第157話 対魔王~勇者の秘策~
魔王との戦闘に突入する少し前。
「ねぇねぇ、ふっしー。 聞きたい事があるんだけど?」
「ハイハイ、何ですご主人?」
妙な
小さな蝙蝠の姿になった不死王が勇者に返事を返す。
「さっきのあの結界、私でも使えるの?」
「ハァ? それ本気で言ってるんですかご主人?
私だってあの術式開発するのに丸々1年費やしてやっとこさだったのに」
勇者の質問に不死王は呆れかえる。
自分がやっと開発した秘術を使えるかどうか質問してくるその図太さに。
「ならやはり海鼠に…」
「言う言う! 言いますってば!!」
恐ろしい呟きが聞こえたのですぐに術式を説明しだす不死王。
「と、まぁ、理論上はこんなもんですがね、問題なのは起動の際の呪いの量ですよ、あの空間は簡単に言ってしまえば相手に無理やり呪いを押し付ける空間なんですから」
「フムフム、なるほど」
結界を構築する為の術式自体はそれほど複雑なものではない。
しかし、それを起動し、維持させる為には膨大な量の呪力が必要なのだ。
不死王の場合は勇者一行に倒された際の恨みの念をこの2年近く溜め込む事であの結界を発動させていた。
もう一度発動させられるかと言えば、答えは否である。
単純に呪力が足らないのだから。
「あの結界は確かに魔王様には有効でしょうけど、今言った通り、そう簡単に使えるもんじゃないので無理ですよ。 第一、仕掛けるのだって時間かかりますし」
「ん、魔王って闇属性じゃないんだ?」
「えぇ、あの方は水属性っすねぇ。 まぁ、属性がそれってだけで魔法はどんなのでも使いこなしますけど」
ふぅんとその時の勇者は少しだけ興味があるような雰囲気で話を打ち切っていた。
そして、現在。
「な、なななななっ!?」
戦線からは離れ、暗黒騎士の肩の上で勇者一行と魔王の戦いを傍観していた不死王は絶句する。
自分が1年かけてやっと発動させた術を勇者は短時間の集中だけでやってのけたのだから。
「い、いや、そもそもそんな膨大な量の呪力をどうやって!?」
「あるではないか、勇者の手元に」
「あっ!!」
地面に突き刺した魔剣を基点にして発動された結界。
その基点とされた魔剣はその漆黒の刀身を徐々に輝く刀身へと浄化されていく。
「あれはそれこそ勇者が手に入れた時から呪力を込め続けた一点物だ。
内包されたその量も膨大な物となっているであろう」
「いや、改めてどんな勇者だよ!?」
したり顔で説明している暗黒騎士だが、聞いている不死王としては自分の装備を呪い続けていた勇者とか想像もつかない。
「あ、勇者が動きますよ!」
其処に同じく戦いを傍観していた女神が声を上げた為、二人は勇者へと目を向ける。
術式を完全に展開し終えた勇者が魔王へと向かって駆け出す。
しかし、武器としていた魔剣は結界の起点にしていた為に今は無手。
幾ら弱体化させているとはいえ、魔王相手に格闘戦を仕掛けるつもりなのかと
戦いを傍観している女神と不死王は眼を疑う。
「チィ…身体が重い…味な真似をしてくれる!」
魔王はこちらへと向かって矢の様な速度で迫る勇者に対して、剣士達にしたように魔界の樹木を召喚して迎撃を行おうとする。
それでも、迫る無数の触腕の様な樹木の間を勇者は足を止める事なく潜り抜けていく。
「せいっ!」
そのまま魔王への眼前へと飛び込んだ勇者は勢いそのままに拳を叩きこもうとするも、それは魔王の張る防護結界に弾かれる。
「くっ、まるで小猿のようにすばしっこいがその程度では私の結界は」
「兄弟子!!」
魔王の眼前に立つ勇者が叫び、それに応える様に勇者へ向かって背後から一刀の剣が投げつけられる。
「ったく…人使いが荒い妹分だぜ…」
口を拭い、ふらついた足取りで勇者へと向かってそれを投げた剣士が不敵に笑う。
勇者は振り返らずに自分へと向かって飛来した剣を掴み取り、構える。
「これが今の私の全力、でも」
「ッ!?」
魔王は自身を覆う防護結界をより強固にしようと魔力を込めようとする。
しかし、
「届かせるよ、貴方に! 暗黒剣奥儀…絶ッ!!」
勇者は自身が知っている中で最高の剣技を振り下ろした。
一瞬、全ての音が失われる。
暫しの無音、その後に勇者の背後で折れた刀身が地面へと突き刺さる音がする。
勇者は動かず、魔王もまた動かない。
「…見事」
魔王は口元を緩め、その瞬間、袈裟懸けに斬られた傷口から血液が噴出して仰向けに倒れていく。
「ハァァァ…しんどぉ~」
それを見届けて勇者もその場に力なく尻もちを突く。
其処へ駆け寄っていく仲間達。
「やったな、まぁ俺の剣は折れたみたいだが」
「ごめん、今度弁償するね兄弟子」
自身の折れた剣を眺めて苦笑する剣士に勇者も困ったように笑い、
「よがったですわ゛あぁぁぁ勇者ぢゃんが無事でぇぇぇ!!」
「うん、ありがと妹ちゃん。 でも鼻水付いてるんだけど?」
魔法使いは座り込む勇者に縋って全力で号泣しており、
勇者はと言えば、これにも困ったようにしている。
「ハァ…結局、私は何も出来なかった訳だ」
「いや、そんな事ないよまーちゃん。
皆が時間作ってくれなきゃどうしようもなかったし」
自分の無力さを嘆いて悔しそうな魔族娘には、本音で感謝の言葉を述べる。
そんな風に勇者一行が勝利の喜びを分かち合う一方で、倒れる魔王へと歩み寄る人物。
「……ここで私の野望も終わりか」
「そうだな、終わりなぞはいつでも呆気ないものだ」
視線を自分を見下ろす暗黒騎士へと向けて魔王、精霊王は力なく笑う。
「…分不相応な望みを持ったと私を笑うか?」
「いや、友として己の矜持に従ったお主を我は誇りに思う」
魔王の問いかけを笑う事なく暗黒騎士は返す。
「友…か、ここだけの話だがな…」
「何だ?」
魔王は顔を暗黒騎士へと向け、
「私はお前が…いや、お前達が嫌いだったよ」
口元を綻ばせた。
「知っている、すまんな。 苦労を掛けた」
「そういう所が嫌いだったのだがな」
二人同時に軽く笑う。
「言い遺す事は?」
「無い…と言いたい所だが、一つだけ」
「何だ?」
「私の本棚にある本は処分しておいてくれ、負担になる」
それを聞いて一瞬暗黒騎士は怪訝そうな表情を浮かべるが、その意味を理解し、
「親馬鹿め」
「貴様もな」
お互いに軽く罵倒し合う。
その後、精霊王は天井を眺め、
「悪党の死に様としては恵まれているな」
そう呟いて、口を閉ざした。
「ではな、友よ」
それを見届けて、暗黒騎士はそれ以上は何も告げずに勇者達の許へと向かった。
それまでは仲間と和気藹々としていた勇者がこちらへと歩み寄ってくる暗黒騎士に気づくとおもむろに立ち上がる。
「約束、覚えてるおじさま?」
「ウム…」
勇者は結界の起点にしていた、今は呪いが浄化されて白銀の輝く刀身へと変化した自身の剣へと歩み、それを引き抜く。
「じゃあ、勝負だよ。 私が勝ったら一つだけ言う事を聞いて貰う」
勇者は暗黒騎士へと剣を向けた。
勇者歴16年(冬):勇者、魔王を討ち倒す。
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