104 暗闇からの気配

「七時半の電車に乗せるから心配するなよ? そっちの駅まではみなとが付いてるから」


 疲労困憊ひろうこんぱいのみさぎからスマホを受け取って、さきれんに説明する。

 みさぎが彼に帰宅時間が遅くなってしまったことをメールしたら、着信が来たという次第だ。


 ──「面倒だから、咲ちゃんお願い」


 そんな経緯で受け取ったスマホから蓮の声がして、咲は素直に嬉しいと思った。


 結局文句を言いながらもみさぎは三往復のハードルをやり切った。

 途中根を上げるだろうと思っていたのに、ほぼ一人でやり切った姿をの当たりにして、咲は自分も頑張らねばと少しあせった。


『何だ、眼鏡くんが来るのか。俺は咲に会えないの?』


「ごめんな。僕も疲れてるから、今日は彼に任せるよ」


 思わずいつもの調子で返事すると、興味津々の顔を向けてくるともと目が合った。

 咲は慌てて彼に背を向け、蓮に「後で電話するから」と伝える。


『わかった。じゃあ待ってるね』


 咲は小さく「うん」と答えて通話を切った。


「彼氏なんだから、遠慮しないで話せばいいのに」

「うるさい」


 残念がる智を睨みつけて、咲は後ろから来るみさぎにスマホを返した。


「駅まで迎えに来てくれるっていうから、蓮に会うまでは湊がついててくれよ?」

「別に家まででも良かったのに」

「いや、車も出せるっていうし、こういう時は身内の方がいいと思うから」


 結果論だけれど、蓮が事情を知っていてくれるのが心強い。今日の事も大体の事は話して、納得してもらえた。


「初日くらい甘えさせてやってくれ。心構えもなしに僕が巻き込んだんだから、頼むよ」

「まぁいいけど」


 湊は苦笑する。


「ありがとね、咲ちゃん。けど明日も部活あるんだよね……」


 駅舎が見えてきたところで、みさぎはもうすっかり夜になった空をぼんやりと見上げた。


「雨、降らないといいなぁ」

「明日はどうだろう。けど、毎日続けてたらそういう日もあるだろうな」


 みさぎは雨を克服するようにと中條なかじょうに言われた。

 それは、体力をつける以上に彼女にとってこくなことだと思う。ターメイヤ時代のハロン戦で雨の中倒れた過去が彼女の恐怖をあおっている。


 高校に入学した当初、彼女の口からそれを聞いた時は驚いた。雨が降るたびに咲はリーナを思い出して湊を睨みつけていたけれど、鈍感な彼はそれに気付いてはいなかったようだ。


 今までは雨が降ったらみさぎの側に居ればいいと思ったし、無理に克服することなんてないと思っていた。

 けれど十二月のハロン戦で雨が降ったら、中條が危惧きぐするように勝利は絶望的になってしまうかもしれない。


「こういうのって、荒療治あらりょうじっていうのかな」


 大きく肩を落としたみさぎに、咲は「そうかもな」と返事する。


「ここまで来たら、頑張るしかない。それって僕たちも一緒にって事だからな?」


 咲もまだ戦いに向けて万全の状態とは言えない。まずはヒルスの実力まで持っていけなければならないのは、みさぎと同じなのだ。


 疲れ果てたみさぎと湊を駅で見送って、咲は残った智に「お前は?」と声を掛けた。

 下り電車が来るまではまだ時間があった。他に人気ひとけもなく、七時閉店の田中商店はすっかり暗くなっている。


「今日もメラーレの所に行くのか?」


 咲は早く帰ってベッドに飛び込みたかった。みさぎ程ではないけれど、流石にあれだけ動いたのは久しぶりだ。


「いや、今日は仕事するって言うから帰るよ」

「仕事ってメラーレのってことか?」

「あぁ──って、あれ?」


 彼女を思ってか、学校の方を振り向いた智の表情が突然固まった。

 「どうした?」と視線を追うが、咲には何も見えない。


「まさか、ハロン?」

「いや、そういうのじゃないけど。何か光ったような……」


 闇へと目を凝らす智。


「またユーレイとか言うんじゃないだろうな?」


 ついこの間、鈴木が学校の七不思議の話をしていた。

 夜の校舎に、藁人形を撃ち付ける音が響くという五番目の不思議は、咲たちの中で『鍛冶師の一華が地下の工房で剣を打つ音』だという結論に至ったけれど、光を見たというならば、また別の不思議が潜んでいるのかもしれない。


 咲が学校から目を逸らした瞬間に、智が「まただ」と闇を見据える。

 「えぇ?」と再び顔を向けたけれど、またもや咲にはそれを捕らえることはできなかった。


「俺行くわ」


 そう言って駆け出した智を、咲は衝動的に追い掛ける。


「おい智、電車くるぞ」


 あれだけ動いた後でも、彼はまだまだ体力が残っているらしい。


「次もあるから。お前は帰っていいからな?」


 素直に帰れば眠ることができるのに、ここで智を一人で行かせるのは勿体もったいない気がしてしまう。


「僕も行くよ」


 彼は魔法使いとして何かを感じ取っているのだろうか。

 何だか面白いことが起きそうな気がして、咲は智の背を追い掛けた。


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