第115話 仮面魔女の初戦~不戦勝~

影の魔族との試合を終えた剣士だが、腹部の負傷が思ったよりも深刻であり、

戦闘後すぐにその場で吐血した為、医務室へと運ばれた。

医療スタッフの蛮族の治療により、体調は回復したものの続く他の2回戦の試合を見逃してしまい、準決勝の相手が誰なのかが分からないというハンデを負ってしまったのだった。

剣士が治療を終えて控室に戻った時には既に他の2回戦は殆ど終わりを迎えていて、最後にシード枠との試合が行われようとしている所だった。


「シードって言うと…あの仮面の人か」


強力な風魔法の使い手という事以外(剣士だけ)分かっていない未知の存在。

この試合だけでも見逃さなかったのは僥倖とも言えるかもしれない。

舞台上には既に対戦相手の刀と呼ばれる島国で鍛造される切れ味に特化した特殊な剣を携えた侍と呼ばれる島国の戦士が待機している。

剣士の二刀流や居合などはあの島国の技を取り入れているので結構馴染みは深い。

ただ、実際に赴いた事はないので落ち着いたら一度訪ねてみたいと思っている国だ。


「ありゃあ、大分強いなぁ…俺も当たってみたかったわ」


侍から滲み出る気迫に剣士も興味を惹かれるが、今はそれよりももう一人だ。


「西、仮面魔女様! 前へッ!」


審判が合図を送るも仮面魔女は入場口から現れない。


「仮面魔女様…?」


審判が訝しんで入場口を覗こうとすると、舞台上に急激な突風が吹き荒れ、吹きすさぶ小型の竜巻の中から仮面魔女が姿を現す。


「わわわ…か、仮面魔女様もいらっしゃいましたね? 準備はよろしいですね?」


突風に煽られて体勢を崩しかけていた審判が仮面魔女の様子を窺うも、


「ひぇっ!?」


無言だが、明らかに激情に駆られているのが分かる仮面魔女の気迫に尻もちを突く。


「……何か滅茶苦茶機嫌悪そうだな、あの人」


異様に機嫌の悪い仮面魔女の気迫に当てられて動けないでいる審判を不憫に思う剣士。

実はその原因が自分にあるとは露とも思っていない。

舞台上では同じく不憫に思ったのか、暗黒騎士が瞬歩で審判の横に現れると抱え上げて舞台から降ろしてあげて代わりに審判を務めているようだ。


「いや、お主、無関係な子に殺気を当てるな…」

「…どちらとお間違いでしょうか分りませんが、

 怪我する前に止めなかった方が悪くない?」

「いや、これ真剣勝負だからな一応?」


知り合いなのだろうか、仮面魔女と親しそうに話す暗黒騎士の交友関係の深さに改めて感心する剣士。

思いっきり知り合いだし、むしろ暗黒騎士のコミュニティは大分狭い事は知らないし、気づいてはいない。


「まぁいい、じゃあ始め」


かなり投げやりな開始の合図をして舞台を降りる暗黒騎士。

その合図にそれまでは黙って成り行きを見守っていた侍が初めて口を開いた。


「死合う前に聞きたい事がある」

「命乞いならさっさとしてね、受け入れるから」

「フッ、悪い冗談だ…聞きたい事は一つ!」


侍が目を見開く。


「お主、最後まで勝ち抜いた場合は天空の御使い殿をどう致すのだ!」


侍の言葉に会場が静まり返る。

一部の人には実際聞きたかった事でもある。


「あー、それ私が女だから聞いてるのよね?」


耳の穴を搔きながら、完全にやる気をなくした様子で質問を返す仮面魔女。


「うむ!」


凄く返事がいい侍、食い気味。


「まぁ、あれよ…

「なっ!?」


仮面魔女の言葉に瞠目する侍。会場の一部もどよめく。


「生やすとは…をか!?」

「そうよ、場合にとってはよ」

「な、何だと…!! だと!?」


その言葉の衝撃によろめく侍。

暗黒騎士は勇者の耳を塞いでいる。


「何なら、中継するわよ?」

「はぅあ!?」


仮面魔女の提案に侍は完全に動きを止め、顎に手を当てて思案する。


「あいわかった! 某は棄権する!」


侍は特殊性癖だった。

清々しい顔で侍が棄権を宣言した為、凄く厭そうな顔で暗黒騎士は舞台に上がると、


「勝者、仮面魔女」


完全に棒読みで仮面魔女の勝利を宣言した。

会場は一部が興奮し、残った者は完全に白けている。


「…うん、何だこれ?」


剣士も流石に目を点にして微妙過ぎる結末を見届けたのだった。


勇者歴16年(秋):仮面魔女、不戦勝。

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