33 二人きりのお泊り会?

 広井町ひろいちょうの駅に着くと、みさぎが改札の向こうで手を振って咲を迎えた。

 土曜の午後は驚く程人が多く、学校のある白樺台しらかばだい駅とは大違いだ。


「今日の咲ちゃん、すっごく可愛いね」


 みさぎが咲の格好を見て、「わぁ」と声を上げる。

 少し大人びたワンピースは、姉のりんに無理矢理着せられたお下がりだ。友達の家に泊りに行くと言っただけなのに、パジャマまで指定されてしまった。


「アネキの趣味だからな」

「咲ちゃん、お洒落なお姉さんがいるって言ってたもんね」


 膝下丈の、はき慣れないスカートが落ち着かない。

 あしを半分以上隠しているというのに、電車の中では知らない男子の視線をやたら感じた。


「いいなぁ、お姉ちゃん。私もお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんが良かったな」

「嫌なのか? お兄ちゃん……」


 みさぎの兄という存在はうらめしいが、『姉が良かった』発言は咲の心臓にグサリと刺さる。


「別に嫌いじゃないけど。お姉ちゃんだと楽しそうだなって。ほら、咲ちゃんの服とか選んだりしてくれるんでしょ? 私もこの間あやさんに服借りた時、こういうお姉さんが居たらなぁって思ったんだ」


 確かに異世界に居る時、ルーシャとリーナは姉妹のように仲が良かった。


「そうか」

「お兄ちゃん今日は咲ちゃんが来るからって、朝から張り切って掃除してたよ。お兄ちゃんの部屋になんて入るわけないのにね」

「確かに入る予定はないな」


 個人的な部屋に入るなんてことは、まずないと思う。


「けど、咲ちゃんがお泊り会楽しみにしてくれて良かったよ。ちょっと前はお兄ちゃんの話すると怒ってるみたいだったから。あんなお兄ちゃんだけど、意外と優しい時もあるんだよ」


 みさぎの兄評価はいつもあまり高くない。自分以外の兄への低評価は嬉しい筈なのに、何だか自分のことを言われているような気がして、咲は複雑な気分だった。


「あんな、って。私はみさぎのアニキがどんな人なのかなって思っただけだよ」


 メラメラと燃える対抗意識が、知らぬ間にみさぎに気を遣わせてしまったようだ。


 今日はただ『お兄ちゃん』が確認できればいいんだと咲は自分に言い聞かせる。間違っても飛び掛かったりはしないように。


「まぁ、それはないか」


 咲はこっそり呟いた。



   ☆

 駅から少し離れたスーパーを経由して、二人は荒助すさの家へ向かった。

 比較的駅に近い場所で、五年前に咲がこの町で住んでいた場所とは学区も大分離れている。


 「ここだよ」と言われた洋風の一戸建ては、住宅地のど真ん中に建っていた。

 田舎のあまった土地に悠々と建てられた咲の家とは違い、隣との間隔は狭い。


 「ただいま」とみさぎが玄関を開けると、奥から若い男が姿を見せた。


「お帰り。あっ、咲ちゃん! いらっしゃい」


 男はみさぎの後ろに咲を見つけて、声を弾ませた。

 今どきの、といえば今どきの『普通の大学生』というのが、咲が見た第一印象だ。顔がみさぎと良く似ている。


「兄のれんです」


 軽く頭を下げた蓮に、咲はムッとした気持ちを抑えて「海堂咲です」と挨拶する。


「緊張しなくていいから。それより……」

「あれ、お兄ちゃん出掛けるの?」


 蓮が言い掛けたところで、みさぎが兄の片腕にリュックを見つけていぶかしげな表情を見せた。


「そうなんだよ。咲ちゃん、ゴメンね。せっかく俺に会いたいって言ってくれたのに、今日シフトだったバイトの先輩が熱出したらしくてさ。急にピンチヒッターに入ってくれって頼まれたんだよ」

「えええ、今からぁ?」

「もう行かなきゃなんないから、本っ当にごめん。けど、咲ちゃんに挨拶だけでもできて良かったよ」


 怒り出しそうな妹を「お土産買ってくるから」となだめて、蓮は咲に向けて両手を合わせた。


「明日の午前中はずっと居れるから、今日は二人で楽しんで」

「あ、いえ。こうして会えただけでも良かったです」


 とりあえず咲の目的は『みさぎの兄がどんな奴か見てみたい』で、一緒に過ごしたかったわけではない。目的は既に達成してそれ以上彼と話す理由はないけれど、何だか物足りない気分になってしまう。


「そう言ってくれると嬉しいよ」


 蓮はもう一度「ごめん」と言って、そのまま家を後にした。


「ゴメンね、咲ちゃん。もう、お兄ちゃんてば……」

「いいよいいよ。仕事ならしょうがないから」


 それよりも、家を出て行った蓮が傘を手にしていたのが気になる。


「今日、雨降るのか?」

「夜に降るって、朝のニュースで言ってたよ。お兄ちゃんのバイト、結構帰りが遅くなるんだ」

「へぇ」

「私の事なら気にしないで。咲ちゃんが居るんだもん、平気だよ」


 「どうぞ」と中へ促すみさぎに不安は見えない。


「そうか。今日は雨が降るのか……」


 彼女がそのままの笑顔でいられますようにと祈りながら、咲は晴れた青空を見上げた。


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