これから優秀な企業に入る人への警告

ちびまるフォイ

わたしはみんなのために

「さ、い、よ、う……採用!?」


「やったわね。うちの村のほこりよ!」


ダメ元で受けた都会の最優秀企業から採用通知が届いた。

両親はいたく喜んでその日はふんぱつしてごちそうが並んだ。

出発の日、両親は寂しげだった。


「都会にいっても頑張るのよ」


「やだなぁ母さん。別に戦争にいくわけじゃないのに」


これからは一流企業の一員として、この社会を、いやこの世界を変えてゆく。

そんな自分になるために、これまでの自分との決別もかねて都会へと向かった。


会社につくと、バカ高い壁に人間が埋まっていた。


「こ、これは……」


「君かね、今年の合格者は」


「はい……そうです。あの、この人達は?」


鉄の壁に埋め込まれている人間たちを指差した。


「ああ、これは社員だよ」


「社員!?」


「うちの会社の業務のほとんどはAIがやっているからね。

 人間はそのAIたちがちゃんと動くようにこうして脳をつなげてサポートしているんだ」


壁に埋め込まれている人間の頭にはいくつものチューブが繋がれている。

目は見開かれているが風景なんか見ちゃいない。

瞳孔が高速で上下左右に動いている。


「AIだけじゃできないことも人間が協力することで

 こうして最高のパフォーマンスを生むことができる。ウィンウィンの関係さ」


「これじゃ人間が付属品みたいじゃないですか……」


「うちにそんな考えはない。そう見えるのは、そういう偏見があるからだ。

 で、君はどうするの? うちの会社に入りたくてここまで来たんだろう?」


脳裏には故郷を出る電車の窓から見た家族の顔だった。

横断幕を広げて村の誇りと応援していた。

今さら引き下がれるわけがない。


「やります」


「それじゃ、この番号のくぼみまで行ってくれたまえ。

 大丈夫。別になにか新しいことを覚えるわけでもない。

 君はただ脳と思考を提供してくれればいい」


渡された番号札と同じ鉄の壁にできたくぼみへやってくる。

人間の型でも取ったようにフィットするくぼみへ体を預けた。


くぼみは鉄の壁の内側に引っ込み、体を深く固定する。

完全に自分の体が鉄の壁に取り込まれると、頭にチューブが固定された。


「わああ!」


チューブからは処理できないほど大量の情報が流れ込んでくる。

同時にその情報のさばき方も脳にぶちこまれ、否応なく処理が始まる。


許容量を超えた処理に頭が追いつかない。


頭はがくがくと小刻みにゆれ、瞳孔が目の中を泳ぎ回る。

鼻血が出てぐったりすると情報の供給がストップする。

体調が回復したと機械が判断するとまた開始される。


「うああああ……!」


AIの補助として脳を提供する時間はただただ苦痛だった。

業務時間が終わっても鉄の壁からは解放されない。


トイレは繋がれたチューブで済ませ、食事はなく鉄壁の内側から血管に直接栄養分を点滴する。

脳のチューブで空腹感を制御しているのでお腹はすかない。


消灯時間になると脳に睡眠電気信号が送られて眠らされる。

翌日の起床時間はその逆だ。


AI付属品としての日々を長く過ごすにつれてどんどん抵抗感が失われていった。


「あ……ああ……」


最初に会社についたとき、鉄の壁に囚われていた社員はみなうつろな表情をしていた。

この場所ではやる気もアイデアもいらない。

求められるのは脳という労働力のみ。


自分の意思を出そうとするほど現実とのギャップに脳が疲れてしまう。

続かないダイエットのように意思はだんだんか細くなって、いつかは消える。

付属品を受け入れたときに初めて楽になれる。



「たかし!」



ふと、目から入ってくる映像に意識を戻す。

目の前に故郷の母が来ていた。


「かあ……さん……?」


「ああ、なんてこと。連絡よこさないから心配になってきたんだよ」


「俺……一流企業……社員……お金……仕送り……」


「こんな状態になって何を言ってるの!」


母さんは強引に俺の体に繋がれているチューブを引っこ抜き、鉄の壁からひっぺがした。


「ダメだよ……戻らなくちゃ……俺が……いないと。

 AIの処理能力の2%が落ちちゃう……戻らないと……」


「私はあんたをAIの付属品として出荷するために生んだんじゃないよ!」


「母さん……」


「故郷へ戻ろう。みんな、お前を誇ってくれるよ」


「うん……うん!」


涙を流したのは久しぶりだった。

本当はもっと早く戻りたかったのかもしれない。

もう少しで人間性を失うところだった。


母さんは車を出し、その助手席に乗り込んだ。


「もうずっと戻ってなかったな……みんな元気かな」


「みんな、たかしのことを町の誇りで英雄だと言ってるよ」


「なんか恥ずかしいな」


窓の外を眺めていると見慣れない道ばかりだった。


「母さん、この道合ってるの? 俺が都会に来た道じゃないんだけど」


「合ってるわよ。ほらついた」


車が停められた場所はグラグラ煮立った窯の横だった。

屈強な男がやってきて俺の体を抱えあげる。


「ちょっ……何するんだ!? 離せよ! 母さん! 母さん!」


「あなたは私の誇り、村の英雄なのよ。これからもずっとね」


男たちは俺を抱えたまま窯のふちへと昇ってゆく。

窯の中には金色の液体がぶくぶく泡立っていた。


「せーのっ」


窯の中に投げ込まれると全身に金がまとわりつき、体がどんどん動かなくなってゆく。

体が金色の銅像に変わってゆくのがわかった。


「お客さん、できましたよ」


「ああ、いい出来じゃない」


窯から釣り上げられた息子の銅像を見て母は大いに喜んでいた。

トラックの荷台に積まれて故郷へ変えると、駅の真ん前に飾られた。


『一流企業に合格した村の宝:たかし』


金色の銅像はたくさんの目に触れられ、この村に住む人の自尊心を大いに満たした。

あの一流企業に入った人と同じ村に住んでいる、と。


母は毎日欠かさず金色の銅像の前を通った。

銅像の親だと気づいた人にはいつも同じ答えを返していた。



「これだけの偉業を収めたのも、親の私がよかったのでしょうね。

 なにせ子供は親の付属品ですから」

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