第112話 剣士の次なる相手

剣士達の試合が終了し、舞台上に散らばる薔薇の撤去が済むまで一旦休憩となった。

剣士と薔薇の貴公子は共に控室に戻ると2回戦の試合を見る事とした。


「そういえば、あんたはこの後どうするんだ?」


剣士が薔薇の貴公子に尋ねる。


「私かい? 折角だから他の試合も全て見た後に新たな冒険の旅に出ようかな?

 そうそう、なんでも女神の洞窟と呼ばれる秘跡の調査依頼があるそうだし」

「女神…嫌な予感しかしねぇけど一応覚えとくか…」


そんなやり取りをしていると試合会場の準備が整った事を審判が会場に知らせる。


「長らくお待たせ致しました。 では、これより第2回戦を始めます!」


審判の声に応じて、二人の戦士がそれぞれ舞台へと上がる。

東からは斧槍を携えた戦士、西からは黒装束に身を包んだ魔族。


「両者、準備はよろしいですね? では、始めッ!」


審判の試合開始の合図と共に動いたのは黒装束の魔族。

特殊な形状の投げナイフのようなものを4本ほど一斉に斧槍の戦士へと投擲する。

斧槍の戦士は投擲された投げナイフを斧槍を手元で回転させて弾き、

すかさず斧槍を横薙ぎに黒装束の魔族へと振るう。

長い間合いのそれを躱し切れず、黒装束の魔族は胴を上下に分断されたかに思えたが、突如、切断面より黒煙を吹き散らかし、周囲を煙で覆ってしまった。

徐々に黒煙が晴れると、斧槍の戦士の周囲には黒装束の魔族が6斧槍の戦士を取り囲んでいる。


「ほぅ、あれは忍びと呼ばれる特殊な鍛錬を積んだ者達が行う術だね」


試合を見ていた薔薇の貴公子が感心したように黒装束の魔族が成した術を見ている。


「ありゃあ、幻術の類なのか?」


原理が分からずに剣士は薔薇の貴公子に尋ねるも、彼も首を横に振る。


「私もあの術の仕組みはよく分からない、そもそも忍びは基本表には出ないしね。

 暗殺や密偵が専門の物騒な連中らしいし、その技の多くも謎に包まれている」

「成程なぁ、おっと、あの斧槍の方が打って出るみたいだ」


剣士の言葉通り、斧槍の戦士は携えた武器を大きく振り回し、

舞台を削ると破片を周囲の6人それぞれへと飛ばす。

その内の一体に破片が当たり、地面へと跳ね返り、

他の5体は破片が素通りしていった。


「巧いな、アレが幻術ならばこれで見切ったか!」


薔薇の貴公子は斧槍の戦士の機転に舌を巻くが、剣士は逆に訝しむ。

いくらなんでも簡単すぎる気がしたのだ。

斧槍の戦士は得意げに破片が当たった1体へと斧槍で突きを繰り出す。

斧槍は的確に相手の身体を捉えて貫くが、胴に風穴を空けられた黒装束の魔族はにやりと笑うと自身の身体を貫く斧槍を両手で握り締め、放すまいとする。

斧槍の戦士はそれを最期の悪あがきと捉えたのか、

足を踏ん張って全力で引き抜こうとしている。

その背後に立っていた幻影と思われた黒装束が音もなく背後に回ると、

無防備に背中を晒している斧槍の戦士の首を短刀で掻き切った。

何が起こったのか理解できないといった表情を浮かべつつ、

俯せに倒れ込む斧槍の戦士。 その周囲に血の海が無慈悲に広がっていく。

斧槍で貫かれていた方の黒装束はにやりと笑うと、まるで霞の如く消え去った。

そして持ち主を失った斧槍が鈍い金属音を響かせながら、舞台に転がる。

審判が倒れる斧槍の戦士の様子を伺い、死亡を確認して首を横に振る。


「勝者! 西、影の魔族!」


審判の勝者を告げる声にも興味がなさそうに、黒装束の魔族は舞台を降りて行った。


「…実体を持った幻影だとでもいうのか?」


あり得ないものを見たとでも言わんばかりに口を半開きにして驚愕の表情を浮かべる薔薇の貴公子。

一方、剣士も次の対戦相手があの黒装束の魔族なのだと思うと武者震いが止まらない。


「私だったら、君のような反応は出来ないな…負けたよ、色んな意味で」


横目で剣士の顔を見た薔薇の貴公子は若干の怯えを含んだ目で剣士の様子に呆れた様子を浮かべる。

隣の剣士は実に嬉しそうに歯を剥き出して嗤っていたのであるから。


勇者歴16年(秋):剣士の2回戦の相手が決まる。

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