175 終わりだよ
雨と雪をたっぷり吸ったドロドロの土を弾きながら、みさぎはハロンの背を追い掛けて坂を一気に駆け上がった。ハロンに踏み潰された木や草や石が土にめり込んで、広場までの一本道を作っている。
弱まったとはいえ、ハロンの気配はまだまだ強い。
みさぎに体力なんて残っていなかった。それでも足を動かせる原動力は、咲がくれた言葉だ。
『僕はどっちでもいいよ。生きて明日を迎えられるならね』
明日もその先も、何度でも朝を迎えるために。
この戦いは、リーナにとっての
これが本当に最後。
広場の方向からズゥンと腹を震わせるような重い音が絶え間なく鳴り響いている。
みさぎは闇の先にハロンの背を捉えて、足を速めた。
広場に出て絶句したのは、不安が現実になる瞬間だったからだ。
闇に響いていた音は、この世界と外の世界とを繋ぐ境界線が震える音だった。遥か高い位置にある次元の
「あそこまで飛んだの?」
一見信じられない光景だ。
ビル程の身体を持つハロンが羽のない状態で跳び上がったとは思えないが、首吊り状態でもがく巨体は頭をぐいぐいとねじ込んで、湾曲した爪で収縮し始めた穴をこじ開けようとしていた。
ハロンは元居た次元へ帰ろうとしているのか──それは
「羽を失ったから? だからそこへ行きたいの?」
ターメイヤでの戦いで失った羽は、次にこの世界に出た時にはすっかり元通りに再生していた。その穴に入れば復活できることを、ハロンは知っているのだ。
ヤツにその意思がある以上、次元隔離の魔法でこのまま押し込むのは簡単なことだけれど、その選択は同時にみさぎの再転生を意味する。
だからと言って下手に攻撃してしまえば、何かの弾みでやはり中へ入ってしまうかもしれない。
「どうすればいいの?」
十七年ぶりに外の世界へ出て、閉鎖的な隔離空間の壁を突き破ろうとしたハロンが、再び次元の歪みに入ろうとしている。
羽を失ったことが、ハロンにとって多大なリスクを与えているということだ。背中が心臓部だと思っていたが、ヤツにとって羽こそが弱点だったのかもしれない。
「やっぱり、湊くんはすごいんだな」
もうハロンには、みさぎ達などどうでも良くなっている。ただ必死に生き延びようとする様は、人間らしいとさえ思えた。
「引きずり出せよ、みさぎ!」
遅れて着いた仲間が、声援をくれる。
旗を振る咲を支えていた智が彼女を中條へ託し、みさぎの横に並んだ。
「
智はそのまま前へ出て、ハロンに炎を投げつけた。
小さな赤い光は回転しながら勢いを増し、一回りごとに大きくなる。一直線に衝突して光がハロンを取り込むと、赤い文字の羅列が巨体に刻み込まれた。
「リーナ、迷うことなんてないよ。ここで倒そう」
キンと高い音が鳴って、ハロンが唸り声を漏らした。
智の光に縛られたハロンが少しずつ穴から引きずり出されているのが分かって、みさぎは「うん」とロッドを構える。
これで攻撃することができる。
文言を唱えようとするみさぎに、智が「待って」と声を掛けた。
「俺が言える立場じゃないけど、リーナは発動しようと思ってから一拍分ためてから打って。焦らなくていいから、疲れてる時は、その方が狙える」
「分かった、ありがとう智くん」
焦っているのは自分でもわかっていた。
「みさぎ、思いっきりな」
湊の声に、チュウ助が「チュウ」と声を重ねる。
「圧倒的に優位だな」
咲の声に小さく微笑み、みさぎは空を仰いだ。
月の出る晴れの空を味方につけて、攻撃を構える。
最後の魔法は決まっていた。ウィザードとして、今まで覚えたもの全てを込めて。
次元の歪みごとハロンを白い光で焼き払う。
これが最後の一撃だ。
「終わりだよ、ハロン」
みさぎはそっと笑みをこぼして、その文言を唱えた。
白い光が広場を包む。それは朝をも思わせる穏やかな光だった。
最終章『決着』終わり
エピローグへ続く(8/28夜投稿予定)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます