32 男になんて興味ないから
何か言いたげな顔が
顔一つ分背の高い智が、咲の顔に影を落とした。
「と、とも、いや、アッシュ……久しぶりだね」
「きゃあ」という黄色い悲鳴がホームから聞こえたのは、この状況が俗にいう『壁ドン』のシチュエーションだからだろう。
そんな甘い空気など、当人にしてみれば
「お前、みさぎに告ったんだろ? 私とこんなことしてちゃマズいんじゃないのか?」
「別にお前と気まずいようなことする予定ないし。それとも、するつもりだった?」
智の笑顔が怖い。こんな状況、
「いや、絶対ないから」
「なら心配いらないでしょ。けどやっぱりみさぎちゃんはリーナだったんだね」
「…………」
「ここまでバレて黙るつもり?」
「上から物を言うような奴に、教えてやるかよ」
「まぁそうだね。中身がいくら男だって、他人から見たら可愛い咲ちゃんを俺が
「いや、十分脅してるだろ」
少し気持ちに余裕ができて、咲は智を
「分かったよ」と智の手が壁を離れて、ホッと胸を
「じゃあ、そこの店に行こうか。
そう言って智が指差したのは、
絢の正体にまで智が気付いているとは思えないけれど。
咲は「分かった」と答えて、言われるままに智の後を追い掛けた。
☆
店に入った時、ちょうど買い物を済ませた近所のおばあさんとすれ違った。
客は彼女だけだったようで、中に居た絢が「いらっしゃいませ」と声を掛けてくる。
「あら、珍しい組み合わせね」
開口一番そんなことを言う彼女の今日のスタイルは、Tシャツにタイトなミニスカートだ。それだけだといつもより大人しめだが、何故か髪はツインテールで、網タイツにピンヒールのサンダル……とおかしなことになっている。
「デートじゃないですよ」
智はそう説明してメロンソーダを二つ注文すると、奥の席へ移動した。
彼が向こうを向いている間に、咲は絢へ『バレた』と無音で口を動かす。その状況はすぐに伝わって、絢は『ええっ?』とこれまた表情だけで
『どうしよう』と女二人で動揺し合うが、智が席に着くのと同時にスッと冷めたように真顔を作る。平常心を装うのに必死だ。
「で、さっきの質問だけど。みさぎちゃんはリーナなんだね?」
「あぁそうだよ。アイツはお前たちを追って来たんだ。けど、お前らはアイツに戦わせたくないんだろ? だったら記憶の戻ってないアイツをそっとしておいてくれないか?」
「やっぱりそういうことか」
咲は
十月一日にお前が死ぬのだとは口が裂けても言えないけれど、智を納得させるにはリーナが『追って来た』という言葉だけで十分だった。
カツカツとヒールを鳴らして、絢がお盆にのせたメロンソーダを運んでくる。
「ご注文の品は、以上になりまぁす」
絢は空の盆を両手で胸の前に抱きしめて、やたらと可愛いポーズを見せてくる。昨晩のメイドごっこが抜けきっていないのかもしれない。
「ありがとうございます」
智はアラサーメイドに惑わされることなく自分のグラスを手に取ると、よほど喉が渇いていたのか一気に半分以上を飲み干してしまった。
絢がカウンターの向こうに戻って行ったのを確認して、智は話を続ける。
「そして、お前はリーナを追って来たのか」
「まぁな」
大正解だ。間違っていない。
「みさぎちゃんちに泊まりに行くって言ってたけど、向こうのお兄さんに対抗意識燃やしてるの?」
「ぐふぅ」
メロンソーダを口に含んだところで、咲は思わず吹き出しそうになった。
アッシュとの兵学校時代は長い。寄宿舎に居る間は部屋も同じで、お互いの事なんか
「アイツを守るのは小さい頃からの僕の使命なんだ。その役目を他の奴に譲りたくない。とりあえず、どんな奴か見てくるよ」
「湊がお前とはタイプが違うって言ってたもんね。まぁ、今は女友達って立場なんだから、ほどほどにしときなよ。けど何でお前は男じゃないの? ルーシャが間違った?」
ドン、とキッチンの方で何かを打ち付ける様な音がした。こっちの話は筒抜けらしい。
入って来た時、スピーカーから聞こえていたラジオが消えている。
「ん? 奥で何かあった?」
「本でも落としたんだろ。この身体は、僕がこうしてくれってルーシャに頼んだんだよ。まぁ、色々思う事があってね」
注意をこっちにそらすと、智は「そうなんだ」と
「けど、やっぱりリーナは来ちゃったんだね。そうなるのかなっては思ってたけど」
「嬉しいか? お前は……嬉しくないか?」
「どうだろう。こんなこと考えちゃダメなのは分かってるけど、少しだけホッとしてる」
「智……」
けれど智はすぐに「いや」と否定して、空になったグラスをテーブルに置いた。
「リーナはもうウィザードじゃないんだもんな。あてになんかしちゃ駄目だよね」
「そう、だな」
智の中に潜むハロンへ対する恐怖を
「この間湊に、みさぎちゃんはリーナに似てないかって言ったら、アイツは信じなかったよ」
「アイツは昔から頭硬いからな。けど、湊には言うなよ?」
魔法使いは
智は「分かったよ」と
「お前は、みさぎがリーナだって気付いたから告白したのか?」
「まぁね、直感ってやつ? もし間違っててもみさぎちゃん可愛いし」
「相変わらず調子のいいナンパ野郎だな。けどアイツは……」
「分かってるよ。本当にリーナだったら諦めようと思ってた。けどきちんと返事貰うまでは期待しても良くない? だってさ、諦めきれないじゃん?」
リーナは最後まで答えを出さなかったけれど、ずっと
「俺は、
「智……」
息が詰まりそうになった。
「僕も……」
そう答えた口が真実を口走りそうになる。
お前はもうすぐ死ぬのだと。自分はどうすればいいのかと。
聞きたくて、話したくてたまらなくなる。
けれど、すぐそこに絢がいた。
何も考えず衝動的に告げたら、きっと後悔する。解決策などゼロに近い最悪の現実を突き付けて、精神的に地獄へ落とすことなんてできない。
だから、出しかけた言葉を飲み込んで、咲は笑顔を取り
「僕も、アッシュに会えて良かったよ」
「そういえば、この間もそんなセリフ言ってたな」
何も知らない智は、
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