第156話 対魔王~やっぱり魔王は強かった~

「ねぇねぇ、ふっしー。 聞きたい事があるんだけど?」

「ハイハイ、何ですご主人?」


勇者は自分の肩に止まらせている小さな蝙蝠に話しかける。

一見すればただの蝙蝠に思えるそれは勇者の問いかけに流暢な言葉で返事を返して見せている。


「う~む…本当に大丈夫なのかアレは?」

「術式自体は完全に成功していましたので大丈夫だとは思いますの…」


一見すればほほえましく見えるその光景を背後で不安そうに眺めているのは暗黒騎士達である。

何を隠そう、あの蝙蝠の正体は先程勇者が従属化の呪いを施した不死王その人なのであるから。

術式により、完全に勇者の支配下に置かれる事となった不死王ではあるが、そのままの見た目では色々と面倒なので勇者が不死王に命じたのが形態変化であった。

一応、高位吸血鬼なので変化はお手の物なのであるが、

その際に勇者が提示したのが、


「蝙蝠か…海星ヒトデ…もしくは海鼠ナマコどれにするべきか…」

「どうか蝙蝠でお願いします、ご主人!!」


だったので、不死王が全力で蝙蝠でお願いしますと頼み込んで何とか蝙蝠で落ち着いたのだった。


「というか後半二択は何で海産物なのよ?」

「浜辺で見かけるとよく突いてますの、勇者ちゃん…」

「明らかに選択理由が雑」


まぁ、海星や海鼠を連れ回す勇者が生まれなかったのは勇者一行としても僥倖ではあるのだが。


そんな何処かほのぼのとしていた様子だった勇者一行も、その扉を前にした時に全員の表情が変わる。

その扉の先から感じる圧迫感に勇者ですら真面目な表情へと引き戻されている。


「よ~し、じゃあみんな行こっか?」

「おう!」

「はいですの!」

「えぇ、やってやりましょ!」


それでも振り返り、仲間達に向かっていつもの笑顔を浮かべる勇者に3人もいつもの様に返事を返す。


「あんたは加わらないのか?」


それを感慨深そうに眺めている暗黒騎士の肩にパタパタと飛んできた不死王が止まって尋ねてきた。


「あぁ、一部の例外を除いては我は勇者達の戦いに手を貸さないのがそもそもの約束だ」


邪神や巨神のような例外を除いては基本的に暗黒騎士は勇者に手を貸さない。

それは例え亡き友の仇でもあり、旧友でもある精霊王。

今の魔王との決戦においても変わらない。


「……アレ、あんた私の邪魔してなかったか!?」


格好よく決めている暗黒騎士に聖都での事を思い出した不死王が詰問する。


「……」


その詰問に何も答えずにサッと顔を背ける暗黒騎士。


「おい、目を背けるな!!」


極一部の例外を除いては、に訂正。


そんな暗黒騎士達を無視しつつ、勇者が扉に手を掛けて押し開ける。

開いた扉の先、其処で玉座に腰かけていた魔王が片目を開けて勇者達を睨む。


「どうしてもというからやらせてはみたが、不死王では貴様らを止められなかったか」


勇者一行を睥睨する魔王の視線の先には暗黒騎士の姿。


「結局、貴様はそこで見ているだけのつもりか?」

「あぁ、勇者達が敗れるとは思ってはおらんのでな」


その言葉通り、暗黒騎士は扉の近くの壁に寄りかかって腕を組む。


「フッ、侮られたものだな私も」


魔王は開けていた片目を瞑り、深く息を吐く。


「その言葉、私に蹂躙されたこの者達を見た後でも言えるか楽しみだ」


魔王が両眼を開ける。

その刹那、吹き荒れる魔力による暴風。


「…流石お師様達の仲間だった方…とんでもない魔力量ですの!」


自らでは推し量れない魔王の魔力に魔法使いが身体を震わせる。


「成程な、あんたを倒せれば俺らも師匠越えに一歩近づけるって訳だ!」

「こっちにしてみりゃどっちにせよ親の仇、あんたをぶん殴る理由なんてそれで十分よ!」


魔王の気迫に呑まれまいと前衛を担う剣士と魔族娘が同時に飛び出す。


「『束縛の樹枝ソール・バインド』」


怒涛の勢いで迫る二人に対して魔王は冷静に魔術を行使して対処する。

魔王の足元より生えてきた魔界の樹木がその枝を鞭の様に撓らせながら二人を捉えようと伸びてくる。


「ちっ!」

「無詠唱でこの規模とかふざけんなよッ!」


自分達を捕えようと伸びてくる樹木を二人は切り払ったり、避けたりして何とか凌いでいるが其処に魔王が淡々と腕を翳す。

同時に魔王の周囲に浮かび上がる無数の火の玉。


「『火炎弾ファイア・バレット』」


中級規模の火炎魔術だが、それを無詠唱でここまでの規模で展開出来る者は殆どいないと言っていいだろう。

それでも火炎属性に特化していればという前提付きである。


「やべぇ!?」

「やっば!?」


動きの止まった自分達に向けて今にも放たれんとしている無数の火の玉に剣士と魔族娘が戦慄するも、動きを止めれば拘束されて万が一すら無くなってしまう。


「まずは二人か、この程度とはな」


呆れた様に鼻で笑い、魔王から火の玉が二人へと向かって放たれる。


「『凍結空間ダイアモンド・ダスト』!!」


それを吹き荒れる氷点下の嵐が掻き消していき、樹木も凍結してひび割れていく。


「「さっむぃ!!」」


なお、巻き込まれた二人も寒さに体を震わせていたりするが。


「あ、あぁ、申し訳ありませんの!

 急だったので耐性付与してる暇がありませんでしたの!」

「い、いや、いい判断だ!」

「そ、そそ、そうね、でも今からでも付与してくれない?」


凍える魔族娘の要請に魔法使いは慌てて二人に凍結耐性の術を掛ける。


「よっしゃ、反撃開始!」


凍結耐性を得た二人が魔法使いの展開している氷点下の空間の中を駆ける。


「食らいやがれっ!」

「どりゃあぁぁぁっ!」


剣士は自身の気を纏わせた抜刀を、魔族娘は跳躍して勢いをつけた飛び蹴りをそれぞれ魔王へと向かって見舞う。


「まだ気づかんのか?」


しかし、魔王の余裕の笑みは崩れない。

二人の攻撃は魔王の手前で何もない空間に弾かれてしまったのだから。


「何だこれ、防護結界か!?」

「か、硬過ぎでしょ…足挫くかと思った…」


剣士は続け様に剣を振るうも全てが空しく弾かれ、魔族娘は蹴ろうとした足を抱えて蹲っている。


「その程度の実力で…私に勝とうとはな」


魔王が横薙ぎに腕を振るうと今度は衝撃波が生まれて二人は弾き飛ばされて壁に叩き付けられてしまう。


「がっ!?」

「ぎゃっ!?」


血反吐を吐き、叩きつけられた壁からずるずると地面へと落ちる二人を魔法使いは怯えながら振り返る。


「わ、分かってはいましたが…つ、強すぎますの…お師様達と大差ないですの…」


ここまでの所業を魔王は総て無詠唱で行っている。

そんな事は今の魔法使いでは不可能な芸当でその所為で必然的に自分と魔王との実力差を感じ取ってしまうのだ。

しかも、今の時点で魔王は


「それで、お前はかかってはこないのか?」


つまらない者を見るかのような目で魔王は勇者を見下ろす。

仲間達が圧倒されている間も一人だけ動かなかった勇者に内心で呆れ果てていた。

暗黒騎士はこの様なか弱い存在にうつつを抜かして魔族を裏切ったのかという情けなさもあった。


「うん、正直に言うと勝てる気がしない!」


顔を上げた勇者はそんな情けない事を大声で言い放つ。

しかし、相対する魔王にはその表情が敗北を認めた者の姿には見えなかった。

その両目が、ハッキリと魔王を見据えているのだから。


「だから、する!」

「…何?」


勇者が持っていた魔剣を地面へと突き刺す。

今まで動かなかったのは仲間を信頼して魔力を集中させていた為だった事を魔王は理解する。


そして、


「『失楽園結界ロスト・パラダイム』、展開!!」


勇者から、周囲の空間を塗り潰すかのような闇が放たれた。


勇者歴16年(冬):勇者一行、魔王と対決する。

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