第116話 剣士の準決勝~前夜~
2回戦の行程が全て終了し、残っているのは準決勝と決勝のみ。
それらは公平を期して1日置きに行われる為、
治療を終えたばかりの剣士にとっては幸いではあった。
控室から出て、自分の止まる宿に戻ろうとしていた剣士の視界に通路の先に待つ人影が入る。
特異なシルエットで、その人物が誰なのかはすぐに分かった予選で最後に矢を放ってきたリャマ頭の戦士だ。
「先に申し上げておこうと思って、こちらでお待ちしていました」
「そりゃご丁寧にどうも」
剣士に気づいたリャマ頭は軽く頭を下げた後、剣士と相対する。
「次に貴方と当たるのは私です」
「何となく、そんな予感はしてたよ。 あんたとはもう1回やれそうだなって」
正々堂々と自分が次の対戦相手だと告白するリャマ頭に感心しつつ、剣士も予選で自分に迫ってきた鏃の事を思い出して好戦的な笑みを浮かべる。
「私の矢をあの距離で躱したのは貴方が初めてです、次は外しませんよ」
「あぁ、俺も逃した獲物のデカさに嘆いてたとこだったんだ」
ぞわりと二人の周囲の空気が湧き立つが、それを一拍の柏手が止めた。
「あいそれまで! このような場で乱闘騒ぎを起こすならば双方退場とするぞ!」
柏手を打った暗黒騎士を二人が見遣る。
「そうですね、そのような詰まらない結末は望んでいません。 では、舞台で」
リャマ頭は暗黒騎士に頭を下げ、
剣士をチラリと見つめた後に先へと歩み去っていく。
「すんません、師匠。 恥ずかしいとこお見せしました」
暗黒騎士に止められなければ戦闘欲求に負けそうになっていた剣士は頭を掻く。
「構わん。 強者を前に湧き立つ気持ちは分からんでもない」
暗黒騎士は後ろで様子を見ていた勇者も手招きして傍に寄せる。
「強いね、あのへんな頭の人。 試合見てたけど、多分、仮面の人に次に強いよ」
敢えて未だに何故か仮面魔女の正体に気づいていない剣士に配慮する勇者。
「それ、俺を含めてって事だよな?」
「うん!」
「素直な妹弟子の所為で心が痛い…」
勇者の素直過ぎる評価に落ち込む剣士。
が、一方でその事実を飲み込んでいる自分もいた。
「師匠から見て、どう思います?」
剣士は真剣な目で暗黒騎士に率直な評価を求める。
「そうだな…お前が勝てる可能性は五分とは言えん、精々3割程度か。
あの影の魔族のような小手先の技を抜きにしてもだ」
剣士が苦戦した影の魔族の影分身を「小手先の技」と評する暗黒騎士に若干の反抗心は持つも、師であればそもそも手傷すら負っていなかったであろう。
未だ遠い頂に居る理想の騎士の言葉を歯噛みしつつも素直に受け止める。
「なら、見ててくださいよ。 俺が壁ぶち破るとこ」
「期待している」
剣士を真正面に見つめたまま、
小さく笑う師の言葉に剣士は改めて明日の勝利を誓う。
この武道祭に出る事を決めたのも暗黒騎士の思い付きだけでなく、
自身が感じている壁を打ち破る為でもある。
剣士は勇者や魔法使いのような天才肌ではない。
どちらかといえば凡才な方だ。
師が非凡であった為に、それに吊り上げられる形で実力を伸ばしていたが、
最近はそれにも限界を感じてきていた。
この猛者が集う場所で勝ち抜ければ、自分の限界を超える事が出来る。
そうすれば、この師の足元程度には届く事が出来るかもしれない。
そんな思いを胸に秘めた剣士が暗黒騎士に背を向けて宿に戻ろうとすると、
背後から暗黒騎士が声をかけてくる。
「そうそう、お主が見せたあの闘気を利用した剣技。
酷く無様な出来であった」
「……まぁ、師匠から見ればそうっすよね」
「練りが甘い、飛ばすのではなく斬る印象をより強く思い描け。
我が暗黒剣を編み出した時もあのような無様な出来だった」
「…ッ!?」
最初は未熟者への叱責なのかと思ったが、
続いた言葉に剣士が思わず振り返りそうになる。
「お主の技が結実する日を楽しみにしている」
背後の暗黒騎士の言葉に背を押され、剣士は駆け出す。
明日に備えての休憩も大事だが、
先ずは素振りでもしなければこの衝動は抑えきれない。
駆けていく剣士を見送りながら、暗黒騎士の隣で勇者が不貞腐れていた。
「な、何だその顔は…! 別に我は今回の評価をしただけだぞ!?」
「ほ~ん、私には手助け無用だぞとか言ってた癖にそういう事するんだおじさまは。
なんだかんだ兄弟子には甘いよね、おじさまは。
あ~あ、私はおじさまに愛されてないんだなぁ~」
「ぬぉ…! な、何が望みだ…?」
「いっひっひ、砂糖菓子で手を打ってあげましょう」
両手を頭の後ろで組んだ姿勢でにやにやと笑う勇者に、「夫人にあまり甘いものを挙げるなと叱られているのだが…」とぶつくさと呟いている暗黒騎士達も取り敢えず外へと出ていく。
武道祭の決着も、残す所はあと3戦である。
勇者歴16年(秋):剣士、準決勝の相手を知る。
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