155 寂しいと思った
走り去る背中を捕らえたハロンの視線から逃げられたのは、
そこから
この間、
むせる様な土の匂いがして、なぎ倒された木々が頂上への道を塞ぐ。ここでの戦闘は、想像以上に激しかったらしい。
ひょいと木を飛び越える中條に続いて
「咲ちゃん!」
辺りに散らばった血の色に言葉を失って、みさぎは両手で口を押さえた。
絢は隔離壁の上部へ向けていたロッドを下ろして、「塞がったわ」とみさぎ達に身体を向けた。彼女の仰ぎ見た先に、うっすらと光が走る。
「ヒルスのことまだ動かしちゃ駄目よ。骨が折れていると思うから」
絢の注意に
口元に血を吐いた
弱々しい気配に焦って、みさぎは助けを求めるように大人たちを見上げる。
「貴女なら助けられる。やり方は頭に入ってる?」
みさぎは
「……こんなひどい怪我してるなんて」
本に書いてあった手順を頭に描きながら、少しずつ光を浴びせる。咲の胸を灯す魔法陣が、液状に揺れていた。
絢が咲の頭の近くに座り、
「申し訳ない事をしたと思っているわ。こんな失敗をするなんて駄目ね。ヒルスをここまで追い詰めたのは、私の責任だわ」
「誰だって失敗はあるよ」
「
「そうだよルーシャ。どこか知らない世界から来たハロンが、
遠くで智とハロンの戦う音が聞こえる。
「頼もしいわね、リーナ。ヒルスはここを守ったんだから、目覚めたら
「もちろんだよ」
みさぎが光に力を込めると、咲の
「咲ちゃん!」
良かったと
「もう十分だ。あとは学校に運ぶから」
「けど、まだ治ってないよ?」
止血はできているが、まだ処置しなければならない箇所が色々と残っている。
しかし思いも
「お前の力はまだ必要だ。この力は、他の二人にも使う時が来るかもしれない。だからヒルスはもういい。これだけで十分死なずに済む」
「お爺ちゃん……。ごめんね咲ちゃん、この戦いが終わったら絶対に治してあげるから」
初めて智に治癒魔法を掛けた時は
ただ空腹が増して吐き気を覚える。そういえばハロンに丸薬を取られたまま、ずっと補給していないことを忘れていた。
「食べなさい」と横から中條に丸薬を差し出されて、みさぎはそれを受け取った。
もう『マズいから嫌だ』なんて言える状況じゃない。心を決めて口の中へ放り込むと、味が少しだけマイルドに感じた。
腹はすぐに落ち着いたけれど
「咲ちゃん……」
そっと握りしめた手は温かい。一度震えた目はそのまま閉じているが、青ざめていた顔に少しだけ赤みがさしたように見える。
じっと見守るみさぎに答えるように、咲は「うん……」と顔を
「……れん……」
うわ言で咲が口にしたのは、
「私じゃなくて、お兄ちゃんの名前なんだね」
「寂しい?」
「寂しいって思っちゃった。けど、これでいいんだよね」
「ヒルスが貴女を思う気持ちに変わりなんてないわ。貴女の前では常に兄で居ようとしてるじゃない。弱音を吐ける相手は別だって事よ」
優しく笑んだ絢に、みさぎは苦笑した。
「ねぇルーシャ、お願いがあるの」
「なぁに?」
「お兄ちゃんを咲ちゃんの所に呼んでもいい?」
絢は中條と顔を見合わせて、「いいわよ」とすぐに返事をくれた。
「ヒルスはメラーレの所に行かせるつもりよ。あの地下部屋はどっちの次元にも通じているの。メラーレを外に待たせるわ」
「ありがとう、ルーシャ」
みさぎは早速スマホを取り出す。隔離壁の中でも、電波はちゃんと入っている。
蓮と話す気力はなく、みさぎは手早くメールを打った。
『学校に来て』
それだけで蓮はきっと、咲の為に飛んでくるだろう。
送信ボタンを押した途端に気が抜けてしまい、みさぎは耕造の腕の中へ崩れた。
「少し休みなさい」
真っ暗になった視界の中で、耕造の声が響く。
それはみさぎにとって、懐かしく心地の良いものだった。
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