59 気付けなかった二人

  ――『行くなよみさぎ。私を置いていくのか?』


 衝動的とはいえ、その言葉を口にしてしまったことをさきは後悔した。

 保健室で見た夢のせいなのか。これは、ヒルスがリーナにかけたセリフだ。


 「落ち着けよ」と自分に言い聞かせる。

 あれがみさぎの過去を取り戻すきっかけにはならないだろうけれど。


 待ち合わせに現れたのは、みなと一人だけだった。


「みさぎは用があるから、ちょっと行ってくるってさ」


 みさぎの様子が変だった気もするけれど、咲はそれをあまり深くは考えていなかった。


「てっきり、お前の所に行ったのかと思ったよ」

「俺は何も。智も来てないなんてな」

「アイツら二人でいるかもな」


 ニヤリと笑う咲に、湊は仏頂面ぶっちょうづらで黙る。


「まぁそんなことはないんだろうけど、もう少し待とうか。湊と二人で祭に行くなんて滑稽こっけいだもんな」


 咲の中で、今日祭に行くという選択はほぼ消えかけていた。

 ここで四人揃ったら、明日の事や智の運命、そして自分とみさぎの事を話さなければならない。だから、その後に祭りなんて行けないだろうと思った。


 次に到着した上り列車からの客が駅からいなくなっても、二人はそこに現れなかった。

 湊と二人でいる沈黙は、咲にとって苦痛でしかない。ラルの頃から嫌いな湊がみさぎの恋人になってしまったと思うと、更に怒りが増してくる。


 けれど、明日を乗り越える為に彼の力は必要だ。だからここで仲違なかたがいするわけにはいかず、咲は苛立つ気持ちを抑え付ける。


 湊はずっといじっていたスマホをしまい、横目に咲を覗いた。


「海堂、昼間倒れたけど大丈夫なのか?」

「はあっ? お前が私の心配するなんて、天変地異の前触れじゃないのか? やめてくれ」


 かつて湊にそんな心配をされた記憶がなく、咲はしかめ面を向ける。

 湊は投げやりに「あぁ、そうですか」とそっぽを向いた。


「けど、ありがとうな。私は大丈夫だ」

「おぅ」


 湊とうまくいかないのは昔からだ。この関係は一生変わることはないだろうが、嫌だとばかり騒いでいては、きっと後悔する気がした。


「湊、お前はどうしてみさぎのことを好きになったんだ?」

「はぁ? 何で今そんな話しなきゃならないんだよ」

「私が聞きたいからだよ。それに、今聞くべきだと思ったんだ」


 真実を告げる前に聞いておきたかった。

 みさぎがリーナだと分かっている智ならばその気持ちも納得できるが、湊はみさぎの正体を知らないはずだ。

 前に智がそうじゃないかと言った時も、湊は納得しなかったらしい。


「だってお前はリーナが好きだったんだろう? 何でみさぎなんだよ」


 「それは……」と湊はきまり悪そうに言葉をにごして、「何でお前に」と繰り返す。

 そして側のベンチに腰を落とすと諦めたように口を開いた。


「最初は何とも思ってなかった。クラスが一緒で、電車が一緒で、それだけだった。お前が言うように、リーナが忘れられなかったからだと思う」

「そうか」

「けど、時期が来たら落ち合おうと言ってたアッシュが現れないことにあせってイライラしてた時、荒助すさのさんは普通に話してくれたから」

「そりゃ他の奴等は怖いと思うよな。普段だって仏頂面がメイン装備なのに」


 茶々を入れる咲に「うるさい」と言って、湊は続ける。


「リーナにもう会えないのは分かってる。その現実を受け入れたら、荒助さんが好きだったことに気付いたんだ。悪いか?」

「悪いなんて言ってないだろ? 会いたい人に会えない辛さは、私だって分かるよ……」


 湊はぷいと咲から顔を逸らす。


「いや、だから何でお前に話さなきゃならなかったんだよ」

「――聞かせてくれてありがとな。そうだったんだ」


 頭を抱える湊に、咲は「うん」と小さくうなずいた。


「この地球を守るために転生したラルの孤独を、みさぎが救ってたんだな」

「恥ずかしい言い方するな。けど、そういうことだよ」


 湊は否定しなかった。彼の気持ちにリーナはあまり関係なかったようだ。


「結局お前はみさぎを選んだんだな。だったらさ、その荒助さんって呼び方やめろよ。付き合ってるんだろ? 名前で呼んだ方がみさぎも嬉しいんじゃないのか?」

「……分かってるよ」


 咲に背中を向けたまま、湊はボソリと返事する。


 咲は揶揄からかう言葉も見つからず、また時間を確認した。みさぎがここを離れてから、もう三十分程過ぎている。


 ドン、と低い太鼓の音が夕暮れの町に響き渡る。

 祭が始まったらしい。


「それにしても遅いな、二人とも」


 少し疲れてきて溜息ためいきをつくと、遠くから足音が近付いてくるのに気付いて、咲は顔を上げた。

 二人のうちのどちらかと思ったが、必死の形相ぎょうそうで駆け寄ってきたのは珍しくスーツ姿のあやだった。


「どうした、絢さん。何かあったのか?」

「二人とも、ここにいたの」


 目の前まで来ると、絢はひざに手をついて大きく肩を上下させる。ハァハァと息を整えながら、ゆっくりと身体を起こした。


「探したのよ。みさぎちゃんは?」

「今ちょっと用があるって言って、どっか行ったけど……」

「えぇ? じゃあアッシュは?」

「智も居ないけど」


 過去の名を口にする絢を、湊がいぶかしげな表情でにらんだ。けれど絢は湊には目もくれず咲との会話を続ける。


「やっぱり気付いたみたいね」

「気付くって?」

「匂いよ」


 絢はきっぱりと言い切って二人を交互に見つめた。


「貴方たちは分からないんでしょ? まぁ仕方ないわね。アイツが現れたわ。あの二人、もうあの広場に居るかもしれない」

「アイツって、ハロンのことか? でも、僕はまだ何も……」


 咲は誰にもまだ何の説明もしていない。


「今日はまだ九月だぞ? あの二人が一緒だなんて冗談だろ?」

「おい!」


 動揺する咲の腕をつかんで、湊が声を荒げる。

 そこに湊が居るという事を、咲は一瞬忘れていた。


「湊……」

「ハロンて何だよ。アッシュって、先生も……。海堂、お前は誰で、誰と何を話しているんだ?」


 混乱して怒りさえにじませる湊に、咲は叫ぶようにえた。


「ラルお願いだ、アイツらを助けてくれ!」




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