だよ。わたしもいるから」
待って、やり直し。今のなし。
しかし遅かった。メイは口をポカンと開き、ぼうっとこちらを見つめている。
やっちまった。こんな歯が痛くなるようなセリフ、忘年会の最後くらいしか適さない。
「……そうだね」
メイは笑顔だった。敢えて言うならば綾矢が言っていた、自然な笑顔か。
よかった、笑ってくれて。
わたしの胸は熱く、くすぐったくなった。
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