第118話 準決勝~仮面魔女の場合~

準決勝1回戦が終わり、勝者の筈の剣士が担架で運ばれていき、敗者である筈のリャマ頭は自身の両腕を医療班に止血して貰いながら搬送される剣士に付き添って医務室へと歩いて行った。

その光景は一見するとどちらが勝者か分からないほどで、観覧席の者達も拍手や歓声で彼らの戦いを称賛していた、

無論、一部の者は剣士を野次る者もいたのだが、直後に舞台上に突風を伴いながら突然現れた仮面魔女に睨まれ、その氷のような気迫に呑まれて口を魚の如くパクパクと開閉させながら押し黙るしかなかった。


「か、仮面魔女様…出番は舞台を整えてからで…」


審判がおずおずと舞台に勝手に上がっている仮面魔女に申し出るも、ちらりとそちらを一瞥しただけの仮面魔女の纏う殺気に耐えきれずに腰を抜かしている。


「だから無関係な者にキレるのを止めろと言ってるだろうに」


へたり込む審判を助け起こしつつ、暗黒騎士は仮面魔女を咎める。


「いいえ、いい加減限界よ。 私の剣士ちゃんがあんな風になってるのをここまで我慢してる方が私にしてみれば大分耐えてきた方なのよ?」

「お主、もう隠す気すらないだろ…せめて体裁は整えよ…」


もう完全に私の発言をしている仮面魔女に呆れつつ、

審判を安全な場所まで抱えていく暗黒騎士。

そんな彼らの様子を窺っていた者が入場口より現れる。


「その様子、矢張り旧四天王の風の淫魔女王で間違いなさそうだな。

 影の魔族の奴は無様にも敗れたが、

 ここで貴様を討てば私の名も上がるというもの」


蛇腹状になった奇妙な連節剣を携えた魔族の剣士が仮面魔女を見据えつつ、

舞台へと上がる。


「人違いじゃないかしら?」

「フン! その魔術の冴え、噂に違わぬようだがよもや人の小僧ごときに溺れていようとは魔族の恥め…いや、噂通りの淫蕩ぶりとも言えるか?」


見下すような視線を仮面魔女に送る蛇腹剣の魔族。


「ふぅ~…やれやれだわ、最近の若い子は目上への礼儀も知らないのね」

「ハッ、年増なのを自ら認めるか」

「アッ? なんつった、てめぇこら?」


鼻で笑う蛇腹剣の魔族を青筋を立てて睨みつける仮面魔女。


「ハイハイ、それまで。 その先は煽りあいではなく、純粋な勝負で決めよ」


暗黒騎士が手を叩いて睨み合う二人を止める。

両者共に渋々といった様子で一旦お互いに距離を取る。


「お主、煽り耐性無さすぎるだろう…まぁいい、始め」


暗黒騎士が手を振り下ろす。

それと同時に蛇腹剣が金属音を響かせながら鞭状に変形して魔族の周囲を囲む。


「貴様が魔王軍を抜けてからも我々の技術は進化しているのだ。

 これはその最先端の一つよ!」


魔族が腕を振り、渦を巻いて撓りをあげながら鞭状の蛇腹剣が仮面魔女へと迫る。

仮面魔女は迫る蛇腹剣を無造作に片手を上げて結界で防ごうとするも、


「ッ!?」


すぐに異変に気付いて背後に跳びはねる。

仮面魔女が展開した結界はまるで絹を裂くようにあっさりと蛇腹剣により切り裂かれ、反応が遅れていればその刃は仮面魔女にも届いていただろう。


「ハハハッ! この剣は魔術無効化マジック・キャンセラーの仕掛けを施したものだ!

 貴様にとっては天敵とも言える剣よ!」


自慢気に自身の武器の解説をする魔族へ、腕を振るい風の刃を放つ仮面魔女。


「無駄だ無駄だ無駄だ!!」


それを自身を取り囲むように蛇腹剣を操り、風の刃を掻き消していく。


「貴様がいくら大規模な魔術を展開しようとこの剣の前では無意味!

 貴様らは所詮時代に取り残された老害ロートルよ!」


勝ち誇る蛇腹剣の魔族を前に、仮面魔女はその場で足を止めて溜息を吐く。


「どうした、もう諦めがついたか?」

「ハァ~…そうじゃないわ、元部下の後輩教育の悪さに呆れていたのよ」


仮面魔女の言葉に蛇腹剣の魔族はピクリと眉を顰める。


「強がりは止せ。 貴様にもう勝ち目なぞないだろうに」

「本当にそう思う? ?」


呆れた様子の仮面魔女に強がりではない確信めいたものを感じるが、それが何を意味しているのかが蛇腹剣の魔族には掴めなかった。


「何を言っている…貴様は何も…何だ…息が…苦しい?」


蛇腹剣の魔族が自身の異変に気付いたのはこの時だ。

奇妙な息苦しさを覚え、激しい頭痛と倦怠感が身体を襲う。


「武器に頼り過ぎなのよ、貴方。 しかも悠長に解説のおまけ付きで。

 私らだったらそんなのんびりしてる間に2手も3手も次の手を仕込むわよ。

 こんな風にね」


仮面魔女は魔族が襲われている今の現象が自分の仕込みだと明かし、

投げキッスを送る。

しかし、当の蛇腹剣の魔族は持っていた自慢の剣をも取り落とし、

両膝をついて自身の喉を押さえて藻掻き苦しんでいた。


「な…ヒュー…何を…したんだ…ヒュー…」


最早喘鳴状態の蛇腹剣の魔族を見下ろしつつ、仮面魔女が口を開く。


「貴方の周りの空気を減らし続けてるだけ」


仮面魔女の言葉に蛇腹剣の魔族は目を見開く。


「目に見えるものだけで勝ち負けを判断するなんて二流ね、本当に。

 そうそう、真空状態になるとどうなるか知ってる?」


妖しく微笑む仮面魔女に蛇腹剣の魔族は縋るような目を送るが、


「全身の血液が沸騰して弾けるのよ」


仮面魔女は指を鳴らし、蛇腹剣の魔族の周りに空気の層で遮光した空間を作り出す。

その闇の中で周囲に真空の所為で音は響かないものの観覧席の者達は確かに断末魔を聞いた気がした。


「餓鬼が調子に乗ってんじゃねぇよ」


吐き捨てる様に呟いた仮面魔女がもう一度指を鳴らすと小型の竜巻が蛇腹剣の魔族がいた場所を痕跡すら残さずに綺麗に消し飛ばす。


「あ、でもこの剣は貰っておくわね。 最新の魔術式って気になるし」


頭上へと落ちてきた蛇腹剣を掴み取り、

仮面魔女は笑顔を浮かべて舞台を降りていく。


「全く、周囲が引いておろうが…勝者、仮面魔女」


暗黒騎士がそんな仮面魔女に呆れつつ、勝者を告げるのだった。


勇者歴16年(秋):仮面魔女、準決勝を勝ち抜く。

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