58 不安と焦燥
休み明けはテストだというのに、今朝から教室内は祭モードだ。
三時間目の終わりに保健室から戻ってきた
「祭が楽しみで、昨日あんまり眠れなかったんだよ」
咲はそんなことを言うが、ワクワクとは程遠いぼんやり顔を授業中ずっと窓の外へ向けていた。
祭は五時からの神事に合わせて屋台が開くらしい。
みさぎと咲は男子二人と駅で待ち合わせをして、その前に学校のトイレで少しだけメイクをした。とは言ってもリップクリームを塗って髪を整えるくらいだけど。
その頃には咲の様子もすっかり回復しているように見えた。
「夏祭りなら浴衣着れるけど、もう涼しいからそういう訳にはいかないもんね」
いつも通りの夏制服に、みさぎはベージュ色のカーディガンを
咲はいつもより少しだけスカートを長めに下ろして、「こんなもんかな」と鏡越しにみさぎへ問いかける。
「うん、可愛いよ」
見慣れないスカート丈に首を傾げつつ、みさぎは笑顔を見せた咲にホッと胸を
☆
約束の四時半より少し早く駅に着いた。
いつもの
町からの下り列車からは、構内が
夕暮れの暗い山並みの真ん中に、斜面に沿った赤い光が見える。人々は駅からそこへ向けて
「こんなに人がいるなんて、なかなかないよね」
「今日だけだよ」
時計を確認する咲の横で、みさぎは空を見上げた。
雨の予報はなかったはずだが、町に沈み込むような厚い雲が広がっている。
「はぁ」と短いため息を吐き出した口が、ふと甘い空気を含んだ。
あれと思ったけれど、声には出さない。
――『匂いの事は、俺とみさぎちゃんの秘密にしておいて』
あそこからは大分離れているのに、今日に限って何故だろうと思ってしまう。
「咲……ちゃん?」
「どうした?」
朝電車を下りた時は、こんな匂いは感じなかったはずだ。
鼻を
駅を出る祭客も、誰一人として気付いた様子はない。
「二人とも来ないね」
「可愛い女子を待たせるなんてひどい奴らだな」
落ち着きなく辺りを見回すみさぎの横で、咲は不機嫌に腕を組んで学校の方角へと目を凝らす。時間はちょうど約束の四時半を過ぎたところだ。
甘い匂いは消えるどころかどんどん強くなっている気さえする。
暗い空に胸騒ぎを覚えて、みさぎは
――『何かあっても、絶対に動いちゃ駄目だよ?』
智と自分だけ、どうしてコレを感じることができるのだろうか。
その理由を彼は知っているようだったのに、ちゃんと話せなかったことを後悔する。
みさぎはスマホを確認するが、二人からの連絡は入っていなかった。
湊と智が今ここに現れない理由がこの匂いと関係があるような気がして、みさぎは咲を振り向いた。
「咲ちゃん、私ちょっと用事を思い出したから行ってくるよ。すぐ戻るけど、もし二人が来たら先に行ってて」
「はぁ? 何で?」
突然の事にきょとんと顔をしかめる咲。
みさぎはパチリと手を合わせて「ごめん」と謝る。
あの広場まで走っても、往復でそれなりに時間はかかってしまうだろう。けれど胸を締め付ける悪い予感に、気付かないフリをするわけにはいかなかった。
もし二人に何かあっても、何もすることはできないけれど。
「ちょっとだけだから、行ってくるね」
「おい、いきなりどうしたんだよ」
走り出すみさぎに、咲が慌てて声を掛けた。
「行くなよみさぎ。私を置いていくのか?」
「――えっ?」
その言葉に心が
「咲ちゃん……?」
みさぎは胸元をぎゅっと握りしめて問いかける。前にも誰かに同じことを言われた気がした。
けれど。
立ち止まるみさぎを
早く行かねばと
「咲ちゃんは来ちゃ駄目だよ」
そんなこと言ったら咲が怪しむのは分かっているけれど、みさぎはあえて彼女を突き放した。
走り出すみさぎを、咲は追い掛けてはこなかった。
☆
「……みさぎ?」
ついさっきまで普通に湊たちを待っていた彼女がどこへ行ってしまったのか、咲には見当がつかなかった。
山の方へと行ってしまったみさぎの背が見えなくなった所で、待ち合わせ場所に湊が遅れてやって来る。
「あれ、
咲はまだその状況の悪さに気付くことはできなかった。
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