第148話 脱出
時間は少し遡る。
不意にそれまでの抵抗を止めた蕃神獣に巨神の頭部の切断面から噴出する火蜥蜴の炎で構成された顔が醜く歪む。
『ク・ク・ク…やっト足掻くのヲ止めタか』
仮に幾ら暴れられようとも放すつもりもないのだが。
「いんや、場所を変えるだけだよ」
しかし、蕃神獣から聞こえてきた声はそのような絶望とは無縁そうな暢気な声。
その言葉と同時に蕃神獣の背の翼が広げられ、羽ばたかせ始める。
『ウ・お・ォ!?』
組みつかれたままの姿勢で巨神ごと身体を浮かせ始める蕃神獣に火蜥蜴も驚愕する。
『無駄ダ!! 空へ逃レようト、俺は貴様ヲ放さんゾ!!』
「だから場所を変えるだけだってば」
火蜥蜴の言葉に呆れた様に勇者は答えつつ、より強く蕃神獣を羽ばたかせる。
「竜王のおじさん、もう少しだけ頑張って!!」
「あぁ、やってやるっつぅんだよ!! そこのクソ馬鹿の尻拭いだ!」
疲労も限界だというのにそれを感じさせない程に強く応えて全力で棒を回す。
炉心に回る魔力は開戦時よりも、むしろ力強い程に漲り、蕃神獣に満ちていく。
そうして、竜王は実際に2体の機神を浮かせ得る程の魔力を供給してみせる。
「よーし、いっけぇー!!」
魔力十分と見做して勇者は蕃神獣を巨神ごと空へと一気に上昇させる。
始めはゆったりとした動作だったのも、やがては空気の圧を裂きながら巨大な質量をもった2体の機神を空へと飛翔させていく。
『ソうか、他ノ連中を逃ス為に…だガ、お前ラの死は変わらンぞ』
ここまでくれば流石に勇者のやろうとしている事を理解した火蜥蜴はそれでも自分をこんな目に合わせた勇者を道連れに出来ればそれで満足であった。
「ところで、あなたの巨神になくて、こっちにはある特性分かる?」
しかし、当の本人である勇者は平気そうな様子で火蜥蜴に尋ねてくる。
『何ダ? 何ヲ言ってイル?』
巨神の身体は既に全身赤熱化し始めており、爆発は時間の問題である。
それでも余裕の態度を崩さない勇者に火蜥蜴は疑問を覚えるが、答えが分からない。
「もう少し頭が冷えてたら分かったかもしれないのにね、でも、まぁ…」
勇者の言葉が火蜥蜴には理解出来ない。
何かを決定的に間違えた気がするのだが、それを今の精神の死の手前の燃えカスのような頭では思い浮かべれない。
「そのお陰でこっちは助かる見込みは残った訳で」
勇者のその言葉と同時に、蕃神獣は文字通りバラバラに千切れ飛んだ。
それは決して巨神の絞める力に耐えられなくなったからではない。
そうだ、最初から蕃神獣は5体の蕃神だったではないか。
「後はタイミングの問題だけだった訳で、こっちが逃げれて、そっちがギリギリ間に合わない範囲。
その見極めが大事だったのさ」
頭部と胸部の一部を失くした胴体の上に跨る獅子の蕃神から勇者の声が響く。
『ま、待テ!! こ、コレでハ』
「待たないんだな、これが」
手を伸ばす赤熱化した巨神の腕から逃れ、獅子の蕃神は空中へと跳びはねる。
「他の子は悪いけど、それが貴方への最期の手向けって事で」
空中へと躍り出た獅子の蕃神の鬣が高速回転し、
旋風を起こしてその落下速度を加速させていく。
『ア・あ・ぁ・マテ、待ってk』
その最期の嘆願も虚しく、伸ばした手は空を掴んで離れていく
「あばよ、馬鹿野郎」
「いやぁぁぁぁ!! 勇者ちゃん!! 勇者ちゃんが!!」
上空で起こるその光景に魔法使いは絶叫して蹲る。
爆炎が広がり、さながら地獄のような光景がそこには広がっている。
例え蕃神獣でもあのような状況で生還する事は不可能のように思えた。
魔族娘はそれでも何も言わない暗黒騎士に始めは文句の一つでも言いたかったが、彼の腕が強く握りしめられている事に気づいて蹲る魔法使いの背中を摩る事にする。
「……いや、間に合ったようだ」
ただ黙って空を見上げていた暗黒騎士がポツリと漏らす。
その言葉に気づいて魔法使いと魔族娘も空を見上げる。
其処に、ポツンと黒い点が見えた。
それはこちらへと向かって落下してくる内に肉眼でもハッキリとその姿を捉える事が出来るようになる。
空から落ちてくる巨大な獅子の姿を。
「よ、良かった…勇者ちゃん!」
その姿に安堵して立ち上がろうとする魔法使いを魔族娘が肩を掴んで引き留める。
「…ちょい待ち、これ…何か近くない?」
「う、うむ…我も今気づいた」
魔族娘の言葉に暗黒騎士も頷くと、今にも獅子の元へ向かおうとする魔法使いを肩へと担ぎ全力で走り出す。
「は、離れろおぉぉぉぉ!? 此処に向かってアレが落ちてくるぞ!!」
暗黒騎士の雄叫びに、空を呆然と見上げていた巻き込まれた他の魔族達もハッとして全力で走り出す。
「あっはっはっはっはっ、何とか帰ってきましたけど着地とか無理そう。
という訳で、地上の皆…ごめんね?」
獅子の蕃神から勇者の謝罪する声が聞こえ、直後、落下地点に巨大なクレーターを作るほどの衝撃が地上で巻き起こるのだった。
全力で落下地点から逃れた暗黒騎士達は視界を遮るほどの砂埃の中を黙って見つめる。
そこに、
「ケホッケホッ! アー、最後に酷い目にあった」
「すまねぇな、もうあの辺でまともな力も残ってなかったわ」
砂埃の中から、疲労困憊でまともに歩く事も出来なさそうな竜王に肩を貸しながら、意外と平然としている勇者が現れる。
そんな二人に、暗黒騎士達はそれぞれに言いたい事を言いながら駆け寄るのだった。
勇者歴16年(秋):勇者、竜王と共に生還する。
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