第2話 再会

 日がしずみかけて辺りが夕暮れに包まれた頃、ユナは山道を進んでいた。

 山に入る前に追いついておきたかったが、あいにくとかなわなかったのだ。

 思っていたよりも目標の足が速かったのもあるが、道中で再度ゴブリンに襲われたことも大きかった。

 かなりの数が生息しているのかもしれない。

 それもおそらくは、ユナが今立っているこの山に。

 ゴブリンなど歯牙にもかけない実力があるユナであっても、際限なく襲われるかもしれないというのはぞっとする話だ。

 リスクと得られるものを天秤にかけてリスクにやや傾きかけていたが、それでもユナは引き返すことをしなかった。

 己の勘がそろそろだと告げていたからだ。

 そしてそれは正しいと言わんばかりに、一軒いっけんの山小屋が見えてくる。

 煙突えんとつからはけむりが見えていて、中に人がいるのは間違いなかった。


(どうにかして不意を突きたいところだが……)


 目的を考えると戦闘は仕方ないとしても、相手の力量が分からない以上は正面からは避けたい。

 ユナは静かに息を吐きだして、可能な限り気配を殺して山小屋に近づいた。

 所有者のいない打ち捨てられていた小屋に思えたが、造りは思いのほかしっかりしている。

 扉を閉じて何か重い物でも積んでおけば、ゴブリンが襲ってきてもやすやすとは侵入できないだろう。

 仮に逃げた奴隷の女がいなくても、今日はここで休むとユナは決めた。


(ひとまずは様子を見るか)


 扉のある正面から裏へと回り、息をひそめる。

 壁にはところどころ小さな隙間が空いており、覗き込めば中の様子がうかがえた。


(ひげ面の男と若い女。奴隷と聞いたが女の身なりは良いな。如何いかにも手入れが必要そうな金の長髪をしているし貴族の令嬢れいじょうか?)


 二人の距離は離れている。

 それはそのまま心の距離を表しているようで、親密な仲というわけではなさそうだ。 

 男は壁に背を預けており、女は膝を抱えて座っていてその表情はうかがえない。


(男の方はさすがに武器を手放してはいないか。雰囲気はある。それなりに腕は立ちそうだ)


 早く安全な場所を確保して休みたい気持ちもあるユナは、はやらないように自分を抑えつつ、れ聞こえてくる二人の会話に耳をかたむけた。

 会話というよりは一方的に男が話しかけている様子だ。

 話す内容も奴隷商人から逃がしたことのリスク、ここから王都へたどり着くための自分の有用性など、女の関心を買おうとしているのがうかがえるが、女は何もしゃべらない。

 膝を抱えたまま、無言を貫いている。

 その状況にごうを煮やしたのか、男は丁寧だった口調を荒げて女に詰め寄った。


「なぁ、少しはおしゃべりしてくださいよ、アリーシャ姫。こうも黙っていられると気が滅入りそうなんだ」

(貴族とは……まさか)


 想定外の名が出て、思わず息を飲むユナ。

 距離の近さにそのままではいられなかったのか、姫と呼ばれた女――アリーシャが顔を上げた。

 彼女の青い瞳にはありありと怒りの色がにじんでいた。 


「お前と話すことなど!」


 男はアリーシャの反応を引き出せたのが嬉しかったのか、丁寧さは捨てたまま軽薄な笑みを浮かべて話を続ける。


「ガロだ。名乗っただろ? 助けてやったんだ。そう邪険にしてくれるなよ。お互いに親しくなれれば、今の状況だって楽しくなるかもしれないぜ」

「親しくなどよくも抜け抜けと。あれだけのことをしておいて……自分をさらった相手に心を許すはずがないでしょう!」

「くくっ、それでその態度か、上手くやれたと思っていたが気づいていたのか。姿は見せなかったつもりなんだがな」

「隠したいなら脅すなんて趣味はさらすべきではなかったわね。お前の声は耳にさわるのよ」

「そいつは手厳しい。だが、ならなぜ俺の手引きで逃げ出した? 逃げて俺をまけると思ったか」


 愉快そうに笑う男――ガロを、アリーシャはキッと睨む。


「お前こそどうしてわたくしを逃がしたの?」

「なんだ、俺と話すことはなかったんじゃないのか? ……黙るなよ。冗談だ。こちらも退屈でね。簡単な話だ。別口からオファーが入って、より儲かる選択をしたのさ」

「最低ね。自分のことしか考えていない」

「誰だってそうさ。アンタだって今もどうやって逃げ出すか、どうにかして俺を殺せないか考えているだろう? 自分が助かるために」

「少し違うわ。どうすれば情けなく命乞いをさせてみじめな死を与えられるかを考えているもの」

「おお、怖い怖い。だが、立場はわきまえてもらわないとな」


 男は威圧するようにアリーシャに近づく。

 アリーシャはそれでも引き下がらない。


(危ういな)

 

 まるで誘っているようだとユナは思う。

 あと一押しあれば、ガロという名の男は物理的に分からせようとするだろう。

 従順でない相手を連れてでは、この山は越せない。

 引き返すのも難しい。

 となればどうするか。

 アリーシャは見目麗しく、ガロは欲望に忠実そうだ。

 展開は容易に想像できた。


(殺るか)


 またがってズボンを下ろしでもしてくれたら後ろから楽に片づけられそうだが、アリーシャがユナの考えている通りの彼女であるならば、間違っても傷物にするのは避けたかった。

 無事であってこそ値も上がるというもの。

 それに彼女に恩を売れれば、選択肢も増やせる。

 あの男ではないが、ユナとてより儲かる選択をしたい。

 そしてそんな打算を抜きにしても、ユナは感情の面でアリーシャを助けたかった。

 それは損得で冷徹に物事を判断するきらいがあるユナにしては、珍しい感情の機微きびだった。

 

(彼女と交わした会話なんてほとんどなかったというのに。本当にどうしてだろうな)


 理由は分からなくても、ユナがどうしようもなくそう思ってしまったのだから仕方ない。

 あとはどう割り込むかだが、これは扉から行くことにする。

 隙間から覗いた限りでは扉にかんぬきは付いていないし、侵入をさえぎるような物も置かれていない。

 男は扉に背を向ける形で立っているので、反応も遅れるだろう。

 少しの隙さえあれば、ユナには十分だった。

 ユナは扉の前に回ると、聖剣セレーネを片手に、懐から短刀を抜いた。

 剣士として少なからず名が知れている彼女だが、なにも剣を振り回すだけが能ではない。


 ――キィッ。


 なるべく静かに扉を開けたつもりでも、傷んでいるせいかきしむような音が鳴る。

 反射的に腰の剣の束に手をあてて振り向いたガロの額に向けて、ユナの手から銀の刃が飛ぶ。


「だ……ぶねぇ!」


 必殺だったはずの一撃を、身体ごと首をひねることでかわされてしまう。

 完全には避けきれず額からは流血しているが、仕留しとめるつもりだったユナにしてみれば誤算だった。

 それでも有利なのはユナの方だ。

 相手の態勢が整わないうちに距離を詰め、ガロが抜こうとしていた剣の上から腹を蹴り飛ばす。

 くの時に身体は折れ曲がるが、敢えてそらしたのだろう。

 その証拠に激しい衝撃が伝わったはずのガロの手は、武器を手放していない。


(まともに戦うのは危険な相手だ。このまま押し切る!)


 ユナは流れのままに握る聖剣セレーネを振るうが、それも抜かれた剣で止められてしまう。

 二度、三度と剣を振るうたびに甲高い音が室内に響き、図らずも打ち合う形となる。

 内心の苦々しさを表情から隠さないユナに、次第に余裕を取り戻したガロは重ねた刃越やいばごしに獰猛どうもうな笑みを浮かべて言う。


「その赤い髪……見たことがあるぞ。【赤髪のユナ】だな」

「私はない!」


 ユナは持ち込まれたつばぜり合いから押し切って距離を離し、大きく横に振るう。

 再び響く甲高い音。

 ガロの素性など気にしても仕方がない。

 奇襲をして剣を打ち合う状況まで持って来られたのだ。

 ここまでの流れはユナにとって敗北に等しかった。


「つれないな。同業者じゃないか。アンタが名を売ったあの戦場に、俺もいたんだぜ」


【赤髪のユナ】の名が通るようになったのは、三年前の隣国アカネイアからの侵略を受けての戦のおりだ。

 国境を破られ、敗北続きだったラグナ王国側は、総力戦として出自を問わない形での傭兵部隊も広く募集した。

 ちょうどその頃に他国からこの国に流れてきていたユナは、若さに任せてはした金に等しい金目的で参加し、同じような者が多く散っていく中で名を残して生き抜いた。


「戦場のアンタはそれは美しかった。これほどの女を抱けるならほかに何も要らないとさえ思った」


 多くの敵をほふり、ついには将の首も取った。

 返り血を浴び続けてもなお鮮やかな赤い髪は、いつしか敵には畏怖いふ象徴しょうちょうとなり、味方はその存在だけで鼓舞こぶされた。

 ユナ・ミラシアは戦時の英雄であったのだ。


「近くで戦っていてこれは格が違うと思ったものだが――」


 鋭く突かれた剣に、ユナの赤髪が数本宙に舞う。

 首を振って避けられはしたが、奇襲の優位性を完全に失ってしまったのは明らかだった。


「――今なら届きそうだ。手を抜いているのでなければ弱くなったか?」

「うるさい」


 自覚はあった。

 ユナはあの頃の戦場での姿と比べると、確実に弱い。

 いな、意図的に力を抑えているのだ。

 それは相手をめているからではなく、力の開放にはユナの身体に少なくない負担がかかるからなのだが。


(仕方ない)


 それでも、負けるよりは遥かにましだ。

 ユナは意識して己に設けていたかせを外す。

 瞬く間に塞き止めていた魔力が血に溶けて体内を巡り、赤髪が紅蓮ぐれんの炎を宿やどすかのようによりしゅを強めて波打なみうち出す。


「これは」


 明らかに変わり始めたユナの気配に、ガロの表情からは一切の余裕が消える。

 ユナは英雄としての力をなくしたわけではない。

 力にはすべからく対価が必要で、ユナにとってのそれは己の身体が内包する魔力と自身の血だ。

 いずれも時を置けば回復はするが、使い続ければ文字通りに命を削る。

 ユナもそれが分かるから、普段は抑えているのだ。

 使わずに済むのならそれに越したことはない。

 ――だから、ユナは意識して枷を戻し、力を使うのを止めた。


「何を……ガッ」


 ユナの目まぐるしい変化に気を取られていたガロは、背後からの急襲には気づけなかった。


「そう、来るかよ……」


 己の腹部から生えた銀の刃を見たガロの顔に、自重するような笑みが浮かぶ。

 ユナが投げた短刀を拾ったアリーシャが、隙を見て背後から突き刺したのだ。


「覚えておくことね。我がラグナ家の家訓は『受けた借りは返す』、よ!」


 アリーシャはそう言うと同時に、ガロの横に回るようにして深く切り裂きながら勢いよく短刀を引き抜いた。

 途端、ガロの腹からは勢いよく血が噴き出す。

 ついには攻撃を受けても手放さなかった武器を手放して、腹を抑えながら背後の壁まで後ずさってくずれ落ちた。


「ざまあ……ねぇな」


 血を吐いているところを見るに、臓器ぞうきが傷つけられたのだろう。

 致命傷ちめいしょうだ。

 王宮に仕えるレベルの高度な回復魔法の担い手でもいればあるいは助かるかもしれないが、このような山奥ではまず望めない。

 普通ならばの話だが。


「助かりたいかしら?」


 彼女がアリーシャ・フォン・ルナ・ラグナその人であるのならば、他に比肩する者がいないほどの高度な回復魔法の使い手のはずだ。

 かつてユナは、実際に彼女のその力を体感しているのだ。


「さすがは【慈愛の聖女】とうたわれる姫殿下……すぐにでも殺したいであろう男であっても、助かる道を、残してくれるとは」


 言葉は絶え絶えでも、ガロの目はまだ死んでいない。

 下手に出てすがりつくような無様をさらさずに、冷静に生き残る道を探っている。


「質問に答えなさい。わたくしがあの日あの時間に、あの場所の慰問に訪れるのを知っていたのでしょう? そうでなくてはできるはずがないことを、お前はしたのだから」

「さて、どう、だった……か」

「誰かにそうするよう依頼されたのではなくて? だとしたらわたくしは、それを知る必要がある」


 アリーシャはガロを見下ろす目を鋭くする。

 それは確信に近いものを感じさせる問いかけだった。


「話すまで、もたんぞ」

「……いいわ。ユナ、この男が少しでも妙な真似をしたら首をねて」

「承知しました」


 突然名前を呼ばれて少し驚いたユナであったが、その言葉にいなやはない。

 ガロとて立場は分かっているだろう。

 少なくとも今は、無駄な抵抗はしないと思えた。


えよ」


 ただそれだけを命じるだけで、世界は彼女の思い描いたままに動く。

 これがアリーシャ・フォン・ルナ・ラグナの生まれ持った才覚であるのならば、確かに彼女は聖女と呼ばれて然るべきだろう。

 純然たる魔力によっていともたやすく行われる奇跡。

 神の御業としか思えない回復力で、ガロの流れる血が瞬時に巻き戻され、青くなっていた顔に血の気が戻る。

 通常の回復魔法であれば傷は癒せても、失ったものまでは戻せない。

 死者さえもよみがえらせることができるのでは。

 ユナがそう思ってしまうほどの力だった。


「これですぐには死なないはずよ」

「治った……ぐっ、わけじゃないのか。さすがに全快はさせてくれねぇか」


 腹に走ったのであろう痛みに、ガロは手で押さえながら顔をしかめている。

 傷はふさがっても、臓物は傷ついたままなのかもしれない。

 本当にすぐには死なない程度に回復させたのだとしたら、アリーシャのもたらした奇跡が慈愛と呼べるかは微妙なところだ。

 実際、アリーシャの目には隠し切れない憎しみの色がにじんでいるようにユナには思えた。

 そして、その視線が目の前の男の先を見ているように感じるのは、男が実行犯に過ぎないことを知っているからだろう。


「わたくしをさらわせたのは誰?」

「……ラザフォードだ。以前からよく裏の仕事をもらっていてね。その縁で依頼を受けた」

「ラザフォード……子爵家の者ね」

「アリーシャ様。私はここに来る前、貴女を運んでいた奴隷商人と会っています。家名は聞けていませんが、買い手は子爵とこぼしていました。それにここはラザフォード子爵領のそば近く。信憑性はあるかと」


 ユナは横からそう補足する。

 ガロは傭兵だ。

 裏の仕事を以前から受けていたのが事実であれば、雇い主と付き合いは長いのだろうが、そこに命を懸けるような男には見えない。

 おそらくは本当のことだろう。


「ですが、全てがラザフォードの依頼を受けての行動なら、道中でアリーシャ様を逃がしたのはに落ちません。それに、このまま山越えを行えばラザフォード子爵領からは離れてしまう」


 この山を越えてさらに進めば王都に戻る。

 だからアリーシャはそれを目指したのだろうが、ガロがラザフォードに直接売り渡すつもりであればそうはさせないだろう。

 つまりはこの男にとっても、アリーシャが王都に戻ろうとするのは都合がよかったことになる。

 ユナはそこまで思考を巡らせて、いよいよ面倒事が厄介事となり果てる事実に思い至った。

 アリーシャ・フォン・ルナ・ラグナの敵は別にいるのだ。

 それもおそらくは彼女に近い人物に。


「襲わせたのラザフォード。買い手は別にいるということか」


 ユナが鋭い目を向けると、ガロは「質問に答えただけだ」と悪びれずに言う。


「名前は知らない。俺はただアリーシャ姫を連れていく場所と報酬の書かれた手紙をもらっただけだ。こちらの行動を知られている不気味さはあったが、誰だって一生遊んで暮らせる機会があれば賭けてみたくもなるだろう?」

「どうかな。私なら誰とも知れぬ相手に賭けようとは思わないが」

「夢がねえな」


 ガロはつまらなそうにそう吐き捨てると、続けて約束の場所を吐いて、心配なら自分を縛るようにうながした。

 どうやら眠るつもりらしい。

 失った体力の回復に努めたいのだろうが、命を握られている状況で大した胆力だ。

 行動の自由を奪うのは望むところではあるので、ユナはガロ自身が荷物として持ち運んでいた縄で上半身と足を縛った。

 アリーシャに使う為に用意していたとのことだが、それで自分が縛られるとは皮肉な話だ。

 もっともこちらを安心させて油断を誘う為の罠の可能性もあったので、ユナは縛り終えると同時に前触れもなくガロの足と腕の腱を切った。


「畜生がっ、容赦ねえな」

「アリーシャ様の慈悲があれば、私たちが発つ頃に治してくださるだろう。命があるだけ感謝することだ」


 失血死だけはしないようにとガロの服を裂いて巻くことで止血して、ついでとばかりに口と目の辺りもきつく巻きつける。

 さらにその時に上げた呻き声がうるさかったので、腱を切った短刀の柄で殴りつけることで昏倒させた。

 ユナは死んでも構わないくらいの気持ちで殴ったが、おそらく死んではいないだろう。

 本音で言えば後腐《あとくさ》れのないようにここで禍根かこんを断っておきたい。

 実際、王国騎士にも引けを取らないくらいにこの男は強かった。

 ユナが命を削って戦う覚悟をした相手。

 一国の王女をかどわかすという国を揺るがす密命を受けるに足る、優秀な力を持った傭兵だったのだ。

 だが、今は勝手が許される状況でもない。

 決断は当事者である彼女に委ねよう。

 そう思い直し、ユナは視線をアリーシャに向ける。


「改めて感謝を。貴女が来なければわたくしは無事ではいられなかったでしょう」

「それが分かっているのならば、不用意に挑発などしないで欲しかったのですが」

自棄やけになっていたのは認めるわ。言い返さずにはいられなかったのよ」


 アリーシャのあっけらかんとした物言いに、ユナは困ったような笑みを返す。

 せめて反省くらいはうながしたいところだが、今はそれも置いておくことにする。

 こんなところで再会することになるとは、本当に夢にも思っていなかったのだ。

 金色に染め上げられたシルクを思わせる美しい長髪。

 宝石のような瞳に、精緻せいちに整った顔つき。

 衣装は土やホコリで薄汚れているが、それが彼女の品位をおとしめることはない。

 記憶にある通りの、否、より美しく成長した彼女がそこにいた。


「久しぶりね、ユナ。わたくしを覚えてくれているかしら」

「王女殿下ほどの高貴な方から声をかけていただいたのは、後にも先にもあの一度のみでしたから。下賤げせんの身でそのような栄誉をたまわれば、さすがに忘れはしませんよ」

「その割には歓迎していなかったように思えたけれど」

「今も歓迎はしていません。変わらず面倒だと思っています」

「まあ、失礼ね」


 クスクスと楽しそうに笑うアリーシャに、ユナは困った様子を濃くする。

 それでも、アリーシャのこうした表情を見れて嬉しいと思う自分もいるのだ。


(ああ、本当に面倒事だ)


 自分は彼女の空気を気に入ってしまっている。

 だからやはりどうしようもないのだろう。

 ユナは長く息を吐き出す。


「ユナは味方?」

「さて、どうでしょう。幸いにもフリーですので交渉の余地はありますよ。欲しければ高値を示してその気にさせてください」


 報酬に頭を悩ます顧客の羽振りが良いことを祈りつつ、ユナは扉のかんぬき代わりに備えられていた薪木を積んで、疲れ切った身体を休めることに思いをせるのだった。

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