第114話 剣士の2回戦~対影の魔族~
入場口を抜けると歓声が湧き立つ。
観覧席に座る者達は思い思いに声援、野次、罵倒等を剣士に向って叫んでいる。
それらを意に介さずに、実況席に座る暗黒騎士と勇者の二人に軽く目を向ける。
二人はその視線に気づいて軽く頷いている。
その表情はこちらを信用しているように普段と変わらなかった。
舞台に上がり、剣士は軽く息を吐く。
「さて…お待たせ」
剣士の言葉に対戦相手を呼ぼうとした審判が首を傾げる。
「フフフ…気づいていたか」
その剣士の言葉に応える様に向かい側に小さな紙魚のような影が出来たと思ったら、それは一気に広がっていき、その影の中からゆっくりと黒装束の魔族が昇ってくる。
「こ、これは…影の魔族殿は既に入場されていたようです!」
突然現れた影の魔族に動揺しつつも、審判は舞台から降りて気持ちを仕切り直す。
「そ、双方、準備はよろしいですね? では、始めッ!」
審判が試合開始の合図を告げ、先に影の魔族が動くが、それは攻撃ではなかった。
「ドーモ、剣士=サン。 影の魔族です」
両手を前に組み、頭を軽く下げる、挨拶だ!
挨拶は大事だ、古文書にもそう書いてある。
挨拶をされた者は挨拶を返さなければならない、
これを無視する事は大変失礼なのである。
「ドーモ、影の魔族=サン」
剣士も戦士の礼に則り、挨拶を返す。
これには解説の暗黒騎士も黙って頷かざるを得ない、礼儀なのだから。
何度も繰り返すが挨拶を返さずに攻撃するのは大変失礼なのである。
「お主が我らの長であった不死王=サンを倒した勇者一味なのは把握している。
故にお主を殺す、某が優勝した後には勇者も殺す。
勇者に関わった者は皆殺さなければならぬ!」
影の魔族は不死王が統括していた諜報部隊の所属だったが、不死王の独断専行による聖都での事件により、諜報部は立場を失い、魔王軍でも冷遇されていた。
今回の帝国の建国騒動は彼にとって正に最後の逆転の芽なのだ。
ここで頂点に立てば、次の四天王どころか魔王の座にも届くかもしれない。
そこに恨み骨髄の相手も参加していたのであるならば好都合だった。
「そいつは悪かったな、だけど、勝手やったのはそちらが先だ。
あんたの個人的な恨みなんざ知った事じゃないね!」
剣士は二刀に手を添え、影の魔族に向って一気に肉薄する。
「貰ったッ!」
躱す暇もない見事なまでの挨拶からの二刀居合抜きである。
「イヤーッ!」
しかし、それを影の魔族は後方宙返りからのサマーソルトキックで居合を下から弾き、更に追撃の蹴りが剣士の頭へと迫る。
「チッ!」
剣士は居合で前屈みになっていた身体を強引に後ろに引き、顎を際どい所で逸らす。
顎に微かに掠った蹴撃が脳を揺らし、剣士の視界が眩む。
「イィヤァ―――ッ!」
その隙を見逃してくれる程、影の魔族は温くはなければ体術に劣ってもいない。
すかさず、鋭い飛び蹴りで剣士の腹を貫く。
「グワーッ!?」
飛び蹴りをまともに受け、剣士の身体が九の字に曲がりながら蹴り飛ばされる。
あわや場外かという所で剣士は剣を地面に舞台に突き刺して落下を阻止する。
「イヤーッ!」
そこに更に影の魔族が放った短刀が飛来する。
それを剣士は横回転で躱し、何とか回避する。
「ハー…ハー…ハー…」
腹部に受けた飛び蹴りによるダメージは大きく、いまだに剣士の息は荒い。
それを何とか息を整えながら反撃の機会に備える。
距離を置けば、影の魔族は短刀の投擲を続けてくるだろう。
有効な遠距離の攻撃手段を持たぬ剣士はこのままでは不利、
何とか距離を詰めなければいけない。
「あんま恥ずかしいから使いたくはなかったんだけどな…そうも言ってらんねぇか」
深く息を整え、剣士は改めて二刀を構える。
距離の利がある影の魔族はその構えに警戒しつつも、
剣士を近寄らせぬ様に短刀を投擲する。
「闘気の構え、一の太刀…烈牙!」
剣士は暗黒剣を使えない。
その為に様々な道を模索し、一人旅の間に編み出したのが自身の闘気を剣に纏わせるという独自の剣法である。
闘気を纏った剣から衝撃波が放たれ、短刀を弾く。
「何ィ、グワー…あ?」
衝撃波が自身へと迫り、それに飲み込まれるが待っていたのは精々身体を逸らす程度の衝撃である。
ダメージというダメージも受けなかった事に影の魔族が一瞬、油断してしまう。
「悪いね、今んところは精々目くらましと相手を驚かせるのが精一杯。
未完成なんだわ、これ」
剣士の声が自身の目の前で聞こえる事に影の魔族の意識が戦闘に引き戻されるが、時すでに遅し。
「二刀十字切り」
縦と横、時間差による防御困難な斬撃が影の魔族を襲う。
「グワーッ!」
影の魔族はこれを何とかバックフリップで躱そうとするも、間に合わずに胴に十字の浅くない切り傷を刻まれる。
影の魔族は痛みに耐え、連続後方バク転で距離を取り直す。
剣士もここは追撃したかったが、腹部の痛みから攻撃の手を止めざるを得なかった。
「やるではないか…剣士=サン。 未完成の技とはいえ、そのような技を持っている事をここまで悟らせずに来たとは」
「ハハッ、お褒めに預かり光栄だが、単にあんまりにも恥ずかしい出来過ぎて使えなかっただけさ。 それを使わざるを得なかった位、追い詰められたって事だよ」
互いに決して軽くはない傷を負っている剣士と影の魔族はお互いに軽く笑みを浮かべる。
「悪くはない時間だったが、次で決めさせて貰おう…覚悟!」
影の魔族が煙幕玉を取り出し、地面に叩き付ける。
同時に、黒煙が舞台中に広がっていく。
「こ、これはーーー、1回戦で見せたあの技の布石だ―!!」
実況の勇者の声に観覧席も期待にどよめく。
そして、予想通り黒煙が晴れると6体の影の魔族が剣士を取り囲んでいた。
「某が秘技、影分身の術にてお主を葬るぞ、剣士=サン!」
6体から同時に響く声に観覧席にいる者達はどれが本物か分からずに騒めいている。
一方、剣士はというと何と目を閉じていた。
「フッ、目で分からぬならば耳で判断でもしようという事か、
浅はかだぞ剣士=サン! 死ねィッ!」
6体が同時に剣士へと飛び掛かってくる。
凶刃が剣士へと届こうとした時、剣士がカッと目を見開く。
「そこだッ!」
剣士は、構えていた二刀を自身の足元の影へと突き刺した。
「グ、グワーーーッ!?」
絶叫が舞台中に響き渡る。
剣士が二刀を引き抜くと、剣士の足元の影からゆっくりと影の魔族が仰向けの状態で現れる。
その腹部には明らかに致命傷と思われる刺し傷が二つ刻まれている。
「み、見事だ…剣士=サン…だが、何故某の術が分かった…」
息も絶え絶えといった様子の影の魔族が口を開く。
「悪いな、俺らの師匠は生命の流れを見るのが得意なのさ。
俺は師匠にも妹弟子にも及ばねぇが、これくらいの距離だったら何とかなる」
前日に更に瞑想で感度を上げて来た為、影の魔族の影分身の術にも惑わされずに潜む場所を見分ける事が出来た。
「介錯…いるかい?」
「フッ…光栄だ、剣士=サン。 …頼む」
その言葉を聞くと、剣士は無言で影の魔族の心臓を貫く。
審判が舞台に上がり、影の戦士の死亡を確認し、剣士の勝利を告げた。
「フ―…あと2勝か。 勝てるかな、これ」
腹部を押さえながら、勝者である筈の剣士は苦い顔を浮かべていた。
勇者歴16年(秋):剣士、2回戦を勝利する。
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