50 誘い

 ガリダ達が去った後、女はゆっくりとミーシャ達の方へ振り向き微笑んで見せた。白い肌に唇のつやと瞳の赤色が浮かんでいるようにも見える。朝の微かな光に当たる銀色の髪を揺らし、ゆっくりと歩いてきた女は――


「――やだぁ! もしかして食べられると思った?」

 と、場違いに明るくからからと声を上げ、まるで少女のような無邪気な口調でそう言った。


「……はぁ?」

 アイラが思わず声を上げ、残りの四人が驚いたように目を見開いた。


 そんな様子の五人に、女は目を細めてくすくすと笑っている。戸惑い、驚いている様子を嘲笑あざわらうかのような態度にマットは眉を寄せた。そう警戒を強めたマットに対して、女は「怖い顔!」と大袈裟に言った。


「やだやだ、そんなに怖い顔しないで! 安心してよー。私、人間を食べるけど今は食べる気ないから!」


 そう言いながらも、赤い瞳が品定めをするように五人それぞれへと目を向ける。赤と金の瞳と目が合う。じっとりとした嫌な視線に、ミーシャは思わず隣に居るピナとエリアルの手を握っていた。

「助けてくれた礼は言おう。だが……お前は何者なんだ?」

「あら、そういえば自己紹介がまだだったわね!」

 白々しいような驚いた仕草をして見せた後、女は何やら含みのある笑みを浮かべたまま、ドレスのスカートを摘まんで淑女のように畏まって見せた。

「私は……そうねぇ、分かり易く言えば人狼かしら?」

「人狼……」


 思わずミーシャは反応した。そして、今はこの場に居ない一斬やエルクラットに居た人狼達を思い出す。彼らはまだ人のように互いを思いやる心も、誰かが亡くなればそれを悼むような様子も見せていた。だが――目の前の女からは、そのような気配が感じられない。こちらを見る目も、どこか見下したような目つきであった。

 それはミーシャ以外も感じているのだろう、マットは女を睨むのを止めはしなかった。


「あのような魔術、普通の人狼が使えるとは思わないが?」

「あら、淑女の秘密を探るつもり? 悪いけど、それは言えないわね。私が普通じゃないのは合ってるけど!」

「……俺達を助けた理由は?」

「質問が多いわねぇ……単純よ。その子供達、私が居た村で見たもの。だから助けたの」


 マットは少女のようにはしゃぐ女の態度を無視して質問を続ける。そんなマットが気に入らなかったのか、女は頬を膨らませ……かと思えば、すぐに胸を張って見せる。その身なりは麗人だというのに、振る舞いは歳行かぬ子供だ。

 その姿に底知れない恐ろしさを覚えながらも、女の言葉にエリアルが反応した。


「まさか……あなたは、女神様?」

「女神……? あぁ、そんな呼ばれ方もされたね。皆、血を分けたら大喜びしちゃって! まぁ……皆、死んじゃったけど。血が合わなかったんだねー」


 呆気からんと村人の死を語るその態度にいたみ、嘆く様子はない。綺麗に整えられた桜貝のような爪を見て、大した興味を抱いてないようにも見えた。エリアルはそんな女に困惑し、驚きに目を見開いた。少女の困惑を余所に、女は「なに?」と不思議そうな顔をした。そうする事が当たり前だと言わんばかりに。

 だが、何かに気づいたのか、女はしばし考えこんだ後で「あっ!」と声を上げる。


「もしかして……皆が死んじゃったの、私のせいだと思われてる……?」

 そう言うと両手で口元を隠して、ショックを受けているかのように、目じりを下げては女はその場に崩れ落ちてはすすり泣く声を上げた――その目からは涙が零れ落ちてはいない。どう見ても、泣き真似だった。


「うぅ……やだやだ! 悪者扱いしないでよぉ! 私、悪くないし!」

 しかし、そうして泣き真似をしていた女は、ふと顔を上げた。愛おしげに、子供達を見つめている。その瞳に愛情らしきものは感じられない。ただ仕草だけは「女神」と呼ばれるに相応しい――麗しい淑女の顔に見合わない、おぞましい気配さえ除けばだが。


「いや、確かに私にも悪いとこあったよね。うんうん分かる分かる……すっごく分かるよぉ!! 確かに、私説明不足だったよね! ごめんねぇ? 血が合わなかったら、ただの喰種グールになっちゃうって説明してたら、こうはならなかったかもね?」

 そう子供めいた口調でまくし立てるように喋り立てる姿は、先ほど見た麗人とは打って変わっていた。口元を引き上げ、目を見開き、小さくなった黒目がこちらをじっと見つめている。ぞっとする程に美しい顔が歪んでいるのを見て、皆が唖然としていた。


(……怖い)


 その姿に――得体の知れない恐怖がミーシャの体を襲った。一斬と初めて出会った時の恐怖とは違う。タルガ・ズェラの村人が狂った時の恐怖とも違う。目の前の女は〝異質〟なのだ。ミーシャ以外にも恐怖で顔を引き攣らせた。しかし、そんな様子を見て女はきょとりとして見せる。


「あっ……もしかして怖がらせたかな!? ごめんねー、怖くないよ! お姉さん、君達を助けたかっただけなんだぁ。ほんとだよ! 信じて! この目が嘘を吐いてると思うかい!?」

「本当の目的はなんだ」

 明らかに先ほどから様子がおかしい――得たいの知れない女の様子を見て、遂にマットは剣を構えながら前に出た。女はそんなマットの態度に、先ほどの軽薄けいはくな態度や言葉から一転し――途端につまらなさそうな顔へと変わると、髪の毛を弄り出す。


「あー、そこの真面目君には用が無いっていうか? 私さ、子供達に用があるんだよね。えーと確か……ピナちゃんと、エリアルちゃんだっけ? さっきも言ったじゃん? その子さ、元々私の村の子供達だし……返してくれないかな?」

「……渡せません」

 今度はミーシャがそう答える。ピナもエリアルも自分達が再び狙われている事に怯えているせいか、すぐ傍に居るミーシャのスカートを握り締めていた。女は「ふぅん」と怯える少女達を見て面白く無さそうな顔をした。しかし――すぐにその口元は歪み、欠けた月のように口端を上げる。


「ねぇ、君達、憎くないの? 私とか、君達のパパとママを殺した相手がさ」

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東の国の狼憑き 納人拓也 @Note_Takuya

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