第158話 勇者と暗黒騎士

魔王との戦いを終えたばかりの魔王城の中庭。

其処で向かい合う勇者と暗黒騎士。

他の面々はそれを固唾を飲んで見守っている。


「勝負の形式は?」

「いつも通りの一本先取でお願いします!」

「良かろう」


暗黒騎士が尋ね、勇者がそれに提案し、暗黒騎士がそれを了承する。

村でのいつもの稽古の風景にも見えるが、状況は大きく異なっている。


「お主が我から一本取れたのならば、先の言葉に従いお主の願いを聞こう。

 我が勝ったならば、我はその時点でお主達の前から去る。

 それで良いな?」

「うん、じゃあ…お願いします!」


二人が武器を構える。

しかし、勇者の剣は呪う前の状態に戻っており、

暗黒剣の使用には向いていない状態でただでさえ格上の暗黒騎士に対して、

どうやって出し抜くつもりなのかが見守る仲間達にも分からない。


「さっきの結界は?」

「いや、師匠も闇属性だ。

 意味がねぇし、そもそもそんな余裕もねぇよ」


魔王戦の切り札は効果がない。

というか、その場合は触媒に残った呪いの装備である着てる鎧を使わないといけないので絵面もやばい。

そうすると純粋な剣技だけで挑むのか?


「兄弟子、勇者ちゃんの勝率ってどうなってますの?」

「1勝の他は全敗。

 その1勝も師匠が其処の女神に悪戯で寝酒に睡眠薬仕込まれた時のやつ」

「…何やってんの?」


なお、話題に上がった女神は魔族娘の白い目からは顔を背けて口笛を吹いて誤魔化している。


「アッ、勇者が仕掛けるみたいですよ!」


女神の言葉に皆が一斉にそちらを注視する。

ここからの一挙手一投足を見逃さぬ為に。


「淡い月の光に照らされた波間に映る其方を想う」


だが、勇者は奇妙な語句を呟いただけ。


「呪文……じゃないわよね?」

「え、えぇ…聴いた事もないフレーズですの」

「アイツのオリジナル呪文とかじゃないのか?」


その奇妙な行動に3人は首を傾げるが、女神だけは何か思い出せそうで思い出せず、モヤモヤしている。


「其方と私の距離は近くて遠く、想い馳せる事だけが許された私の自由」


勇者が謎の詠唱を続けると、その変化は起こった。


「あれ? お師様、震えてませんの?」

「ン? あ、ホントだ。 師匠の剣先がブレてるわ」

「ていうか、私気づいたんだけど。

 …これ、何か恋文みたいよね」


魔族娘の指摘に剣士と魔法使い、それに言った当人である魔族娘もまさかと思って目を見合わせるが、


「あっ、やば」


思い出して小さく漏らした女神の言葉を聞き逃しはしなかった。

そして思う。


「またこいつ何かやったな?」と。


一方、そんな4人を他所に勇者は更に恋文らしき語句を綴ろうとするも、


「ま、ままま待ちなさい! 勇者よ、お主、それを何処で!?」


動揺し、取り乱して一歩踏み出した暗黒騎士。

その一瞬の隙に、勇者は暗黒騎士の横を払い抜けた。

暗黒騎士の兜が宙を舞い、音を立てて地面を転がる。


「アッ」


兜が脱げ、露わになった短く刈り込んだ銀髪の壮年の男性が呆然としながら間の抜けた声を漏らす。


「ヨシッ! 私の勝ち!!」


その背後では勇者が持っていた剣を高々と掲げ、勝利を宣言している。

それを眺めていた3人は、


「き」

「き?」


振りかえり、変な声を漏らす3人に首を傾げる勇者。


「汚ねぇー!?」

「今のは汚いですの!?」

「流石勇者汚いな、汚い」


口々に勇者を責める3人。

それに対して勇者はと言えばやれやれといった様子で首を横に振ると、


「正々堂々とは言った覚えはないね!」

「「「確かに言ってないけれど!?」」」


ズビシッという擬音が鳴ってそうな感じで人差し指を刺して逆に堂々とした態度で言ってのけ、3人はそれにどう返していいのか困惑している。


「いや、お前達そこまでだ」


それでも何か言おうとしている3人を止めたのは負けた立場の暗黒騎士。

今はその浅黒い肌の素顔を晒して、兜を拾い上げる。


「真剣勝負の場において、油断したのが我の方。

 勇者がどのような手を使おうとそれに冷静に対処出来なかったのは総て己の非だ」


当人にそう言われてしまえば、3人にはそれ以上は勇者にとやかく言う資格はない。


「負けは負けだ。 勇者よ、我に何を望む」


素顔の暗黒騎士が真面目な表情で勇者の前に屈みこみ、

その両目をしっかりと見据える。


「そうだね、じゃあ」


そのやり取りを眺める仲間達は息を呑む、勇者は一体何を言うつもりなのか?


「お母さんと、ちゃんと話して」

「ハッ?」


勇者のその言葉に目を丸くする暗黒騎士。


「い、いや、夫人とは殆ど毎日話しているが」

「でもそれ、本音じゃないよね?」


勇者の指摘に暗黒騎士は言葉を失う。


「おじさまが、いつも気持ちを隠してる事くらいお見通しだよ」


その言葉に剣士、魔法使い、魔族娘、女神の4人も頷く。

まぁ、それ位はバレバレである。


「だ、だがな、勇者よ、我にはお主の実父との」

「それが何?」


何とか言葉を取り繕おうとするも、勇者は容赦なくそこに切り込んでくる。


「約束だから私達の傍に居続けたの?

 じゃあ、約束じゃなかったらおじさまは当の昔に居なくなってたの?

 なら、何で今更その約束を破って一人で何処かに行こうとするの?」

「そ、それは…」

「私をだしにしないでおじさま。

 おじさまがやろうとした事は、私が今やった事よりだよ」

「……」


ここにきて、やっと暗黒騎士は勇者が怒っていた理由を理解する。

去ろうとした事ではない、暗黒騎士が言葉を尽くさぬ事に怒っていたのだ。

それは確かに、『逃げ』だ。

暗黒騎士は立ち上がり、勇者の頭に手を乗せる。


「分かった…夫人とはきちんと思い隠さずに話す。

 だから、もう泣くな」

「…うん」


勇者を抱き寄せ、その顔を周りには見えぬように隠す。

この娘には笑っている顔が一番似合うのだから。


勇者歴16年(冬):勇者、暗黒騎士との勝負に勝つ。

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