第151話 お茶の間戦争

片田舎の小さな一軒家。

そこで一つの机を挟んで対峙する二人の人物。

暗黒騎士と精霊王。

嘗ての戦友であり、今は完全に袂を別った二人である。


「えぇっと、粗茶ですが…」

「お構いなく、ご婦人」


おずおずと差し出された湯飲みを手で制する精霊王。

夫人はその対面に座る暗黒騎士に目線でどうするべきか助けを求めると、暗黒騎士は黙って頷いて夫人に湯飲みを下げさせる。

それに納得した夫人は精霊王に軽く頭を下げるとその場から離れて、他の面子が待機している部屋に移動する。


「フム、配慮として差し出された茶すら素直に受け取らんとは余裕がないのは変わらぬな」

「それを言うならば、常に己の事しか考えずに周囲の影響を考えみぬ貴様も健在のようだな」


シンと静まり返る茶の間。


「ふ…フフフ…我が昔と違って命拾いしたな、今の我はその程度の煽り程度では何の痛痒も感じぬぞ。 お主あれだぞ、昔だったら一刀両断だからな?」

「貴様は田舎から出て来たばかりの不良少年か何かなのか?」


完全に頭に来てるのを堪えてプルプルしている暗黒騎士に呆れる精霊王。

このペースに構っているといつまで経っても話が進まないので自ら本題を切り出す事にする。


「しかし、よくもやってくれたものだな暗黒騎士」

「やったというか、結果的にというか…」


魔王軍の侵略撃退はどっちかというと副次的な産物で正直あんまりやる気がないとは言えない暗黒騎士。

言ったら怒るし精霊王。


「しらばっくれるな、貴様がを育てたのか!」

「ナンカ……え、誰?」


ここにきて久々に出てきた勘違いより産まれた産物。


「魔王軍に対抗出来る者など、かつて世界を揺るがしたあの者しか居らぬだろう!

 私への対抗の為に此処まで存在を秘匿していた事は褒めてやる!」


何故かこちらを過大評価してくる精霊王であるが、

暗黒騎士からしてみれば寝耳に水。

そもそも『誰だよ、魔王ナンカオルって』という疑問が頭を駆け巡る。


「噂通りの存在だったという事を今となって私も後悔しているよ。

 あの時に捜索を打ち切るべきではなかった、裏で続けさせるべきだったとな」


握り拳を作り、歯痒そうにしている精霊王。

何か勝手に結論出して、こちらを巻き込んでいるようなのでそろそろその誤解を解こうと暗黒騎士が口を開こうとすると、


「そうです、その通りよ!」

「うわ、出た」


扉を勢いよく開けて女神が二人の前に姿を現した。


「あの娘はお前ら魔族を滅ぼす者です!」

「なっ、貴様は女神…! 何故この場所に…いや、魔族を滅ぼすだと!?」


唐突な女神の乱入で『あぁ、終わった…』と察して頭痛を覚える暗黒騎士。


「あの娘は私と(勇者の)誓約をして、世界を導く存在なのです!」

「何だと貴様!? (魔王と)誓約しただと!? それでも、女神だというのか!」


ここでも確実に誤解が生じているが、二人とも気づいてはいない。


「フフフ、何とでも言いなさい魔族風情が!

 私は人の信仰さえあればいいのです!」

「くっ、女神の風上にも置けん奴め…!」

 世界の調停者気取りだったのも己の独裁の為か…!」

「そこには同意する」


基本クズだしな女神コイツと頷く暗黒騎士。


己の敵だった者魔王ナンカオルとも利益の為ならば共闘するその姿勢、やはり人も私が統治しなければこの様に腐った存在を産み出すか!」

敵だったのは暗黒騎士達認めますが、こいつらも私のいずれは信徒(になる予定)なので何も問題はありませんね」

「ならんからな?」


もう完全に何かが決定的に別れてしまった事を察しつつ、暗黒騎士は咳ばらいを一つして精霊王を睨む。


「世間話をしに来た訳ではあるまい、精霊王。

 …決着を着けに来たか」

「…その通りだ、暗黒騎士。

 今ここで行っても私は構わないが、それは貴様も望まぬ事だろう?」


精霊王の挑発に一瞬、その場の空気が凍り、女神も背筋に寒気を覚える。

女神も初めて見たが、精霊王の言葉に暗黒騎士が本気で怒りを覚えたのだと察する。


「フッ、その殺気は変わらぬな。 腑抜けたかと思っていたが勘違いだったようだ。

 だが、言葉通りだ、此処で貴様らとやり合う気はない」


精霊王の言葉に暗黒騎士が殺気を消して、場の空気が元に戻る。


「魔王城にて待つ。 罠はない、貴様らと私の全面対決だ。

 1週間の猶予をやる、来なければ…理解しているな?」

「この場にお主が居る意味なぞ、言われぬでも理解している」


身許は割れているぞという脅しである。

今から1週間では村の人間全員を避難させている余裕もないだろう。


「だが、どうして我の居所が分かった。

 聖女達にも公表せぬ様にさせている筈だぞ」


暗黒騎士が最初に抱いた疑問を精霊王にぶつける。

精霊王はその質問に顔を顰め、


「あまり、言いたくはなのだが…ハーピィ宛の中元が私の所に届いたぞ…」

「あっ」


夫人が色々と迷惑をかけたらしいと聞いて魔女経由でハーピィにお中元を贈ったとは聞いていたが、魔女はどうやら昔の住所しか知らなかったらしい。

そういえば、あの時は迷惑料として暗黒騎士も連名で竜王の運送会社に頼んだのだった。

竜王の運送会社は仕事に忠実なのできちっと仕事してくれたらしい。

元を質せば自分の不注意なので暗黒騎士は冷や汗が止まらなくなる。


「伝える事は伝えた、残りの猶予で最期の逢瀬でも楽しめばいい」

「ふ、夫人と我は、そ、そんな関係じゃないから!?」


精霊王は立ち上がると暗黒騎士の童貞臭い反応には振り返らずに去っていく。

玄関に塩を撒いている女神は放っておいて暗黒騎士は溜息を吐く。


「まずは勇者に話してみるか…」


これで勇者がどんな反応をするのか、あまり気乗りはしない暗黒騎士だった。


勇者歴16年(冬):新魔王、宣戦布告をする。

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