最終話 暗黒騎士はずっと居た。

さざ波の音が聞こえる夜。

浜辺を二人の男女が歩いている。


「久しぶりですね、騎士様とこうして散歩するのも」

「う、うむ…ここ数年は本当に騒がしかったからな…」


1人は勇者の母親である妙齢の女性。

もう一人はいつもの鎧を脱ぎ、村人と変わらぬ格好をしている暗黒騎士。

その姿は傍から見れば壮年の夫婦のようにも見えるが、

この二人は今でも清い関係である。

何度か一線越えそうにはなってはいるのだが。


「そうですね…本当、あの子が勇者だなんて選ばれて…本当に魔王さん?を倒して帰って来るんですものね」


日々の生活だけでも精一杯のこの小さな村で魔王退治なんて言われてもいまだに現実味はない。

現に村の若い子は度々いなくなる勇者達の事は王都に出稼ぎに行ってるのだと思ってるくらいの認識である。


「そうだな…我も如何してこうなったのか、いまだに分からない」


思えば、如何してこの村へ来たのだったか?

そう、元々は自分を負かす程の強者に出会う為にこの村を訪れたのだが、

そういえばその夢もつい先日のだった。


「そうか…もう我には成すべき事はないのか」

「騎士様?」


それに気づいて寂しげに笑う暗黒騎士を夫人は不安そうに見つめる。


「いや、些細な夢が叶ってしまった事に気づいてしまっただけだ。

 そう不安そうな顔をしないでくれ」

「そうですか…それは良かったですね」


暗黒騎士の言葉に夫人は我が事の様に嬉しそうな表情を見せる。

その顔をじっと見つめて、暗黒騎士は足を止める。


「あら、どうなさいました?」

「ウム、実は先日、勇者に怒られてしまった」


足を止めた暗黒騎士を夫人は振り返り、首を傾げる。

そこから続いた言葉に夫人は更に当惑してしまう。


「珍しいですね、あっ、もしかしてあの子のおかずをつまみ食いしちゃいました?」


勇者が怒る理由なんてその程度の事だろうと思っている夫人はクスクスと笑う。


「いや、夫人。 其方への我の煮え切らぬ態度を怒られた」

「えっ?」


声は途絶え、波の音だけが響く。


「私を、いや、あの子の父、君の亡き夫をだしにするなと」


いつもの堅苦しい言葉ではなく、柔らかな声が波の音に混じり聞こえる。


「だから、本音でこの思いを君に伝える。

 夫人、私は君を…好いて…いや、違うな…

 あぁ、全く我が事ながら上手くいかぬ!」


暗黒騎士は頭を強くガリガリと掻くと、改まって目の前の女性を見つめる。


「君を愛している」


その男は、短くその女に告げた。


「この思いはずっと告げないでいようと思っていた。

 だが、あの子に背を押されたので君にだけはハッキリと伝えたかった」


照れ臭そうに男は頭を掻く。

その言葉を告げられた女の方はその場にペタリと座り込んでしまった。


「ふ、夫人!? や、矢張り、この様な事を言われるのは嫌だったか!?」


慌てて駆け寄った男は、その女が俯いて震えているのが見て取れた。


「…すまなかった、私の思いは無視してくれて構わない。

 嫌だったのならば、私は君の許を素直に去ろう」


その言葉に女は首をふるふると横に振る。


「違います、嫌ではないんです。 貴方も同じ気持ちだったのが嬉しくて」


顔を上げた女は泣いていた。

しかし、その涙は哀しみからではなく嬉しさから。


「でも、私もきっとあの人の事をずっと引きずってしまう。

 そうすれば、貴方にもきっと辛い思いをさせてしまうから」


自分達を繋いでいるのは一人の男で、それはもうこの世に居ない人。

二人とも、既に消えているその縁を見て見ぬ振りをしてここまで来てしまった。

男にしてみれば、祝福のつもりだった言葉も呪いへと変わってしまうほどの年月。

本音を隠して生きるには長い長い年月だった。


「構わない。 それで恨むような男でもないし、仮に彼に怨まれようと怨まれる事には慣れている」

「フフッ、じゃあ私も同罪なので騎士様に教えを受けないと駄目でしょうか?」


男女はお互いにそんな言葉を交わし、軽く笑い合う。


「…それで、返事は?」

「私のような、おばさんで良ければ」


男の言葉に女は頷く。

顔を赤らめる女の傍に寄り、男がその顎に手を寄せて顔を上げさせ…


「いけーそこだー!! 既成事実作れ―!!」

「アッ、コラ!! 馬鹿!!」


隠れて自分達の様子をこっそりと覗いていた娘の姿が目に入った。


「……お主ら、何時から其処で見ていた?」

「アッ、やべっ…みつかちった…え~っと…久しぶりの辺りから?」

「最初からではないか!!」


隠れていたのは勇者と剣士だけかと思ったらぞろぞろと人影が増えていく。


「そうか…貴様の仕業だな魔女よ…隠形の術を使っていたか!!」

「ア、アハハ、もう騎士ちゃんったらそんな怒んないでよ?

 友人のラブロマンスを応援したかったみたいな?」

「それをただの出歯亀というのだ!!」


隠形の術で勇者達を隠していたのがバレた魔女が笑って誤魔化そうとするも暗黒騎士の怒りはそれ所ではない。

こいつらは絶対にこの後もこの事で弄ってくるのは間違いないし。


「やべぇ、みんな逃げろ!!」


勇者の号令に全員が一目散にその場から逃げ出し始める。


「逃がすか!! 全員この浜辺に埋めてくれるわ!」


それを砂塵を撒き上げながら怒涛の勢いで追いかける暗黒騎士。

夫人は砂埃で少し咳き込んだ後、その光景を楽しそうに眺める。

あの甘い感じも悪くないが、それは二人きりの時だけで、

皆が居る時はこの少し騒がしい位の方が色々と思い悩まなくて良い。


「ほどほどにしてくださいね~!」


夫人は走る皆に向かって声を掛ける。

それに娘や、友人たち、あの人も手を振って返してくれる。


「さて、私は先に帰ってお夜食の準備でもしましょうか」


長い長い説教の後に、結局は宴会の様になってしまうのだ。

それを想像してクスリと笑うと夫人は先に帰路に着く。

そんな日々はこれからもきっと変わらない。

あの人はこれからもここに居てくれるのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る