第111話 剣士の1回戦、対薔薇の貴公子

本戦開始日、外では花火が上がり、開始日である事を集落全体に伝えている。


「うっし! じゃあ、行ってきます!」


出場者用の控室で軽く柔軟していた剣士が見送りに来ていた魔女に顔を向ける。


「大丈夫だと思うけど、危なくなったら棄権してもいいのよ?

 何だったら今すぐ棄権してもいいのよ?」

「いや、まだ始まってないんで…まぁ、心配してくれてありがとうございます。

 でも、魔女さんの前でも格好悪いとこは見せられないんで…」


照れくさそうに鼻を掻く剣士のその言葉に心臓がトゥンク!となる魔女。

見つめ合い、徐々に間隔が狭くなっていく二人。


「ハイ、いちゃついてないではよいけ!」


それを同じく見送りに来ていた魔族娘が間に割って入って、二人の空間を作り出している剣士と魔女を強引に引きはがす。


「お、おぉ! まぁ、勝ってくるわ!」


魔族娘のお陰で我に返った剣士が慌てた様子で出場者用の入場口へと走っていく。

その背を複雑な思いで見守る魔女と、それを冷めた目で眺める魔族娘だった。


「それでは、これより武道祭の開幕を宣言します!」


舞台上に立つ審判の女性が拡声用の魔導具を片手に高らかに宣言すると、観覧席に座る蛮族達や惜しくも予選敗退した者、武道祭には間に合わなかったが何とか集落には漕ぎつけた者達などの歓声が上がる。


「今回、各試合の解説には魔界で既に死亡説すら流れていた伝説の騎士でもある暗黒騎士様がいらしてくださいました!」

「え、我、魔界でそういう扱いなの?」

「…ハイ、では宜しくお願いします!」


司会進行も務めるだけ合って、審判の娘はスルー力も高かった。

魔界から遠征して来た者達は暗黒騎士が生存してその場に居る事に騒めいており、聖都の不死王の討伐にも関わっていたという噂も真実なのかと囁いている。

なお、人界ではさほど有名でもないので「誰、あいつ? ローカル的な奴?」という反応をされている。


「更に、聖都での不死王を討伐した実績を持つ冒険者である勇者様にも実況に加わって頂きます!」

「はーい! どもどもー!」


それまでは暗黒騎士の隣にいるなんかちっこいのという印象だった勇者が、

聖都の不死王を討伐した冒険者と聞いて人界・魔界問わず、

観覧席に居た者達の目の色が変わる。

好奇・不審・興味・殺意などが入り乱れているが勇者はへらへらと手を振っている。


「では、暗黒騎士様と勇者様には解説席へと移動して頂き、

 さっそく1回戦を始めていきたいと思います!」


二人が移動したのを確認すると、審判は軽く息を吸い込み、


「東! 人界で名だたる武術大会を総なめした驚異の新人…剣士殿!」


審判の声に応じて、剣士が入場口から姿を現し、舞台に上がる。


「西! 単独での大型魔獣討伐の実績もある…薔薇の貴公子殿!」


観覧席に手を振りながら、笑みを浮かべて舞台に上がる薔薇の貴公子。


二人が舞台上で対峙する。


「勝敗は生死を問わず、戦闘不能となるか、舞台から落ちた者。

 または自己申告による棄権を選んだ者を敗者とします!

 使用武器、魔法などには制限はありませんが試合開始と同時に観覧席側には結界を張るので観客の皆様はご安心ください!」


「だ、そうだよ? 棄権の意思は?」


薔薇の貴公子がにこやかに剣士へと尋ねてくる。


「ねぇよ、そっちこそどうなんだよ?」


肩を竦め、それを否定する剣士。


「まぁ、そうだろうとは思っていたよ」


薔薇の貴公子は提げていた細剣を抜き、構えを取る。

剣士もそれに応じる様に二刀を抜いた自然体の構えを取る。

二人が構えるのを確認した審判が舞台から場外へと降りつつ、

片手を天へと掲げる。


「それでは…始めッ!」


審判が掲げていた腕を振り下ろすのを合図に試合が開始される。


「さて…では、早速で悪いけれど仕掛けさせてもらうよ!」


薔薇の貴公子が宣言するのと同時、細剣を持っていない方の手を胸元に入れ、

剣士へと向かって何かを投げつけてくる。


「…おっと! んぁ、何だこいつは?」


高速で投げつけられたそれを宙で叩き落とす剣士だが、

足元に落ちたそれは一輪の薔薇。


「流石だね、その薔薇の棘には魔物すら麻痺させる毒が含まれている。

 さぁ、ここからが本番だよ!」


その手に多量の薔薇を持ち、薔薇の貴公子は続け様に投擲してくる。


「チッ、見た目はあれだが、当たるとやべぇのは厄介だな…!」


意識が飛来する薔薇の方に向いていると、

そこを突くように閃光のような細剣の突きが襲い掛かる。

一見すると馬鹿げている戦法だが、

熟練の技により並の戦士ならば即座に退場させられているだろう。

時間さも織り交ぜた巧みな戦法に暗黒騎士も感心するが、

もう一つ気になる事がある。


「おじさまも気づいた?」

「あぁ…かなり興味がある」

「あの人、どんだけ薔薇を仕込んでるんだろう?」


既に剣士の足元は薔薇だらけで若干メルヘンな感じになっている。

それなのに、薔薇の貴公子はどう仕込んでいるのか薔薇を投げてくる。


「魔力による生成とか…?」

「いや、無駄が過ぎるだろうそれは…もしや…栽培している?」

「それだ!」

「それだ!じゃねーよ!」


解説席でどうでもいい話をしている暗黒騎士達にツッコミを入れつつ、

それまでは防戦に回っていた剣士が動いた。

薔薇の貴公子が投げつけた毒の薔薇をものともせずに突っ込むと、一刀で薔薇を掴もうとする手を打ち払い、もう一刀で細剣を構え直す前に喉元に剣を突き立てた。


「…これは、私の負けだね」


薔薇の貴公子は観念したように目を瞑り、審判に棄権の意思を告げる。


「最後に一つだけいいかな、何故、あそこで急に突っ込んできたんだい?

 毒は嘘ではないよ?」

「それなんだけどよ…」


薔薇の貴公子の質問に、剣士は言い辛そうに頬を掻く。


「よく考えたら、それ結局ただの薔薇なんだし、防具で受けたら問題ないなって」

「……あっ」


根本的な問題を指摘する剣士。


「ふ…フフフ…魔獣は鎧なんて着ないから何か違う気がしていたけど今まで気づけなかったよ…」

「普通に短刀とかだったら俺が負けてたかもしれなかったよ」

「それは何というか…美学?」

「美学かぁ…」


審判の勝者を告げる声を聞きつつ、剣士は拘りある人って大変だなと思うのだった。


勇者歴16年(秋);剣士、1回戦を勝ち抜く。

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