158 覚えてる?

 自分も戦いたいと言って仲間に加えてもらったものの、いざハロンと向き合ってやられるまではあっという間だった。

 死ぬことさえ覚悟した時、最後に会いたいと思ったのは、みさぎではなくれんだ。


 実際に現れたのはともだったけれど、彼のお陰で自分はまだ生きている。

 記憶と夢が混ざり合って、ゆっくりと意識が戻って来た。


さき?」


 誰かに呼ばれた気がしてゆっくりと目を開く。

 寒空の広がる雪景色の中で倒れた咲は、蛍光灯の灯りと布団の温もりの中に居た。


 急に小さな地震が起きて、微睡まどろんだ視界が鮮明になる。

 右手を繋がれた感覚に相手を辿たどると、そこに蓮が居た。やっぱりこれは夢かもしれない。


「夢?」

「夢じゃないよ」


 立ち上がった彼に頭をでられて、咲は呆然ぼうぜんと部屋を見渡す。

 ここが学校の地下にある、一華いちかことメラーレの仕事部屋だという事は理解できた。だからこそ、彼がいる事態を異常だと感じてしまう。


「まだ戦闘は終わってないんだろう? なんで蓮が居るんだよ」


 また部屋がガタガタときしんだ。これが地上での戦闘によるものだと悟って、咲は慌ててベッドから起きようとするが、支えようとした左腕に激痛が走りそのままくずれた。


「うわぁぁあ」

「落ち着いて。酷い怪我してるって言ってたよ」


 蓮は咲の毛布を掛け直して、側にある丸椅子を頭の側に引いてきた。


「この位で寝てなんか居られないんだよ。それより蓮は何で……」

「迷惑だった?」


 言葉をさえぎられて、咲は黙ったまま首を横に振る。


「なら良かった。みさぎから連絡貰って飛んで来たら、ここに通されたんだ」

「みさぎに会ったのか?」

「会ってないよ」

「そうか……」


 咲は天井を睨みつける。蓮に会えたのは嬉しいけれど、まだ戦闘は続いている。

 時間はもう四時半に近い。咲がハロンと戦ってから、軽く三時間ほど過ぎていた。


 自分が意識を失っている間に、あの三人がずっと戦っていたんだと思うと急に申し訳ない気持ちになった。一人だけこんな所でのんびりと寝てはいられないと思うのに、身体が思うように動いてくれない。


 けど、倒れた時の傷はもっと深かった気がする。

 ふと頭をよぎったのは、駅の裏でみさぎが智の怪我を治した時のことだ。治癒魔法はルーシャや智には使えない。


「まさか、みさぎが……」


 ウィザードは最前線で戦うべき魔法使いだ。それなのに体力を奪う治癒魔法を自分の為に使わせてしまったんだと思うと負い目を感じてしまう。


「僕は結局、リーナの荷物でしかなかったんだな」

「そんな自虐的じぎゃくてきになるなよ。咲だって戦ったんだろ? さっき、ここに案内してくれた人が言ってたよ、咲が世界を守ったって」

「そんなわけないじゃないか。僕がやったのは、ほんの小さなことだよ。世界を守っただなんて法螺ほら、誰が言ったんだ?」


 穴の開いた隔離壁かくりへきの前で、ただ必死に壁になりたかっただけだ。想いと結果はイコールにはならない。


「ブロンド髪の女の人だよ」

「ブロンド……って、金髪ってこと?」

「少し茶色掛かってたけどね」

「誰だそれ?」

「咲も知らない人なの? 異世界の人だって言ってたよ?」


 ターメイヤから来た大人組は、四人とも黒髪だ。他に誰か極秘で連れてきているのだろうか。

 もしかしたら向こうでヒルスが知っていた人なのかもしれないと首を傾げながら、咲はまた軋む天井を仰ぐ。


「もう一度上に行きたかったな。僕の戦いがここで終わりかと思うと、むなしくなるよ」

「咲……」

「僕はこの世界に来る時、運命が仲間に引き合わせてくれるって言われたんだ。なのに記憶は戻っても全然誰とも会えなくて、もう駄目だって何度も絶望した。やっと会えたのは高校に入る時で、運命を少しだけ恨んだりもしたよ」


 咲は指を立てて、くようにシーツを握りしめた。


「あの頃は、この世界でリーナに会えればそれだけでいいと思ってた。なのにそれを達成したら今度は、あわよくば肩を並べて戦いたいって欲が出た。それは僕の思い上がりだったのかもしれないな」

「例えそれが思い上がりでも、戦いたいと思って戦ったんならそれでいいんじゃないか? 結果より実行したことの方に意義があると俺は思うよ。後悔はしてないだろ?」

「……うん」

「運命って言葉だってさ、都合よく考えればいいって俺良く言ってるじゃん? 俺はそんな言葉たいして信じてるわけじゃないけど、咲と俺が会えたのは、その咲が言ってる運命の影響じゃないかって思うよ」


 ニヤリと笑う蓮に、咲は見せつけるように溜息をついた。


「蓮に出会えたことは僕だって嬉しいよ。けど、そこに運命ってつけるのは都合良すぎないか?」

「いいんだって。だってさ……」


 言い掛けた蓮が、一度言葉を飲み込んだ。


「だって……?」


 咲が寝たまま首を傾げると、彼は「まぁいいか」と小さく零して不思議な質問を口にした。


「ねぇ咲? 俺たちが初めて会った時のこと覚えてる?」


 何やら意味深な顔をする蓮に、困惑こんわくしてしまう。


「初めてって? お泊り会の時の事か?」


 初めてみさぎの家に泊りに行った時だ。蓮がすごく楽しみにしていると聞いていたのに、急なバイトが入ったとかで彼は挨拶だけして夜まで帰ってはこなかった。

 あの夜に彼の胸で泣いた記憶が蘇って、咲は一人でほおを染めるが、蓮は「違うよ」とあっさりその答えを否定した。


「違うの?」

「もっとずっと前の事だよ」


 蓮が何を言っているのか、咲にはさっぱり分からなかった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る