第105話 おっかけ、拉致られた先で祭られる

マジカル★デスウィッチの北部巡業。

その地方巡業ライブツアーの中に紛れ込んだマジ★デス応援団の法被を着て、鉢巻きを巻いたその女性はマスクで顔を隠しつつも全力で彼女の舞台を応援していた。


「マジ★デスー! こっち見て―!」


そう、変装こそしているが魔王軍四天王風のハーピィーその人である。

憧れの歌姫が人界で再活動している事を聖都の事件で知った彼女は定期的に彼女の舞台ステージを観劇する為に単独で人界に潜入していたのだ。


「ふぅ、今回も最高の舞台だったわ…うん、これで明日も生きていける!」


多忙を極める四天王の仕事に多大なストレスを抱える彼女は今までは毎日胃痛に耐えながら魔剤スタミナドリンクの飲用で誤魔化してきたが、この前、魔王軍の定期健診にて、


「貴女、最近ストレス発散とかしました?

 毛並みも荒れてますし、他にも言いづらい体調不良自覚してますよね?」


主治医にガチ目の説教をされ、このままでは強制入院も視野に入れると勧告された為、彼女は現在措置休業中である。

その為、実家に戻っては見たものの実家の親からは「ところで孫の雛はいつ見れるのかしらねぇ…貴女は仕事仕事で今まで全然お相手の話すらないし」と目の前で盛大に溜息を吐く母親の顔も見るのも辛いので実家で暮らすのもすぐに止めた。


「だったら、こっちだって好き勝手やってやろうじゃないの!」


生真面目さと社畜精神の所為で感情のブレーキが壊れ気味だった彼女はそれまでは嫌悪していた前任者の真似をしてみる事にしたのだ。

何処までも自由で、周りなど顧みない某淫魔の女王の真似を。


だが、根っからの生真面目さと男性経験の無さから男遊びまでする勇気はなかった。

なので、大好きな推しを全力で応援してみる事にしたのだ。

流石の人界の首脳陣も豊穣祭で人気を博した歌姫の地方巡業に一から十まで魔王軍の四天王がくっついて回っていたなど想像も出来ないだろう。

普通やらない。

そうして、マジカル★デスウィッチの北部巡業最後の舞台を盛大な拍手と感涙と共に見送った彼女は魔界への帰路へと着いていたのだが、

戦線から離れていた彼女の意識からは警戒心が薄れていた。

その為に、北部の山脈を飛び越えるというを気づかぬままに行ってしまったのだ。

普段の彼女ならばこんな事はしない、其処に住む者達の事を知っているのだから。

鼻歌交じりに飛んでいた彼女の眼下で何かが煌めいた。


「え、あっ、しまっ!?」


飛来してきた矢に直撃こそしなかったものの、

掠った際に付与された麻痺の魔法により、痺れて制御を失った身体が落下する。


「あぁぁぁぁぁあっ!?」


このまま落下すれば地面に叩き付けられて墜落死は必須。

四天王としてもあまりにも惨めな最期に彼女は観念して目を瞑るが、


「兄者!! あのお姿はもしや言い伝えの!」

「いかん、これでは我らの希望が潰えるぞ! すぐにお助けする!」


そんなやり取りが耳に入り、

叩き潰されて肉塊へと変わるのみだと思っていた最期も訪れなかった。

ふわりとした感触に包まれ、ゆっくりと地面に降ろされていた。

恐る恐る目を開けた彼女の視界に入るのは、目の前で臣下の礼のような姿勢で彼女の前にしゃがむ二人の男性。


「「天空の御使い様よ、此度の無礼をどうぞお許しください!」」


綺麗にハモる二人の男性にハーピィーは「あ、良く見たら二人とも凄いイケメン…」等とまだ完全に調子が戻らずにぼんやりしていたが、

二人の男性は手際よく彼女の治療を行うと、兄と思われる方が恭しく彼女を所謂お姫様抱っこで抱え上げて彼らの集落まで連れて行った。

しかし、これが噂に聞く蛮族ならば自分がここまでの待遇をされる意味も分からず、彼女の頭は状況整理に追いつけなかった。


そうしてあれよあれよという間に、


「では、古くからの伝承通り、天空の御使い様には我らの集落最高の戦士との間に仔を成していただきます!」

「んん????????????」


専用の部屋でやたらと好待遇のまま、突然に子作り宣言をされる。


「え、いや、私の意思は?」

「…? 天空の御使い様はその為に降臨されたのでしょう?」


この辺で「あ、やべぇ流石にこの辺は蛮族だ」と話しの通じなさを理解する。

現在、彼女は措置休暇中で魔王軍もハーピィの緊急事態に気づくのは先の事だろう。

このままでは、この地で下手をするとビッグマザーの仲間入りしてしまう!


「ち、ちなみに現時点のお相手というのは…?」

「彼です」


司祭長のような衣装の老人が示した先に居るのは筋骨隆々の頭だけリャマの逆ケンタウロスとでも言える魔族でもそうそう見れるインパクトではない怪人。

ヒヒンと照れたように頭を掻いている、リャマってヒヒンって啼くのか?


「やばいやばいやばい、このままだと母さんに頭だけリャマで肉体鳥人間とか言う哀しきキメラを『念願の孫ですよ』って見せる事に…いや、そうじゃなく貞操自体の危機よ私!?」


やっとまともに働きだした頭を高速で回転させて何とか打開策を導こうとする。

この集落の蛮族に人違いを訴えても確実に通じない。

だったら、現状は何とか引き延ばして魔王軍に異変に気付いてもらうしかない!


「ちょっと待ってください! 貴方方は何よりも力を尊んできた筈」

「その通りで御座いますな」

「それをこの小さな集落の中でだけ決めてもいいのですか?」


ハーピィのその場凌ぎの苦しい言い訳であったが、これを聞いた司祭長は目から鱗が落ちたように驚愕し、リャマ人間も「確かに!?」等と頻りに頷いている。


「最高の戦士を決める為に、外から人を集めるのです!

 何なら適当に国を興したとでも吹聴して注目を集めましょう!

 貴方方は(悪い意味で)有名ですから、人界も魔界も見過ごせない筈です!」

「何と聡明な方だ…! お言葉に従い、貴女の婿殿を必ずや連れて参ります!」


司祭長は平伏し、ハーピィの時間稼ぎに盛大に乗っかってきた。


「では、国の名前は天空の御使い様が纏っていた神具より取らせて頂きます!」

「え、ちょ、まっ!? 神具って…!?」


こうして祭壇に祭られていたマジ★デス応援団の法被や団扇、鉢巻きを参考に、

マジ★デス・ラブリィ帝国(実際には名乗ってるだけ)が誕生するのだった。


勇者歴16年(春):風のハーピィ、蛮族に『天空の御使い』と誤認される。

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