第2話 ベストシーンは必然的
ガチャン
チャリチャリ
ゴトトトト
マウンテンバイクの醍醐味は、なんと言ってもその走破性能だ。山の急斜面を駆け下りる『ダウン・ヒル』にも、いつかチャレンジしてみようと思う。そんなことを考えながら、僕はいつもの河川敷でブルース・ハープを吹いていた。
「よっ! 待ったかい?」
「光岡さん!?」
「もー、苗字で呼ぶなんて水臭いゾ。サラでいいよ」
「じ、じゃあ、サラちゃん?」
「さーらー」
「さら」
「よし! で、今日は何の撮影?」
「この場所で夕陽をバックに2台のマウンテンバイクのシルエットをタイムラプスで撮ろうと思うんだ」
「タイムラプス? ナニそれ?」
「背景がゆっくりと流れていく長時間撮影の事。スローモーションの逆だよ」
「あー、なんかそれ見た事あるかも」
「じゃあ、ここの柵にサラのMTBを立てかけて」
「りょーかい。キミのも?」
「ああ。でも、なんかサラのと比べると見劣りするなぁ」
「そんなコト気にしないの!」
「高かったんだろ、そのバイク」
「35万円くらいだったかな」
「すげぇな」
「まーねー。パパお金持ちだから」
「いいトコのお嬢様は違うな」
「ううん、パパと言うのは『パトロン』の事だよ?」
「ぱ?」
「シムは知らなかったっけ。私さ、本当の父親いないんだよね」
「へ?」
「だからさ、パパは私のカネヅルなんだよ」
「なんだソレ? 愛人ってヤツかよ?」
「まーねー」
サラの自由奔放な発言に、僕は少しショックを覚えていた。てっきり彼氏などいないだろうと思い込んでいた自分の浅はかさに嫌気もさした。
「あーれー? シム、どうしたの、そんな暗い顔して。もしかして私がそんな事してるのがショックだったりー?」
図星を突かれて、僕は一瞬たじろいでしまう。
「気にしなくて良いよ。だって私は誰のモノでもないし。さ、ちゃっちゃと撮影始めないと陽がくれちゃうよーん」
「そ、そうだな。じゃあ、始めるか」
僕は三脚を立て、構図を決めてカメラをタイムラプスモードにすると、録画開始のボタンをタッチする。ちょうど良い具合に夕陽に染まった雲が流れていく。
「なんかイイ感じじゃない?」
「ああ、悪くないな」
「ねえ、この動画にはどんな音楽を付けるの?」
「まだ考えてないんだけど、サラは何かオススメある?」
「そうだなー、ドビュッシーとかどう?」
「アラベスクとか?」
「それも良いけどさぁ。『月の光』なんか良いと思うなー」
「ちょっと静か過ぎないか?」
「いいじゃん、ロマンチックで。なんなら私、シルエットで踊ってあげようか?」
「タイムラプスでダンスはちょっとムズいな」
「それをなんとかするのが監督の腕の見せ所でしょ?」
「そんなに言うなら、チャレンジしてみるか」
「そうこなくっちゃ! レッツ・ダンス!」
そう言うと、サラは持ってきた白いワンピースに着替え、2台のバイクの前に躍り出た。
「出来るだけゆっくり動いて」
「パントマイムの要領だね」
サラはまるで、ロボット人形みたいにカクカクと動きながら、カメラのフレームに入っていく。静かな時間の流れと共に、ゆっくりと夕陽が川面に沈んでいく。サラのダンスがシルエットとしてカメラのモニターに映し出される。やがて夕陽は沈み、茜色の空が青みを増して来る。
「カット。良く出来たな」
「そう? 今観れる?」
「ちょっと待って。ほら、こんな感じ」
「おー、イイね!」
カメラとサラのアイパッドをブルートゥースで接続して画面に映し出す。
「ちょっと音楽入れてみよっか」
サラはダウンロードしてあった『月の光』を動画に挿入する。
「ほら、どーよ、どーよ?」
「本当だ、すげーイイ感じ」
「だしょー?」
「サラはセンスが良いんだな」
「へへん。シムの構図もイイ線キテると思うな」
「ははは」
「へぷしっ。ちょっと風が出てきたね」
「そうだな。そろそろアガリにするか」
「りょーかい」
僕は機材をバックパックに詰め込み、バイクのヘルメットをかぶってサラに別れを告げる。
ここで、この物語は冒頭へと至る。
***
遮光カーテンの隙間から、眩しい光線が差し込んでくる。
「あれ? ここは??」
ゆっくりとベッドから起きて周りを見渡す。見覚えの無い部屋だ。そうだ、僕はあの時にサラと身体が入れ替わって、あの後どうしたんだっけ?
「ん? 起きたのか?」
「うぉっ! 誰だよ!?」
「サラ、どうしたんだい?」
ベッドの隣には見知らぬ中年男性が横たわっている。しかも裸で! ってゆーか、僕も何も着ていないっ! やっべ。これってもしかして、いやもしかしなくてもアレだよな。そしてコイツは間違いもない・・・
「パ、パパ?」
「どうした。悪い夢でも見たのか?」
「そ、そうみたい」
ど、どーすりゃいーの。コレ?
「んー、腹が減ったな。サラ、何か作ってくれないか?」
「う、うん。いいよ、パパ」
ゴソゴソとベッドを抜け出し、その辺に脱ぎ散らかしてあったサラのものであろう下着やスェットをいそいそと着込むと、キッチンに向かう。冷蔵庫を開けてみるが、あんまり食材は入っていない。
「か、カップ麺でもいいかなー?」
「お、それでいい」
なんだなんだ。ずいぶん上目線のオヤジだな。まあ、あんな高い自転車をポイポイ買い与えたり、こんな良いデザイナーズマンションっぽい所に囲っているんだ。このオヤジはきっと一流企業のリーマンかなんかに違いない。
「何なら宅配のピザでもいいぞ」
「そ、そうね」
壁掛けのシュールな時計を見ると時間は午前11時30分。ピザ屋も開いている時間だろう。キッチンに置きっぱなしだったサラのスマホで宅配アプリを開くと、注文履歴からピザを選択してオーダーする。
「25分で来るってー」
「そうか。いつものヤツか?」
「そーだよー」
あれ? 何か後ろから気配が。
むぎゅ
いきなり胸を鷲掴みにされた。
「いやっ、ナニするの? やめてよねっ!」
「何だよ、昨夜はあんなに激しかったのに」
「今はそう言う気分じゃないのっ!」
サラの野郎、お楽しみだったのかよ。しかし、不覚にもちょっと感じてしまったんだよな。これがオンナの感覚ってやつか。
「ピザ食べ終わるまではオアズケだよーん」
僕のブリブリブリもそろそろ限界だ。何とかしてこの場を切り抜けなければ。
プルプルプル
サラのスマホが鳴っている
あ、僕からだ
プッ
「もしもし、シム君?」
「シム君? 今どうしてるの?」
「ちょっ、待ってて」
「パパ、お友達から電話。ベランダで話してもいい?」
「ん」
「どーもこーもねーだろ!? 今、お前のパパと一緒にいるんだぞ?」
「えっ? まさかっ! 私の裸、見たんじゃないわよね」
「そんなの不可抗力だろーが! お前のおっぱい、結構デカイんだな」
「このスケベっ! それ以上触ったら絶交だかんね!」
「そっちこそ、僕の身体にヘンな事してないだろーな?」
「そ、それがね。朝から股間がいきりたっちゃって、夢精しちゃった」
「ば、バカじゃねーの! ちゃんと寝る前に抜いておけよっ!」
「だ、だってやり方知らないからしょーがないじゃないっ!!」
こりゃあ、先が思いやられるな
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