第5話 星は好きですか?
元気になったよ!
それはよかった。
6時に丘の前の公園だからね。間違えないでよ!
わかってるって。
携帯に表示されたメイとのチャットを閉じる。
高校生になってから買ってもらえた携帯に内蔵されているチャットアプリには、まだ慣れない。これで本当に伝わっているのか、いつも不安になる。相手がメイでも。
周りの高校生はずっとこれをいじっているけど、飽きないのだろうか。わたしはチャットアプリしか満足に扱えていないからわからない。検索と電話ができるくらいは知っているが。
メイならちゃんと知っているかな。今日聞こう。なにせ今日は、準備に準備を重ねた流星群の日なのだから。
とはいえ準備することはないし、また惰眠を貪ることになるか……。メイの家に行って、お弁当作りを手伝うわけにもいかない。そもそも料理はからっきしだ。
折角の流星群なのだから、なにかしたいとは思うのだけど。
「あ、そうだ」
突発的な思い付きだった。口に出しておかないと忘れてしまいそう。
メモでもするか。ついでにジュースのことも。でもメモ帳なんてどこやったっけ。あー、この板みたいな電話、メモ帳代わりになったりしないかな。
◆
友達と流星群を見に行く。家を空ける理由はそれだけでいい。この町の大人はそれくらい流星群を良いものとして捉えている。これで納得しないのは引っ越してきたばかりの人か、もしくは星と拳骨勝負して負けたか。
家から丘の前の公園までは歩いても大した時間はかからない。暗くなる前に出て、着いたのは5時30分。待ち合わせの30分前だ。
「あれ」
「ゆず~」
公園に着いてすぐ、手を振るメイの姿が見えた。女の子らしい、白を基調にした花柄のワンピースが似合っている。
「早いね。まだ暗くなってもいないのに」
「なんていうか、待ちきれなくて」
えへへ、自然に笑うメイを見ると安心する。熱っぽさが完全に抜けていた。
「さて、準備の確認を取ります。ジュース!」
「はい。お弁当」
「はい!」
「音楽」
「はい!」
元気もメイが上。これは熱を出されたときも同じだったか。
改めて考えると、わたしとはまったく違うタイプだ。
「それじゃあ行きましょー!」
やけにテンションの高いメイが先行する。わたしは右手のレジ袋からジュースの重さをしっかり感じ、落とさないよう握り直す。歩いているとメイが両手に持つ手提げ袋が揺れていて、目についた。
「お弁当、なに入れたの?」
「ゆずの好きなものです」
そう笑うメイは得意気だった。
◆
名物の丘は、町並みから少し外れたところにある。この町、唯一の自慢だけあって道は整備され、傾斜も緩い。動物もタヌキが出れば珍しい方だ。
夜風に揺れる木の葉と、その隙間から漏れ出る月光には風流を感じたりもする。丘と星の印象ばかりで、道がこんなに心地いい場所なのは忘れていた。
「ここからでも、星と月がよく見えるね」
「そうだね。あ、月が見えた」
「星より少ないのに存在感あるよね」
「星だって、同じ星はひとつしかないよ」
「ふふっ、ロマンチストだなー」
「そう?」
お昼休みみたいに、適当に話しているうちに丘に着いた。子どもの頃の記憶より短い道のりだった。
丘に出ると、満天の――しかし見慣れた星空が広がっている。
「わぁ」
「そんなに凄いかな、これ」
都会に住んでいれば魅力的に映るかもしれない。生憎わたしたちは田舎者だから、その反応はメイでも予想外だった。
「星の凄さだけじゃないよ。色々準備して考えて、やっとここまで来たんだって思うと、感動する」
なんとなく、わかるような気がした。
「じゃあ、わたしも感動する」
「感動ってそういうもの?」
「どうだろ」
いつまでも立っているわけにはいかないので、わたしはどっかりその場に座る。するとメイが声を上げた。
「そのまま座ったらスカート汚れちゃうよ」
「え、うん」
紺色のスカートなら汚れても気にならないから、いいかなと思っていたのだけど。
メイはわたしを立たせ、ピクニックシートを敷き始めた。
「わ、そんなの持ってきてたんだ」
「折角のスカートなんだから、気を遣わないと」
「スカートが良くてもモデルには似合わないよ」
「えー。今日のゆずはいつにも増して綺麗さんだなって思うけど」
そうかな。着てきたのは紺色のスカートと、セットで売っていた同色のシャツ。汚れがわかりづらいから選んだだけだし、鏡で見ても似合っているとは思えなかった。
「じゃあゆずはどんなのが似合うと思うの?」
「わたしに? 似合う服なんてあるかな」
「ゆずは芯がしっかりしてるから、クールな服が似合うと思うんだけどなぁ」
まあ明るい色よりはこっちの方がそれっぽい気がする。
「はい、できたよ。ここに座りましょう」
「感謝」
わざと固くしたお礼は、何事もなかったかのようにスルーされた。気まずくて見回すと、わたしたちの他には誰もいない。
「いい天気だね」
「もう夜だよ、ゆずおばあちゃん」
「星が見えるじゃないか」
「はいはい」
馬鹿みたいな会話をしながら、じっと空を眺める。流星群にはまだ早い。
「そうだ、今のうちに……これ!」
メイは手提げ袋から携帯とイヤホンを取り出した。イヤホンの端子を携帯に差し、ゴムの部分を片方寄越す。メイが右耳にはめたので、こっちは左耳にはめ込んだ。
「ねえ、これ左にはめないの?」
「これがいいの」
わたしが左、メイが右だと、イヤホンの長さが足りない。ふたりで顔をくっつけるくらいに縮こまらないと、イヤホンが外れてしまう。
ついたり離れたりする頬の感触がくすぐったい。触れ合う服の上から、メイの体温が伝わってくる。夜なのに熱く、こうしていると夜風が気持ちいい。
「ん、なんか楽しみになってきたかも」
「ほんと? 張り切って選んだ甲斐があったなぁ」
音楽のセンスは確かにいい。イマドキの感じだけど、いい曲だ。
「あ、光った!」
メイが指差した方を向く。
「どれ?」
「ほら、あの辺!」
光り、流れる星が見えた。
「あった」
「ね!」
すぐに流星群が始まる。そう思うと、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。失っていたはずの期待が、見慣れたはずの流星群が、今は煌々と輝いている。
手首がこすれた。メイだ。
ここで手を握ってみようかな。――いや、それは雰囲気に酔い過ぎだ。もし握るとしても、そのときは好きの答えを見つけてから。先に握って、答えが変わるといけない。
けれどそんなことを考えてしまうくらいには酔っていて、落ち着けるために小さく深呼吸する。
「きた……」
どっちが呟いたのか、それを引き金に星が流れ始めた。
真っ黒な空に白い線を引き、かと思えば儚く消えていく。しかし消えた後でも、星が流れた場所の黒は、他の黒より明るく感じた。
気づけば夢中になって流れる星を見ていた。見慣れて飽きていたはずなのに、なぜかこれを見続けたいと思う。
ふと、ついさっきメイが言っていたことを思い出した。色々準備して考えて、だから感動する。案外そういうものかもしれない。でも、わたしとしては、もっとロマンチックなことを思い浮かべる。
それは今、この時間になって初めてわかった。
「メイ」
「なに? んわ」
目は空に向けたまま、メイの左耳に無線イヤホンを押し込むと、変な声を出す。
「これ、イヤホン?」
「無線のね。携帯買ってもらったとき、ついでに買ってくれたの。こっちで聞かない?」
「いいけど……」
同意しつつも、どこか不満そうに有線イヤホンを外す。わたしはメイの携帯にイヤホンを設定した。
「なんか損した気分」
なんだそれは。これにはいい使い方があるのだ。
わたしがその使い方を話すと、メイはにんまりと笑った。
「やっぱりロマンチストだね」
わたしはそうは思わないのだけど。
「ロマンチストは、メイの方じゃない?」
「いやいや、ゆずの方だって」
「いやいやいや」
ふざけ合っていると、不意に流星群が激しくなった。わたしたちは慌てて空に集中し、静寂に戻る。
手首がこすれ合い、頬がくっつきそうな距離のまま。
「お弁当、いつ食べようか」
そうメイが言い出すまで、わたしたちはふたりだけの流星群を深く刻んだ。
◆
流星群をふたりで見たからといって、なにが変わるわけでもない。授業中は会えないし、お昼休みになれば会える。ただ変わったことがあるとすれば、わたしはメイを欲していると自覚したこと。
アレな意味じゃない。メイといると楽しいという、ただそれだけ。あの流星群を楽しめたのも、きっとメイのお陰だ。
ロマンチックな言い方になるけど、メイと一緒に見た流星群だから楽しかった。
もっと、一緒に色んなことをしたい。これは少なくとも、半端な好きじゃないはずだ。
どういう好きかっていう答えには、まだ遠いけど。
「じゃあここを……深雪」
「はい」
背筋がピンと張る。注意されるかと思って驚いた。
今、わたしの耳にはあの無線イヤホンがはめてある。後ろの席だからそうそう見つかりはしないけど。
このイヤホン、隣のクラスにはなんとか電波が届くらしい。わたしとメイは聞いている。あの夜、ふたりだけの流星群のときに聞いていた音楽を、今度もふたりだけで。
音楽は耳から頭に流れ、記憶を蘇らせる。あの日の流星群は、しばらく飽きそうになかった。
頬杖を着くと、わたしの顔は変に温かい。
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