142 羊が300匹

 冬のバーベキューは、予想の十倍は寒かった。

 鉄板の熱でだんを取ろうと手を伸ばすが、いまいち心許こころもとない。


「誰だよ、外でバーベキューしようなんて言い出したの」


 さきは相変わらずれんのパーカーを着て、その上にコートを羽織っていた。

 山盛りの肉を皿に盛りながらうったえる咲を、あやが「何よ」とにらむ。


「私よ。こんなの校舎の中でやる訳にはいかないでしょ? 文句があるなら食べないで頂戴ちょうだい

「食べるぞ。食べないとやってられないからな!」


 真っ暗な校庭の隅で、昇降口を照らす外灯を頼りにバーベキューをする。雪はやんでいるが、夜になって一段と冷え込む空気に手がかじかんだ。

 ターメイヤからの転生組と大人達が全員で集まるのは、今日が初めてのような気がする。その面々に昔の姿を重ねて、みさぎは懐かしいなと思った。

 ただ、何となく智と一華が余所余所よそよそしく見える。


「それよりこんな時にバーベキューなんてしてていいのか?」

「いいのよ。肉を食べなきゃ力が出ないのよ? 予定は明日なんだし、もし出ても気付くから。今はちゃんと食べなさい」


 ハロンの出現を控えて、流石さすがの咲も不安がるが、絢はまだ余裕な感じだ。


「これが最後の晩餐ばんさんだとか言うんじゃないだろうな」

「そうならない為の食事よ。夜もさっさと布団に入って、一分でも多く寝ときなさい」


 子供に言いつける親のように人差し指を立てる絢に、みさぎは「うんうん」と相槌あいづちを打った。

 漂っている気配の感じならまだ余裕だ。それよりも、さっき外に出てから気分が良くない。

 絢や智は平気そうなのに、今日に限ってみさぎだけがハロンの臭気に当てられている。


 空腹に耐えかねて少しずつ鉄板に手を伸ばしてはいるが、込み上げる吐き気に口を押さえると、みなとが背中をさすってくれた。


「こういう時、俺に魔法が無くて良かったと思うよ」

「ありがとう。湊くんも魔法使いだったらなって思うことあるの?」

「たまにはね。けど、やっぱり剣で戦うのが好きかな」

「ラルって感じだね……あぁ、また来た」


 再度の波にぎゅっと目をつむると、今度は鉄板の向こうから咲が心配顔を向けてくる。


「大丈夫か? ハロンの気配を感じるのか?」

「気配って言うより、臭いだけかな」

「体調の差かな? リーナ寝不足だもんね。ラルちょっとこっち手伝ってもらっていい?」


 肉を焼く智に呼ばれて、湊が場所を外れる。空になったみさぎの横に、すかさず咲が入り込んだ。


「座ってろよ」


 隅に広げてあった折り畳み椅子を引いてきて、咲がみさぎを促した。

 「ありがとう」と腰を下ろし、みさぎは息をつくように空を仰ぐ。澄んだ夜空にたくさんの星が見えた。


「町とは全然違うね。空だけ見てると、ターメイヤに居た時みたい」

「僕も懐かしいって思うよ。昔のこと考えてる時、みさぎは僕のことも思い出してくれてる?」

「もちろんだよ。だって、星空を見たのは兄様との思い出だもん。二人でいっぱい野宿したもんね」


 戦争で村が焼かれて二人きりになってから、城下でルーシャに保護されるまで、屋根の下で寝たのは数えるほどだった。


「あぁ。辛いことの方が多かった気もするけど、そればっかりじゃなかったよな」

「さっきの話だけど、私兄様はきっと追い掛けてきてくれると思ったよ。そうじゃなかったら、記憶も力も預けなかった。だから、またこうして会えたのは運命なんかじゃなくて必然だと思うんだ」


 小学校の頃、咲はリーナに二度と会えないかもしれないと運命を悲観していたらしい。

 リーナは最初、ヒルスをターメイヤに置いてくる事に後ろめたい気持ちだったけれど、絶対にまた会えるだろうと確信して、彼に自分の意志を預けた。


「運命でも必然でも、僕はもっと早くお前に会いたかったんだ。会えた時は本当に嬉しかった」


 咲は「僕はそこのトイレで泣いたんだぞ」と校舎を振り返り、笑顔で肉を頬張った。



   ☆

 消灯だと言って絢が和室の明かりを消したのは九時を回ってすぐだった。

 窓から差し込む月明かりを頼りに半乾きの髪を乾かして、みさぎは制服のまま布団に潜り込む。いつハロンが出てもいいようにと、靴下も履いたままだ。


 早い消灯に一番文句を言っていた咲は、あっという間に寝てしまった。

 湊や智も、そう時間が掛からないうちに寝息を立てる。なのに、みさぎは全く眠れなかった。


 睡魔が全く降りてこないのは、夕方の会議で寝てしまったせいだ。睡眠時間は足りていないはずなのに、あんなに繰り替えしていた欠伸あくびさえ出てこない。

 絢の「一分でも多く寝なさい」発言に無理矢理目を閉じるが、あせれば焦るほど目が冴えてしまった。


 寝ろと言われて眠れるほど器用ではないのだと天井に向かって訴える。

 ハロンの気配が薄いのがせめてもの救いだ。夕飯の時と比べると気分も大分落ち着いている。


 寝ることに集中しようと思って、今度は羊を数え始めた。

 百匹も数えれば寝れるだろうと考えていたが、そろそろ三百匹になろうという所で物音に目を開く。


 みさぎがまだ起きていることに気付いていないのか、寝たと思っていた智がこっそりと布団を抜け出すのが見えた。

 トイレにでも行くのだろうか。みさぎは彼が廊下の向こうに消えたのを見計らって、そっと起き上がった。

 一向に寝れないのと好奇心で彼を追い掛ける。暗い廊下を灯りなしで進むのは少し怖いけれど、いけないことだとは思わなかった。気分転換に少し話ができればいいと思った。


 けれど彼の目的が分かって、みさぎは来なければよかったと後悔する。

 昇降口の外に一華が居た。彼女が泣いていて、智がその涙を受け止めているのを目撃してしまったからだ。




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