君と風を切って過ごした日々 改訂版

駿 銘華

第1話 エクスチェンジは突然に

「お疲れサラ。暗いから気を付けて帰るんだぞ」

「シムもね。じゃあ、また明日視聴覚室で」

「ああ、じゃあな」

「ちゅっ」


 サラが何気なくした投げキッスに僕は狼狽する。


「あはは、ナニ赤くなってんのよ、このドーテー」

「ば、バカ、ちげーよ!」

「ムキになっちゃってさ。じょーだんだよ。んじゃね。バーイ!」


 ***


 河川敷から舗装されたスロープを下り、僕とサラが別のルートにつこうとしたその瞬間!


 パパァーっ!


 大型トラックが僕たちの前に突っ込んで来た。そして、全ては闇の中に包まれた。



 ***



 ドビュッシーの『月の光』が静かに流れている。僕はゆっくりと目を開けると、そこは夕焼けに染まった入道雲の上だった。


「ここは? サラ? サラーっ!!」


 ふと、僕の左肩にそっと手が触れる。


「シムじゃん。こんなところで何してんの?」

「お前こそ、ってアレ?」

「んんん? シム?」

「サラ?」

「その格好、私じゃない?」

「サラこそ、俺の格好して・・・」


「もしかして、ウチら入れ替わってるーっ!?」


***



 僕、志村仁しむらひとしは高校時代時代から自主映画の制作にハマっていた。


 学校の仲間を集めて同好会を作り、父親のデジタルビデオカメラやスマホで撮影した動画をパソコンで編集しては、動画サイトにアップロードして、そこそこのフォロアーも付いていた。


 作っていた映画は、主に特撮ヒロイン変身物。主役は学校で同じクラスだった某地方都市のミスコン・グランプリのIちゃんに協力してもらっていたが、映画の評判と言うよりはむしろその子の可愛さ目当てでアクセス数が伸びている感じがした。


 実際、コメント欄には、


「脚本がボロボロ」

「ショボいCG変身シーンはいらんから、もっとIちゃんの素顔を可愛く撮れ」

「Iちゃんは俺の嫁」

「パンチラキボンヌ」


 なんてのが寄せられていて、僕は自分の監督としての力量の無さに凹んでいた。


 そうして僕は大学受験に失敗。季節は一巡りし、僕は映像制作科のある専門学校に通う事に決めた。そこは漫画家や声優育成コースもある複合学校で、実技試験の他に面接試験も含まれていた。


 僕が面接の待合室である教室の片隅で一人ボーッとしていると、女の子達がキャイキャイ話している声が聞こえた。友達同士で受けに来たのだろうか? いや、話の内容を聞く限りそうでも無いみたいだ。どうもその中の一人の女の子が率先して喋っている様だ。おそらく声優コースを受けに来た子だろう。さすがに活発な女の子だな、と言う印象を受けた。


 教室のドアが開き、先生が「光岡沙羅みつおかさらさ〜ん!」と呼ぶと、あの活発な女の子が「は〜い!」と返事をして面接室に向かって行った。


 しばらくして僕は自分の名前を呼ばれたので、教室を出て面接室に向かっていると、さっきの子とすれ違った。


 光岡沙羅は僕の顔を見るなりニコッ微笑んで、


「頑張ってね」


 と声を掛けて来た。


 僕はドキッとしながら、自分はあんなに教室の端っこに居たのに彼女が僕の事を覚えていてくれた事の嬉しさと、僕好みのボブカットで卵形の顔立ち、クリっとしたつぶらな瞳に完全にやられていた。


 そう。その瞬間、僕は恋に落ちていた。


 ***


 ようやく始まった学校の新生活。


 僕は学校まで電車で一時間かかる距離を、自分の自転車MTBで通う事にした。自宅から学校までの道のりは、幸い河川敷を通るコースだったのでその方が早いし、何より定期代を節約したかったからだ。


 僕がマウンテンバイクを選んだ理由も、河川敷の段差を平気で乗り越えられる走破性能に惹かれたからだ。また、都心を走っていても、車道と歩道を乗り換えなければならない道交法を守るのにも最適だった。


 学校の入り口のアーチをくぐるとそこは中庭になっていて、僕はアーチの出口にある二階への昇降階段の下に愛車を置く事にした。


 さすがに都心にあるこの学校に自転車で通うのは僕だけだろうと思っていたら、僕より先にそこに真新しいマウンテンバイクが置いてあった。


 「誰のだろう?」と一瞬思ったが、僕は自分のMTBに施錠し、一限目の授業のある教室へと向かった。


 ***


 六限目の授業も終わり、僕が帰ろうと愛車のMTBの施錠を解いていると、


「あなたも自転車通学なの?」


 と、背中から急に声を掛けられた。振り向くと、なんとあの沙羅がバイクヘルメットを持って立っている。僕は思わず自転車のキーを落っことしそうになりながら、


「ああ、そうだよ。も、って事は、このMTBはもしかしたら君の?」


 僕は隣に置いてあった最新型のMTBを指差してそう言った。


「そうよ。私は身体を鍛える為に一時間半かけて通っているわ」

「いい自転車だね。今年出たばっかりのモデルじゃないか?」

「ええ、前はロードバイクに乗っていたんだけど、都内を走るのには段差に強いMTBの方が良いって店の人に勧められたのよ。それでパパに買ってもらっちゃった」


 おそらく五十万円は下らないだろうMTBをポンと買ってくれるなんて、沙羅は良い所のお嬢様なのだろうか?


「へえ、それは良かったね、前後サスに良いの付いてるから、さぞかし乗り心地もいいんだろうな」

「サイコーよ。あなたのはリジッド(後サスペンション無し)だから乗りにくいんじゃない?」

「慣れだよ。身体を使ってサスの代わりをするんだ。それにバイトでコツコツ貯めて買った奴だから愛着もあるし」


 沙羅は「ふーん」と言いながら僕の自転車をジロジロ見ていたが、


「まあ、お互いに自転車通学仲間だから、車には気を付けて通いましょうね」

「そうだな。急に客乗せするタクシーが幅寄せしたりするから、あれには要注意だ」

「分かるー。さて、私はこの後ダンス教室に行かなきゃならないから、お先に失礼!」


 そう言うと、沙羅は愛車の施錠を解いて、颯爽と街の中に消えて行った。


 僕は、沙羅が「自転車通学仲間」と言ってくれた事が嬉しくて、しばらくドキドキしながら愛車のサドルを撫でていた。

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