156 相棒

 華奢きゃしゃさきを両腕に抱き抱えて坂を下りる中條なかじょうを見送って、あや耕造こうぞうの横に腰を落とすと、その腕の中で目を閉じるみさぎの頭をそっとでた。


「そんなに長くは寝させてあげられないけど、ハロンがアッシュだけでどうにかなってる今のうち、休めるだけ休んだ方が良いわ」


 「昨日もあんまり寝れなかったみたいだし」と苦笑して、立ち上がる。


「けど、まさかこんな時に、ヒルスに恋人を呼んであげようなんてね」

「やさしいんだよ、リーナもヒルスも。わしがこの世界に来たいと言ったのは、儂自身が二人と離れたくなかったからだと思うよ」

「そうですね」


 耕造はふっくらと笑んで、みさぎを雪のない木の根元へ運ぶ。しゃがんだひざを枕にして寝かせると、荷物から取り出した薄い毛布をみさぎの首まで掛けた。


「ハリオス様、もう限界です」

「さっきの話か?」

「えぇ、よろしいですか?」


 みさぎ達がここに来る前、絢は一つの相談を持ち掛けた。

 隔離壁かくりへきの生成にミスが生じたのは、能力のおとろえから出た失態だ。先日の記憶操作の時から予感はしていたが、こんなミスはターメイヤではしたことが無かった。


「アッシュの死を回避させたことがこの戦いに影響を及ぼしているのだと思ったけれど、もう私たちがこの世界に転移したこと自体、禁忌きんきだったのかもしれませんね」

「どうだろうね」


 認めざるを得ない現実を受け入れて、絢はその思いを告げた。


「限界なんてくつがえして見せますよ。だから、やらせて下さい」

「あの二人には言ったのか?」

「一応、伝えてはあります」


 耕造は「分かった」とうなずいて、だらりと落ちたみさぎの手を胸の上に乗せた。


「なら別に構わんよ。元々お前の見栄みえでやっていることだろう?」

「確かに……そうなんですけど……」


 確信を突かれて、絢は唇を噛む。


「やりなさい、後でまた幾らでも戻せるから」

「ありがとうございます。こうなったら、やれることは全部やりましょう」


 絢はホッと笑顔を零して、ロッドを高く持ち上げた。

 空へ向けて唱えた文言もんごんは隔離壁のすぐ下の高さに魔法陣を広げ、青黒い光を降らせて空気に溶けた。


 絢を見上げた耕造が「懐かしいな」と微笑ほほえむ。絢は、「ハリオス様もですよ」と笑い掛けた。



   ☆

 湊の初期位置は、隔離空間の南東に位置する。

 隔離壁の発動と遠くに鳴り出した戦闘の音でハロンが出たのは理解できたけれど、ハッキリ言ってひまだった。


 四人がバラバラに配置されたのは、羽付きのハロンが広い戦場のどこへ逃げても迎え撃つことができるようにだ。四人同時に攻撃を仕掛けるのにも無理があるし、妥当だとうな判断だとは思う。

 けれど、この場所はどう見てもハズレくじ感が否めない。


 遠くで鳴る衝突音に嫉妬しっとして、戦いたいとあせってしまう。

 かれこれ開戦から一時間以上過ぎているが、自分がしたことと言えば、ハロンとは違う羽付きのモンスターを三匹倒しただけだった。

 ターメイヤで見たことのあるモンスターがこの世界に出てきている理由は分からないが、どれも大して強くない雑魚ざこばかりだ。


 緊急を要する様な連絡も入らず、ぽつねんと山の中にいる状況がむなしい。


「どうして俺の所はこんななんだ?」


 なのに、聞こえてくる戦闘音は明らかに激しく荒々しかった。火球が飛んで、魔法とは違うバズーカ砲のような音まで聞こえる。

 もうここに居る理由などない気がして別の場所へ行こうとしたそんな時、遠くから近付いてくる羽音が聞こえて、湊はその方向を見やった。


 どうせまた雑魚だろうと思ったが、予想以上の雑魚っぷりだ。


「えっ……」


 それはフワリフワリと飛んできた。バスケットボール程の黄色くフワフワと丸いそれは、短い羽根を必死に動かして湊の所にやってくる。

 緊張感のないその姿に、湊は戸惑いながら剣を下ろした。


 数メートル先で浮いている鳥のようなモンスターのつぶらな瞳と目が合う。


「可愛い……」


 この世界の生き物ではないけれど、退治するのは躊躇ちゅうちょしてしまう程の愛らしさだ。


「チュウ、チュウ」


 それはパクパクと小さな口ばしを動かして、何か言葉を話すように鳴く。

 短い羽根をいっぱいに広げるのは、威嚇いかくしているつもりなのだろうか。あまり殺意的なものは感じられない。


「俺と戦うの?」

「チュウ、チュウ」


 まさかこのキャラ的な容姿はダミーで、油断した隙に豹変ひょうへんするつもりだろうか。そう思って見守ってみたものの、一向に攻撃してくる素振そぶりは見せない。


「お前はどうしたいんだ?」


 悩みながら手を差し伸べてみると、それは羽をパサリと一振りしてフワリと舞い上がった。

 手の先に止まるかと思ったが、素通すどおりして湊の頭上にボフリと舞い降りる。


 「チュウ」と鳴く声は、どこか満足気に聞こえた。


 予想外の展開に困惑するが、寒空の下で冷え切った身体にフワフワの羽毛が温かい。


「一緒に来るつもり?」

「チュウ」


 言葉が通じているとは思えないけれど、何となく意思疎通いしそつうできている気がする。


「じゃあ、チュウ助って呼ばせて」


 ふと思いついた名前で呼び掛けると、チュウ助は湊の頭の上で羽を広げ、「チュウ」とまた鳴き声を上げた。





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