第152話 意外と乗り気だった

「やる!」


あの騒動の際も解けたバターの様になって自室のベッドでダラダラしていたらしい勇者に精霊王からの宣戦布告の話をしてみれば、たれ勇者から勇者に戻った彼女が跳ね起きた。


「おぉ、珍しく凄い意気込みです! その調子ですよ勇者よ!」


そんな勇者の反応に女神も大層ご満悦な様子。

念願の魔王打倒と自身の復権の兆しに胸を昂らせているようだ。


「まぁ、実際に家を人質に取られてるようで腹立つのもあるしね」

「それは…まぁ、あるな」


勇者の言葉に暗黒騎士も頷く。

精霊王の事なのでやるといった以上は期限を過ぎた時点で本気で何かしらの攻撃を仕掛けてくるのは間違いない。


「まぁ、決着を着ける事自体は別に成り行きでいいんだけど、その前に行きたい所があるんだけどおじさまにも付き合って貰っていい?」

「…あぁ、には話をしておくべきだろうな」


勇者の提案に暗黒騎士は同意し、勇者と共に転移石にて一路水上都市へと飛んだ。


「という訳で、あなたのお父さんと決着を着けに行く事になりました」

「そうですか…態々報告をありがとうございます」


勇者の話を黙って聞いていた精霊姫はそれだけを返すと目を閉じ、暫く沈黙した後にゆっくりと息を吐く。


「私への配慮は痛みいります。 ですが、構わずに己の使命を全うして下さい」

「いいの? もう会えなくなるかもしれないよ?」

「父には…いえ、魔王にはあの座に就く事をあの人自身が選んだ時点で親子の縁は切られています。 それが、あの人が選んだ道ですから」


淡々とした様子で勇者にそう話す精霊姫。

暗黒騎士はその話が精霊王によるケジメの取り方だと察するが、それを聡明な精霊姫も察していない訳がないと口を吐こうとする言葉を際どい所で飲み込む。

魔王としての責任は総て自分にあると精霊王は言っているのだ。

何が在ったとしても、それは総て自分の責であると。


「そっか、じゃあ、この話はこれでお終い!

 ねぇねぇ、最近の先生達の新作の調子はどうなの?」

「え、えぇ、相変わらず〆切り近いと逃走癖が出るのは変わらずですが、

 最近は少しずつ世間にも評価されてきたんですよ?」


勇者もそれを察したのかは分からないが、言葉の調子とは裏腹に表情に陰が見られた精霊姫の気持ちを切り替える様に別な話題を持ち出している。

最初は急にグイグイ来た勇者に引き気味だった様子の精霊姫も次第に明るい表情になっていく。

それを眺める暗黒騎士の中でもある感情が去来していた。

その後、精霊姫の今の仕事の話や新作の本の話で盛り上がった後、勇者は伸びをして立ち上がる。


「それじゃ、そろそろ帰るね。 兄弟子や妹ちゃん達ともこれからの事話さないと駄目だし」

「そうですか、お気をつけて。 …あの!」


見送ろうとしていた精霊姫に声を掛けられて勇者は振り返る。


「気に病まないでくださいね…」

「う~ん、それは私の台詞なんだけどなぁ…でも、ありがとうね!」


勇者は困ったように頬を掻いた後、精霊姫に笑みを返し、車椅子上の精霊姫も小さく手を振って返す。

精霊姫に背を向けた勇者は覚悟を決めた顔で暗黒騎士と共に転移するのだった。


水上都市で精霊姫との話を終えた後は仲間達とこれからの話をした。

皆、勇者に最後まで着いていくと言ってくれる。

それに素直に感謝の言葉を述べた勇者は1週間後に皆で魔王場に乗り込む事を約束する。


その夜。


向かい合う勇者と暗黒騎士。

日課の訓練の風景で、既に特筆するようなものでもない日常の一部となった光景。

勇者の数度の打ち込みを暗黒騎士は軽く捌いていく。


「脇が甘いッ!」


その打ち込みの隙を暗黒騎士は見逃さずに空いた腋を峰打ちする。


「あいたっ!? アッチャ~、まだ全然届かないか」


打たれた腋を擦りつつ、勇者は苦笑いを浮かべる。


「フッ、まだ弟子に不覚を取るような師ではない故な」


暗黒騎士も笑って木刀を降ろす。

不意に勇者が構えるのを止めて、腕を降ろす。


「どうした? まだ稽古を絞めるには早いぞ」


そんな勇者の様子を怪訝そうにする暗黒騎士。


「おじさま、決着付けたら出ていく気でしょ?」


勇者はまっすぐに暗黒騎士を見つめながら質問をぶつける。


「…察していたか、やはり敏い娘だ」

「まぁね、これでもおじさまの二番弟子で今まで育てられてきたしね」


暗黒騎士は木刀を地面に置き、その場に座る。

勇者もそれに倣って暗黒騎士の横に腰かける。


「ずっと考えていた事ではある。

 お主を一人前になるまで見守ったならば、我はもう用済みだと」

「それって、お母さんには話したの?」

「……」


勇者の言葉に暗黒騎士は沈黙で返す。


「そっか、言わずに出てく気なんだ」

「すまんな…そもそも我のこの気持ちは胸に秘めておくべきもの。

 彼女の幸せを願うのならば我のような者は立ち去るべきだ」

「そういう事言うんだね、おじさまは」


勇者は俯いていてその表情は見えない。

しかし、明らかにその声色には変化が見られた。


「ゆ、勇者よ、お主、我が出て行こうとしていた事に起こっているのか?」

「う~ん、そっちじゃないんだけど、そう取るかぁ~。

 これはもうあれだな、処すしかないね」


顔を上げた勇者は満面の笑みを浮かべている、しかし、目は笑っていない。


「おじさま、いえ、暗黒騎士様」

「う、うむ」


初めて『おじさま』以外で勇者に呼ばれて暗黒騎士は息を呑む。


「魔王との決着を着けたら、貴方に決闘を申し込みます」

「な、何故ッ!?」


勇者からの突然の申し入れに暗黒騎士は絶句するのだった。


勇者歴16年(冬):勇者、怒りの波動に目覚める。

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