第119話 決勝戦前夜

軽い痛みを覚えて目を覚ます。


「ウッ…あ、何処だここ?」


意識がゆっくりと覚醒し始めて剣士は首を軽く動かして周囲を確認する。

天井は泊っている宿のものではなく、壁に薄ぼんやりと灯った照明。

そして、その小さな灯りの中でこちらの手を握っている女性の姿。

大分長い時間そうしていたのか、魔女は剣士の手を握ったまま寝息を立てている。


「あ~…分かった…病室か、ここ」


直後に思い出したあまりにも無様に倒れた自分の姿。

とても勝った側とは思えない醜態に死にたくなる。

あれが戦場だったら、その後は確実に死んでいた。

試合という形式に救われたのだという事実がただただ剣士の胸を去来する。


「つっても、後悔は生きてりゃ何度でも出来るからな…成程、師匠の言う通りだわ」


暗黒騎士からの教えの中で、幾つかは当時は納得のいかないものもあったのだが、

今となってはこういう事かと納得できる。

例えば「勝てぬ相手からは逃げるが勝ち」等といった戦士の矜持からはかけ離れた事も暗黒騎士は剣士を弟子に取った直後に口を酸っぱくするように言っていた。


「じゃないと、こういう事も出来ないもんな」


握られてない手を伸ばして魔女の頬をそっと撫でる。


「ふぇ!? あっ…目が覚めたのね!」


剣士に頬を撫でられて驚いた声を上げながら目を覚ます魔女。

横になっている剣士がこちらに穏やかに微笑んでいる事に安堵して彼の胸に顔を埋めさせる。


「もぅ、お姉さんをこんなに心配させて…本当に悪い子」

「ハハッ…返す言葉もない」


魔女は顔を上げると剣士をキッと睨む。


「本当に、死んでてもおかしくない相手だったんだからね!

 いくら騎士ちゃんの頼みでも、断る時は断りなさい!」

「いやぁ~、師匠の頼みも、まぁ、あるっちゃありますけど…

 どっちかっていうとこれは俺にも渡りに船だったというか…」

「優勝して嫁を取るのが!?」

「いやそっち!?」


暗く淀んだ瞳を剣士に向けている魔女に、全力で手を振って否定する。


「あの婿入りの件は適当に誤魔化す気でしたよ…いや、本気マジで」


身体をベッドから起こして、ベッドに端坐位になって魔女を真剣な表情で見つめる。


「ただ、今の俺って勇者達の成長に着いていけてるのかなって不安になったんすよ。

 何だかんだであいつらは心も体も育ってますけど、俺は如何かなって」

「剣士ちゃん…」


魔女が剣士の両手に手を添える。


「でも、貴方のお陰で変われた女も、今、目の前にいるのよ?

 叶わぬ恋で悪くないヒトに勝手に嫉妬するような女から」


瞳を潤ませて魔女が剣士へとそっと顔を寄せていく。


「いや、病室で盛るなお主ら」


それを入り口で眺めていた暗黒騎士が釘を刺した。

剣士と魔女はあたふたしながら距離を取り直す。


「物凄い今更な話だが。 お主ら、やっぱり付き合っていたのだな」


剣士を見舞いに来たらラブシーンに突入しそうだったので若干の気まずさを覚えつつ、暗黒騎士は病室の中へと入ってくる。

勇者達は見舞い品を用意してから来ると言っていたので先に来ておいて本当良かった。

勇者達に見せられないようなとこまで発展しないでマジで良かったと心の底から安堵しつつ、一応公共(?)の施設で盛るなよと心の中で舌打ちもする。


「いや、まぁ、その~…ハイ」


剣士は恥ずかしそうに頭を掻き、魔女は顔を赤らめながら舌を出している。


「いや、別に個人の恋愛事情に口を出す気はない。

 ただ、何故公表しないのかと思っていたのだ」


正直、勇者の村の老若男女全てが知ってる公然の秘密だけど。


「いや、あのね、騎士ちゃんが進展してないのに後から来た私が先にそういうの発表しちゃったらお互い気まずくないかなって…夫人さんとは今は飲み友だし」

「何その配慮!? 急に我に被弾させるの止めて!?」


勇者に続いて「暗黒騎士×夫人」包囲網を宣言されて狼狽える暗黒騎士。


「いや、流石の俺も二人があそこまで純な関係なのは逆に凄いと思うっすわ」

「貴様もか、剣士ブルータスッ!」


信頼していた常識人な弟子にすら咎められて更に狼狽える。


「えぇい、今は我の話ではないッ! 我を囲もうとするのは止めろ!

 止めろ下さい! 今はお主達の話であろうがッ!」


魔女は仕方ないといった感じで剣士の腕に自らの腕を絡ませると、


「しょうがない…私達、お付き合いしてま~す!」

「婚約記念の絵葉書みたいなノリで言うのな」


ピースしながら暗黒騎士にウィンクする魔女と、照れくさそうにしている剣士。


「いや、まぁいいのだけれど…そもそもお主らが付き合ってるの大分前からであろう…? いや、待て…変化があったのは…」


思案する暗黒騎士に魔女がぎくりとした表情を浮かべる。

暗黒騎士は記憶を掘り起こしながら、ゆっくりを顔を上げた。


「お主…まさか成人したばかりの剣士を…のか…」


流石にそこまで節操がない事をするとは思っていなかったので暗黒騎士の声は震えている。


「ナ、ナンノコトデショウカ?」


しかし、返ってきた言葉は無情にも片言の棒読みだった。


「う、うわーー、やりおったー、こいつ色んな意味でヤリおった―!」

「えぇ、ヤリましたとも! 酒の勢いでついついヤっちゃいましたとも!

 子犬みたいな目でずっと前から憧れましたアピールされたら喰わない方がどうかしてるでしょ!?」

「う、うわぁー!? 開き直りおった―!!」


お互いに指を指しあいながら叫び合う二人と、とある日の出来事を暴露されて誰よりも精神が傷ついた剣士はその場で石化している。


明日は決勝戦。

無事に終わるといいね。


勇者歴16年(秋):剣士、27話のフラグを回収される。

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